第三十七話 お願いだ、助けてくれ
出現した鬼を見上げながら、男が涙声で呟く。
「おい、これって強化イベントなんだよな? 岩に触るだけで強くなれるんだよな? なのに何でこんなとんでもない化け物が出て来んだよぉ……」
ふん、そんなワケないだろ。
中途半端に盗み聞きするから、そんな勘違いをするんだ。
確かに強化イベントは、簡単なミニゲームで取得出来る事が多い。
レベルが低い強化系スキルほど、簡単に手に入る。
初心者でも楽しめるようにプログラムしたからだ。
でも強力なスキルを入手するイベントは、そうはいかない。
不可能に近いゲームをクリアする必要がある。
まあ、取得が困難だからこそ、チートスキルが手に入るんだけど。
そして、ここはリアル。
挑戦するのなら、相応の準備が必要だ。
なにしろ1つ間違うだけで人生が終わってしまうんだから。
それを知らないから、楽に横取り出来ると思ったんだろうな。
というコトはこの男、強力なスキルを手に入れたコトがないんだろう。
つまり、このイベントをクリアするには戦闘力不足。
というか、S級冒険者でも、この鬼に勝てる者は少ないハズ。
レベル 999
HP 800万
力 8万
防御 8万
速さ 8万
これがこの鬼=酒呑童子のステータスなのだから。
そして、男も酒呑童子のステータスを鑑定したのだろう。
「ヒィッ」
情けない悲鳴を上げると、ペタンの地面に座り込んだ。
あ、漏らしたな。
地面にシミが広がっていってる。
が、男は自分が漏らした事にすら気が付いてないらしい。
「こんなの勝てるワケがない……」
そう呟くと、涙と鼻水でグチャグチャになった顔で振り向き。
「お願いだ、助けてくれ……」
泣きながら、俺に頼み込んできた。
でも、無理。
今の俺じゃ、どうやったって勝てない相手だ。
と言うか、絶対に殺される。
だから俺に出来るコトなど何もない。
せいぜい、また転生できるとイイね、と祈るくらいだ。
おっと、これから起こるコトは、子供には見せない方がイイな。
「モカ、こっちにおいで」
俺はモカを抱き寄せるようにして、何も見えないようにした。
そして、その直後。
ガォオオオオオオオオオオ!!
酒呑童子が、大気がビリビリと震えるほどの咆哮を上げた。
その凄まじい咆哮を、超至近距離で受けた男は。
「がぶっ!」
眼、口、鼻、耳、毛穴……体中の穴から血を噴き出して絶命した。
う~~ん、自業自得とはいえ、悲惨な最後だな。
こんなスプラッターな死に方をするなんて。
モカに見えない様にしておいて正解だったな。
でも男が、こんな最後を迎えるコトは分かってた。
なにしろ酒呑童子の咆哮は威嚇、威圧、殺気、圧殺の効果があるのだ。
ステータスの低い冒険者に耐えられるモンじゃない。
しかし人が死んだのに、思ったほどショックじゃないな。
気に食わない相手だったからだろうか?
それとも、まだファイナルクエストの感覚が残ってるからだろうか?
おっと、今はそれどころじゃなかった。
「モカ、じっとしてるんだよ」
「う、うん……」
ギュッとしがみ付くモカと一緒に、俺は息を殺してジッと動かない。
そして10分後。
酒呑童子の体は首、体、両手、両足の6つに分かれ。
そして元通り、岩へと戻っていった。
と同時に、男の死体が消滅する。
よし、やっと初期化されたな。
これで裏庭に足を踏み入れても大丈夫になったぜ。
「モカ、もう大丈夫だ」
俺が、モカを抱いた手を緩めると。
「ほんと?」
モカが俺に顔をうずめたまま、聞き返してきた。
「ホントに大丈夫だよ。もう鬼はいないから。ほら見てごらん」
俺がそう言うと、モカは恐る恐る振り返り。
「いなくなってる」
ギュッと俺に抱き着いてた手を緩めた。
でも、まだ抱き着いたままだけど。
ちなみに。
もし裏庭に1歩でも入っていたら、俺もモカも間違いなく殺されていた。
逆に言えば、裏庭に入らない限り酒呑童子は襲ってこない。
俺がそうプログラムしたんだから。
でも酒呑童子に睨まれたままの10分は長かった。
もし襲ってきたらと、つい考えてしまうから。
もちろん、モカはもっと怖かったらしく。
「うううう~~」
半泣きで俺に抱きついた手を放そうとしない。
ま、無理もないけど。
でも。
「よしよし、もう大丈夫だぞ。よく我慢したな、偉いぞモカ」
「えへへ~~」
俺が頭を撫でたら、直ぐに笑顔に戻った。
涙と鼻水で顔がグチャグチャだけど。
うん、綺麗な顔が台無しだ。
「モカ、動くんじゃないぞ」
顔をマジックバッグから取り出したタオルで拭いてやる。
「よし、綺麗になったぞ。さて、イベントを再開するか」
そう言うと、モカが顔を曇らせる。
「さっきの鬼、また出て来るの?」
う~~ん、よほど怖かったんだろうな。
でも心配いらない。
「大丈夫。モカは見てるだけでいいから」
俺はそう言うと、ニコリと笑ってみせる。
「鬼は出て来るけどモカに襲い掛かったりしないし、大きな声も出さない。だからモカは、俺がする事を安心して見たるだけでいいんだ」
「ほんと?」
「本当だ」
俺が言い切ると、モカは安心したらしい。
「分かった!」
元気よく、笑顔で答えた。
よし、強化イベント再開だ。
しかし、いきなり風魔小太郎の名を刻んだ岩に触ったりしない。
その前に、やっておくコトがあるんだ。
それを知らないから、さっきと男は死んだのだ。
ま、やりたくても出来なかったろうけど。
さて、チートスキルを手に入れるか。
2023 オオネ サクヤⒸ




