第五十五話 よっしゃ、買うたで!
最強を目指す。
それが俺の当面の目的だ。
その為に今、向かっているのがダンジョン「鬼が島」。
その名から誰もが想像するように、主に鬼が出現する。
場所は吉備の国=現在の岡山県に設定した。
つまり俺とモカは、京都から岡山に向かって旅している。
ちなみにジパングの全人口は2000万人ほどにプログラムした。
そして現在も、人口はそれほど増えてないらしい。
もちろん国勢調査なんか無いから正確には分からないけど。
だから俺とモカは、岡山に向かう街道を歩いているが。
「なんや。街道いうからもっと沢山の人が歩いとると思ったけど、チラホラ歩いとる程度なんやな」
モカが言ったように、道行く人は多くない。
なにしろ基本的には、どの地域も自給自足出来ている。
だから他の地域から運ぶのは特産品や贅沢品。
それほど大量に輸送するモノじゃないから、行きかう馬車も少ない。
街から町へと移動する冒険者の方が多いかも。
その冒険者の移動は徒歩が普通。
レベル2でも、普通の人間を遥かに超える体力があるからだ。
でも行動範囲が広い者は、移動手段を確保している。
トリウマ、アイアンホース、アーマースレイプニルなどだ。
現代日本人の感覚でいうと、トリウマは軽自動車。
大きなダチョウみたいな鳥で、頭の位置は地上3メートル。
2人程度が乗れて、ちょっとした荷物も載せられる。
アイアンホースは大型ワゴン。
実際、ワゴン車サイズの小屋のようなものを背中に乗せている事も多い。
体長は7メートル前後で、背中の位置は地上2メートルくらい。
だから縄梯子を使って乗り降りする。
アーマースレイプニルは凄いスピードで走れるトラックかな。
全身が装甲で覆われた巨大馬で、体長は12メートルもある。
背中には大きな荷台を搭載している事が多い。
バスのような客室を背負っている事もある。
しかし食費が莫大なので、所有している者は少ない。
なにしろ普通の馬でさえ、人の10倍の量の餌が必要なのだから。
だから、殆どの者は徒歩で旅をする。
どんな職業でもレベルが2になったら超人的体力を得るからだ。
具体的に言うと、軽いジョギングがマラソンの世界記録並み。
隣の人と喋りながらでも、40キロを2時間で走りきる。
ちょっと汗ばむ程度で。
なので街道も一般人を想定していない。
最低でもレベルが2の人間が対象だ。
つまり宿場町と宿場町とは、80キロほど離れているのが普通だ。
そしてその間、40キロ地点に休憩用にお茶屋があったりする。
が、利用する者が少ない為だろう。
こじんまりした店が殆どだ。
そんな店や宿場町を幾つも通り過ぎ。
俺とモカは、日が沈む前にダンジョン「鬼ヶ島」に到着していた。
正確には「鬼ヶ島」が浮かぶ湖の畔にある宿場町=温羅の街だ。
ダンジョン「鬼ヶ島」クリアを目指す冒険者が拠点とする街でもある。
しかし、思ったより早く到着したな。
俺とモカなら時速400キロでも走れるのから当たり前かもしれないけど。
その「鬼ヶ島」を望む温羅の街の宿屋の前で、モカが。
「ロックにぃ。ステータスがカンストしとるだけあって、早く到着したな」
胸がキュンとなりそうな笑顔をむけて来た。
「せやけど、その「鬼が島」ダンジョンをクリアしたら、ウチはもっと強くなれるんやろ? 楽しみやな」
そこでモカの笑顔が、好戦的なモノに変わる。
う~~ん、どうしてこんなバトルジャンキーになってしまったんだろ?
モカは転生者じゃないから、正味の5歳だった。
その幼い子供に『限界突破』はちょっと早かったかな?
なにしろ今までモカは、1度もピンチに陥った事がない。
実力はS級を超えているからだ。
だからダンジョンもモンスターハントもゲーム感覚だったかも。
なら今のモカはファイナルクエストを楽しんでいた俺と同じ。
ゲームに夢中になっているダケなんだろうな。
しかし、ココはリアル。
遊び感覚じゃ、いつ死を迎えるか分からない。
ここは現実の厳しさを教えておいた方が、良さそうだ。
「そういう意味でも「鬼ヶ島」を選んだのは正解だったな」
「え? ロックにぃ、ナンか言うた?」
俺の呟きに反応するモカに、俺は笑いかける。
「いや、何でもない。今日は宿屋でユックリして、明日1日でダンジョントライの準備を整え、明後日にダンジョントライするぞ」
「了解や! ほならさっそく宿屋に行こや!」
こうして宿屋で一泊した次の日。
「じゃあモカ。「鬼ヶ島」をクリアする為に必要な準備をするぞ。で、今回のダンジョントライだけど、モカが1人でトライしてみないか? 危なくなったら俺が助けてやるけど、基本的にモカが全てを判断するんだ。どうだ、やってみるか?」
「やる!」
即答かよ。
判断が速いのは良いコトだけど、ちゃんと考えてるんだろな?
「ウチは今まで1度も本格的なダンジョンをクリアした事ないさかい、こらエエ機会やと思うんや。なんせ甲賀のイベントも風魔のイベントも、その後の伊賀のイベントもロックにぃにクリアさせてもろたダケやさかい」
お? 思っていたより、しっかりと考えてたようだな。
ならココは見守るとするか。
「よしモカ。この街で情報を収集して準備を整えてみるんだ」
「よっしゃ!」
モカは元気よく答えると、宿屋を飛び出して行く。
この温羅の街は「鬼ヶ島」攻略の重要拠点。
当然ながら、様々なヒントが隠されている。
もちろん沢山の重要なアイテムも。
さて、モカは、どこまで情報を集められるかな?
幾つ、重要アイテムを集められるだろう?
それにより難易度は大きく変わる。
なんとか気付いて、手に入れてくれよ。
ドキドキハラハラしながらも、俺がモカの行動を見守っていると。
「なあ、おっちゃん! 鬼が島クリアに必要なモン、何か知らへん?」
モカは道具屋の店主に、ど直球の質問をしていた。
うん、情報を集めるのは酒場が定石だけど、今は午前中。
酒場は閉まってるから、道具屋で情報を集めるのは間違いじゃない。
「あのな、おっちゃん。ウチ、「鬼が島」ダンジョンにトライしたいんやけど、何の準備もせえへんでクリア出来るほど甘いダンジョンやあらへんやろ? 情報があったら教えてぇな」
「そうだな。まずは「桃太郎」を読んでみることだな。1冊1000ゴルドだ。立ち読みはお断りだよ」
店主はそう言って棚に並んでいる本を指さした。
桃太郎。
桃から生まれて、犬・猿・雉を連れて鬼が島の鬼を退治する。
日本人なら誰でも知っている昔話だ。
しかしモカはこの世界の生まれ。
桃太郎の話を知らなかったらしい。
「よっしゃ、買うたで!」
さっそく本を買うと、その場で読みだす。
そしてモカは。
「犬と猿と雉を味方にしたらエエちゅうコトかいな? せやけど犬はエエとして猿や雉なんぞ、何処で手に入れるんや?」
そう呟いて、首を傾げたのだった。
2023 オオネ サクヤⒸ




