第二百二話 全力を尽くしてやろう
「良き稽古であったァァ! では約束通りィィ! 血を渡そうゥゥ!」
帝釈天は満足そうな顔で、そう口にしたんだけど。
バリバリと目の前の空間が裂け、その裂け目から5匹の鬼が現れた。
いや、鬼じゃない。
プラグラムの参考にしようと、散々調べたから良く覚えている。
現れたのは不動明王、降三世明王、大威徳明王、金剛夜叉明王、軍荼利明王。
いわゆる五大明王と呼ばれる存在だ。
つまり『天』部衆である帝釈天や四天王より位が上の仏=『明王』である。
その五大明王が。
「今度は我らの相手もしてもらおう」
そう言うと、俺達の前にズラリと並んだ。
真ん中が不動明王、その左右に2柱ずつ立つ形で。
「天部衆をアッサリと退ける力、見事だったぞ」
俺に向かって、そう声を掛けた不動明王の前に、帝釈天は駆け寄ると。
「須弥山の守護者でありながら負けてしまいましたァァァァ!」
そう叫びながら両手を地面に付いた。
「四天王を率いる者として、面目次第もございませんンンンンン!!」
更に暑苦しく絶叫する帝釈天を、不動明王は手で制する。
「別に其方を責めてはおらぬ。それどころか、これほどの猛者を相手に、よくぞそこまで善戦したものだと感心しておる」
「有り難き幸せェェェェ!」
帝釈天が深々と頭を下げたトコで。
「その天部衆を簡単に退けた其方たちに頼みがある。我ら明王とも力比べを願いたいのだ」
不動明王は、俺達に視線を向けてきた。
「降三世明王は最強の破壊神シヴァを降伏させた明王。大威徳明王は閻魔を降した明王。金剛夜叉明王は最強の攻撃力を持つ鬼神。軍荼利明王は最高階位の仏である宝生如来の怒りの化身。しかし言い換えると、自分より強い存在と相まみえた事の無い者ばかりなのだ」
そして不動明王の視線が厳しいモノに変わる。
「しかし今、我らよりも強い者が出現した。そうなると、どうしても思ってしまうのだ。其方らならば全力で己の力をぶつける事が出来る、と。そして今まで1度も限界まで発揮した事の無い力を、思いっきり使う事が出来る、とな。これは仏としては間違った考えかもしれぬ。しかし我々は、1度で良いから全力を振るってみたいのだ。自分の限界が、どこにあるのか知りたいのだ」
少し哀愁を含んだ声を漏らす不動明王に、俺は聞いてみる。
「つまり俺達と戦いたい、と?」
「いや、我ら明王が多々ヵウのは仏敵とだけ。さっき言った通り、我らが望むのは力比べだ」
「つまりナニしたいん?」
話に割り込んだモカに、不動明王が笑みを浮かべた。
「腕相撲に付き合ってもらいたい」
「ウチ等にはナンのメリットもないやん。それにお腹も減って来たさかいイヤや」
アッサリと断るモカに不動明王が付け加える。
「勿論、我らの血を提供しよう。明王の血だから今よりも器が広がり、ステータスが更にアップするぞ」
この不動明王の提案に。
「やる!」
モカが即答し、ここに五大明王との腕相撲勝負が確定した。
「よし、では誰が最初にやる?」
不動明王の言葉に。
「では、儂がやろう」
降三世明王が即座に前に出ると、左手で机の端を掴む。
そして右手の肘を机に付くと。
「いざ、勝負!」
気合の入った声を上げた。
その反対側に。
「よっしゃ、勝負や」
モカはそう言って立つと、降三世明王と同じ姿勢を取った。
う~~ん、分かってたコトだけど、こうしてみると、凄い体格差だな。
モカが子供どころか幼児に見える。
実際のトコ、モカの手は降三世明王の手の平の中にスッポリと隠れているぞ。
だけど。
「両者、手を組んで」
不動明王の声で、2人が手を組んだ瞬間。
「ふ~~ん」
モカは余裕の声を漏らし。
「む!」
降三世明王の表情がキリリと引き締まった。
モカの方が有利というコトを、同時に悟ったんだろう。
が、降三世明王はニヤリと太い笑みを浮かべ。
「ならば本気を出そう」
そう言った瞬間。
ボン!
降三世明王の筋肉が一気に隆起し、体が二回りも大きくなった。
と同時に、降三世明王から感じる圧も、一気に跳ね上がってる。
お~~、凄い凄い。
これって〇斗の拳や、スーパー〇イヤ人のアレだよな。
ま、女の子相手に大人げないような気もするけど。
でも明王達も分かってるみたいだけど、力はモカの方が遥かに上。
ここまでやっても、モカには勝てないだろう。
と、俺が明王達を気の毒に思っていると。
「では勝負を始める。レディー、ゴッ!」
不動明王が勝負開始の合図を口にし。
「どぉおおりゃぁああああああああ!!」
降三世明王がモカの手を握った手に力を込めた。
その手に浮かぶ、何本もの太い血管。
ミリミリと盛り上がる、ワイヤーロープのような筋肉。
クワッと見開いた目、額に噴き出す玉のような汗。
降三世明王が、渾身の力を振り絞っているのは明らかだった……が。
「へえ。ウチ、結構強うなっとんのやな」
そう言ったモカの手は、ビクともしていない。
そして。
「ふんぬぅうううううううううう!!!!!」
降三世明王が、何度も力を振り絞るのを涼しい顔で眺めた後、モカは。
「そろそろ満足したやろ? ほならいくで」
そう言って、腕をユックリと倒していく。
もちろん降三世明王も、渾身の力で抵抗するが。
すぅ――。
モカの手は精密機械のように滑らかに、机へと倒れていき。
ぱたん。
降三世明王の手の甲は、モカの動きを一切乱すコト無く机に付いた。
と同時に。
「勝負あった! 勝者、モカ!」
不動明王がモカの勝利を宣言した。
そして降三世明王は、暫くの間ゼーゼーと肩で息をしていたが。
「うわはははははははははははははは!」
突然、高らかに笑うと。
「限界を超えた力を絞り出す事が出来た。今まで限界だったと思っていた先を見る事が出来た。礼を言うぞ」
漢の笑みを浮かべながらモカに右手を差し出した。
そしてモカが。
「ほんならステータスアップ、気合入れてやってな」
そう言いながら手を握ると。
「まかせておくがよい。全力を尽くしてやろう」
降三世明王は、実に楽しそうに、モカに笑い返したのだった。




