第三十三話 ギリギリセーフじゃ
「あ、危な!」
思わず声を漏らした俺に、ぬらりひょんがヒヒヒと笑う。
「ほう、避けおったか。見事、見事」
見事じゃねぇよ!
今の攻撃、間違いなく俺の顔を狙っていた。
ぬらりひょんの素手での攻撃力は7500しかない。
でも今の攻撃を顔に喰らってたら、かなりヤバかった。
というか、約束すら守れないのか!?
「1対1じゃなかったの!?」
俺はキッと睨むが。
「いや、剛腕鬼との戦いにケリをつけた直後だからギリギリセーフじゃ」
ぬらりひょんはヒョヒョヒョと笑いながら、そう答えた。
「うわ、汚い! てか、その笑い方ムカつく! でも騙したと言いきれないトコもあるし、一理あるのかな?」
ちょっと悩む俺を、ぬらりひょんがあざ笑う。
「何やら余裕のようじゃが、しかし今避けれたのはまぐれじゃよな? 儂の攻撃は人間の反応速度を超えておるのじゃから」
う~~ん、悔しいけどぬらりひょんの言う通り。
ぬらりひょんの攻撃は人間の反応速度を超えている。
そう俺がプログラムした。
どういうコトかというと……いや、その前に。
ぬらりひょんとは、どんな妖怪かを説明しておこう。
とらえどころのない、のらりくらりとした妖怪。
これが、俺が読んだ本に書いてあった、ぬらりひょんの説明だった。
それを俺は、こう解釈した。
とらえどころがないとは予備動作無しで動く、という事だと。
人によっては、大したコトじゃないと思うかもしれない。
でも、予備動作が無い攻撃は人間の反射速度を超える。
つまり対処不可能な攻撃というコトだ。
例えば、さっき倒した剛腕鬼。
攻撃する時、必ず攻撃する部位を見た。
次に、威力を高めようと思いっきり振りかぶり。
そして全体重をかけて一歩踏み出し。
その勢いを利用して、闘鬼の小手を叩き付けてきた。
この、攻撃部位を見る。
振りかぶる。
一歩踏み出す。
これらは全て、攻撃の予備動作といえる。
そして、例えば空手。
初心者は、やはり攻撃する前に、予備動作が入る。
肩に力が入る、息をのむ、反動をつける、体重を移動させる、などだ。
もちろん、無意識で。
高段者は、この予備動作で相手の攻撃を読む。
そして敵の攻撃を無効化したり、敵が攻撃する前に倒してしまう。
同時に高段者は自分の攻撃を読まれないように、極力予備動作を小さくする。
こうなると、攻撃を読むのは困難。
そして予備動作を消されてしまうと、攻撃予測は不可能となる。
人間の反応速度を超えた攻撃となるからだ。
これを分かってもらった上で、ぬらりひょんのコトを説明してみよう。
ぬらりひょんは、どんな動きも予備動作無しで出来る。
つまり人間の反応速度を超えた動き。
これが「とらえどころがない」と表現される、ぬらりひょんの動きだ。
そして「ぬらりくらり」。
これは、相手の死角を瞬時に判断し、その死角に潜り込むコト。
相手にしてみれば、気が付いたら死角に入り込まれているワケだ。
攻撃しても、瞬時に死角に潜り込まれる。
つまり、簡単に攻撃を躱されてしまう。
これが「のらりくらり」だ。
合気道の達人の動きに近いかもしれない。
言い換えると、とんでもないレベルの達人の動きが出来る。
という設定で、俺はぬらりひょんをプログラムした。
そのとんでもない達人の動きで、ぬらりひょんは。
「ほれ、次じゃ」
予備動作無しで拳を放ってきた。
普通の人間だったら、まともに食らってただろう。
しかしそれは、相手が地球基準の人間だった場合。
ステータスをアップさせた今の俺の速度なら反応できる攻撃だ。
だから俺は。
「食らわないよ!」
ぬらりひょんが放った2撃目も、なんとか躱した。
でも、ぬらりひょんは攻撃の手を休めない。
「ひょお!」
3撃目を放ってきた。
これも躱すが、ぬらりひょんの攻撃は終わらない。
「ひょ! ひょひょ! ひょひょひょ!」
4撃目、5撃目、6撃目と拳を放ってきた。
もちろん、これも躱すが……躱してばかりってのも、なんか悔しいぞ。
少しくらい反撃してみようかな。
というワケで俺は、軽く攻撃してみる。
軽くといっても手抜きの攻撃じゃない。
十分に速度を乗せた、当たればダメージを与える1撃だ。
だったのだが。
「ひゃひゃ!」
ぬらりひょんは笑い声を上げながら、俺の拳を躱した。
あ、「ぬらりくらり」をやられてしまった。
自分でプログラムしておいて、こう言ったらヘンかもしれないけど。
やっぱこの笑い方、腹立つな!
ま、それは置いといて、分かってたのに簡単に死角に入られてしまった。
やっぱリアルは思ってたのと違うな。
感覚を修正しないとね。
なんて考えてる場合じゃない。
「うひょ!」
ぬらりひょんが、死角に潜り込むと同時に拳を打ち込んできた。
「そうきたか!」
ちょっと慌てちゃったけど、コレもちゃんと躱す。
ああ焦った、ホントに厄介な特性をプログラムしちゃったモンだ。
でも、これでイイ。
ぬらりひょんは10回、素手による攻撃を繰り返す。
そして、その10撃で相手を倒せなかった場合。
ぬらりひょんは武器による攻撃を仕掛けて来る。
俺が、そうプログラムした。
そのプログラム通り。
「ひょお!」
「おっと!」
俺がぬらりひょんの、10回目の拳を躱すと。
「儂の拳を10回も躱すとは大したものじゃ」
ぬらりひょんは、そう言って。
「ならば、儂の愛刀の出番じゃの」
妖刀村雨の柄に手をかけた。
よし、来た!
これを待ってたんだ。
さあ、驚かせてやるからなぁ~~、ぬらりひょん!
「よし、こい」
全神経を集中する俺に向かって。
「ひょや!」
ぬらりひょんが刀を抜き放った。
2023 オオネ サクヤⒸ




