第五十話 勝利の道筋が見えました
グラッグさんとムサシさんは戦闘不能となってしまった。
しかし、さすがS級冒険者。
まだ息がある。
だから、普通ならモカに頼んでいただろう。
甲賀の特効薬で回復して、と。
でもグラッグさんとムサシさんに近づくと、間違いなく青行灯に攻撃される。
今のモカじゃ即ゲームオーバーだ。
ならさっさと青行灯を倒してグラッグさんとムサシさんを助ける!
俺は心の中でそう叫ぶと、青行灯との距離を一気にゼロにし。
「おりゃ!」
正拳突きを放った。
ばいん。
思った通り、俺の拳は闇の鬼衣のよって受け止められてしまう。
大型トラックのタイヤをぶっ叩いたよう手ごたえ。
鉄より柔らかく、ゴムより硬い感触だ。
でも、これで確信した。
闇の鬼衣は、ブチ破るコトは可能なんだと。
もちろん、今の攻撃だけで判断したワケじゃない。
青行灯と2人のS級冒険者との戦いを、千里眼を駆使して分析した結果だ。
「グラッグさんとムサシさん、ありがとうございます。2人のお陰で、勝利の道筋が見えました。後は、俺の計画が上手くいくように祈っててください」
俺は敢えて、そう口にすると。
「ひゅおっ!」
再び闇の鬼衣に正拳突きを放つ。
今度はさっきと違って、本気の正拳突きだ。
でも結果は同じ。
遥かに威力が高い正拳突きだったのに、やっぱり受け止められてしまった。
でも今のは、俺が悪い。
本気の正拳突きだったけど、最高の正拳突きじゃなかったからだ。
え、どういうコトかって?
そうだな、俺の空手の先生の話しをしよう。
その前に、ボクサーのパンチの速度を知っているだろうか。
時速だと41キロ程度だ。
対して、空手の先生の速度は、ある写真家の言葉によると。
「ハッキリと計測したワケではないが、銃弾を超高速度カメラで撮った経験から判断すると、時速800キロから時速1200キロの間だと思う」
つまり空手の先生の拳速は、ボクサーのパンチの20倍。
付け加えると、破壊力は速度の2乗に比例する。
というコトは、速度が20倍になると、破壊力は20×20で400倍というコトだ。
実際に、そこまでの破壊力なのかは分からない。
でも、とんでもない威力を発揮するのは間違いないと思う。
その空手の先生と同じことが出来る者など、俺は知らない。
しかし俺は、3歳の時から大人の集中力と知識で正拳突きを練習してきた。
最高の神経組織を手に入れた状態で、7年に渡って。
それは俺にも、空手の先生に近いコトが出来る様にしてくれた。
後は、練習で出来たコトを再現してみせるだけだ!
なんて黙って攻撃させてくれるはずがない。
「無駄な事を」
青行灯が、俺に拳を打ち込んできた。
鋭い1撃だったが、言った通り俺を食べる気だからだろう。
グラッグさんとムサシさんへの攻撃より、明らかに軽い。
ふん、俺を見くびってくれているのなら、好都合だ。
練習で出来た、最高の正拳突きを放てるように実戦訓練だ!
俺は青行灯の攻撃を躱すと、再び正拳突きを放つ。
闇の鬼衣によって受け止められてしまうが、闇の鬼衣による攻撃はない。
やはり俺を舐めてる。
鑑定したら、グラッグさんやムサシさんより俺の方が強いと分かったろう。
でも妖怪は鑑定スキルを持てない。
だから見た目で俺のコトを、たかが子供だと甘く見てる。
油断している間に練習を重ねて、最高の正拳突きを叩き込んでやるからな!
「無駄な体の力みを捨てて、正拳突きを放つ邪魔をしている力をなくす」
「膝のバネの生かして、瞬間的に力を爆発させる」
「膝と腰の回転を生かす」
「力が逃げないように脇を締めて、速度が落ちないように肩の力を抜く」
「前傾姿勢を崩さず、拳に体重を乗せる」
「体の軸を崩さない」
俺は空手の先生が教えてくれた事を何度も繰り返し。
教え通りの正拳突きを研ぎ澄ましていく。
そして100回以上、挑戦したトコロで。
バチーン!
俺の正拳突きが闇の鬼衣を貫通し、青行灯の顔面を捕えた。
「やった!」
俺は思わず叫んだ。
しかし青行灯は笑みを崩さない。
「子供と思ったが、見事な技だ。よくぞ、そこまで技を極めた。感心したぞ、褒めてやろう。が、残念ながらステータスが低い。そんな打撃ではワシにダメージを与える事は出来ぬ」
そんなコト、最初から分かっている。
だから今まで温存してたんだ。
でも、もう出し惜しみ無しだ。
最強の正拳突きを体現出来た今、最後の切り札を見せてやる!
俺は覚悟を決めると。
「鬼王降し!」
スキル『究極の忍者』の能力の1つを発動させた。
これにより、俺の攻撃力と防御力は更に50万アップ。
そして最高の正拳突きを放てるようになった今。
この50万の上乗せは、数値以上の破壊力をもたらしてくれるはずだ。
まあ、『鬼王降し』は1秒あたり10ⅯPを消費してしまう。
が、勝負は一瞬なのでⅯP切れを心配する必要はないだろう。
「せいっ!」
俺は余分な力を抜き、必要な力を集中させて正拳突きを放った。
その拳は青行灯の脇腹に命中。
ボキボキボキボキ!
肋骨をまとめて叩き折った。
いや、へし折っただけじゃない。
折れた肋骨は内蔵に突き刺さり。
「ごぱっ」
青行灯は口からゴポリと血を吐いて地面に膝をついた。
人間なら、これで致命傷だが、相手な最強の妖怪である青行灯。
これで倒せるとは限りない。
だから追撃だ。
膝をついて、丁度いい高さになった青行灯の顔に、俺は。
「せいっ!」
完璧な正拳突きを叩き込む。
と同時に拳に伝わってくる、クッキーを砕いた時のような手ごたえ。
よし、青行灯の顎を砕いたぞ。
しかも、顎に衝撃を受けて脳震盪を起こして完全に動きが止まってる。
ここだ!
俺は青行灯の背後に回り込むと。
「せいっ!!」
今度こそトドメ。
正拳突きを青行灯の首に叩き込んだのだった。
2023 オオネ サクヤⒸ




