第百九十三話 行則、カンベンな
王座の後ろの壁ではなく、空間が砕け散った。
そして、その砕けた空間から。
「グォルルルルルルルルルル……」
腹の底に響くような唸り声と共に、象よりも大きな狼が姿を現した。
メタリックな輝きの、見るからに硬そうな毛で覆われた体。
普通の狼より遥かに長くて鋭い、牙と爪。
脚も太くて逞しく、全身から弾けるような圧を放っている。
反射的に狼と表現したけど、狼より遥かにヤバい『モノ』だ。
というより、これは……。
「ち! フェンリルかいな」
行則が吐き捨てたように、北欧神話にでてくる巨大な狼=フェンリルだ。
北欧最高神オーディンを飲み込んだ、北欧神話最大最強のモンスター。
オーディンの息子に倒されたが、何時か復活するだろう。
俺は都市伝説の1つとして、そんな話をプログラムした。
そして百鬼夜行みたいに長い年月を経て、ホントに復活したんだろうな。
でも今の行則の言い方だと、以前から知ってたような?
というコトで。
「なあ行則。アイツのコト、知ってるのか?」
そう俺が聞いてみると。
「ああ、知っとる。ちゅうかアイツ、『ステータス消化吸収』ちゅう、食べた相手のステータスの10パーセントを自分のモンに出来る、ちゅうチートスキルの持ち主でな。今より強ぅなる為に強いモンスターを襲いまくっとるんや。せやけど、まさかパンデモニウムに乗り込んでくるとは思ってもいなかったけどな」
という答えが返って来た。
ふぅん、『ステータス消化吸収』か。
ヒカルちゃんの『ステータス捕食』の下位スキルだな。
劣化版ともいう。
なんて俺の考えを読んだように、行則が説明を始める。
「たしかにヒカルちゃんのスキルの劣化版やけど、ヤマタノオロチと違ってフェンリルは262年前からひたすらモンスターを食いまくっとるさかい、ワシでも手を焼く強さを手に入れとるんや。100年前に襲い掛かってきた時はナンとか追い返せたけど、今回はかなりヤバそうや」
今の行則でも手を焼く?
どんな強さなんだよ!
ま、襲い掛かって来る気満々なんだから、遠慮なく鑑定してみるか。
フェンリル(転生者)
HP 330京
ⅯP 250京
攻撃力 9800京
防御力 9300京
確かに行則よりステータスは上。
HPは3倍近く、攻撃力も1・5倍超。
行則がフェンリルに勝てる確率は、かなり低い。
と、そこで。
「む!」
今度は、俺が鑑定される感触が。
どうやらフェンリルも鑑定を発動したみたいだ。
「わ!」
「あ」
モカもヒカルちゃんも、思わず声を上げてる。
多分、フェンリルに鑑定されたんだろうな。
というコトは俺達全員、フェンリルより弱いコトがバレたとみていい。
その証拠に。
「グルルルルルルル……」
フェンリルは満足そうな唸り声を漏らすと。
ノシ、ノシ、と俺達に向かってユックリと歩を進め始めた。
闘気も殺気も無い。
まるで皿に入った餌を食べようとする、犬の様だ。
くそ、コイツ俺達を完全に舐め切ってやがる。
しかし、その油断が命取り。
隙をついてブッ倒してやるぜ!
と言いたいケド、今の俺のステータスじゃ、かなりキビしい。
勿論フェンリルの血を舐めるコトが出来たら、全て解決。
この危機的状況をアッサリひっくり返せるだろう。
しかし今の俺じゃ、フェンリルから血を奪うなんて不可能。
なら、やるコトは1つ。
『ステータス捕食』で、行則からステータスを奪って強くなる!
おや、モカもヒカルちゃんも剣を抜いてるぞ。
どうやら俺と同じ考えらしい。
「「「……」」」
俺はモカ、ヒカルちゃんと目で合図を交わし、剣を構える。
そして行則に剣を少しだけ刺して、血を貰おうとしたが、その直前。
「ガァッ!」
ファンリルが、行則に襲いかかった。
速い!!
まるで瞬間移動したと錯覚する程の超高速攻撃だ。
しかし行則も魔神だけあって、1撃でやられたりしてない。
ナンとかフェンリルの初撃を防御してる。
なんてホッとする間などない。
「ガルルルル!」
フェンリルが鋭い爪を、再び行則に叩き付けてきた。
その攻撃は、猫パンチに見えなくもない。
と言うとナンとなくカワイく感じるが、その攻撃力は9800京。
直撃したら、行則=魔神といえども砕け散る。
でも9800京は最大値だから、実際の攻撃力は3000京ってトコかな。
それでも行則を瞬殺できる攻撃だけど。
しかし行則だって、悪魔の頂点に立つ魔神。
「やられてたまるかいな!」
フェンリルの前足の側面を叩いて、攻撃を逸らした。
行則も空手の受け技を練習してたんだろうな。
殆どダメージを受けるコト無く、フェンリルの攻撃に対処してる。
でもこのままじゃ、そのうち倒されてしまうだろう。
いや、間違いなく食われてしまう。
そうなる前に行則の血を舐めようと思うが。
「よ! なんの! 喰らわへんわ!」
フェンリルの攻撃を必死に避ける行則に、剣を刺すのは至難のワザ。
というか、刺し殺すコトなら、ナンとかなると思う。
でも、そんな攻撃を行則に仕掛けるわけにはいかない。
ステータスアップに必要な血の量は、たった1滴なんだから。
と手加減してるからだろう。
必死に攻撃を避けてる行則の動きに、どうしても遅れてしまう。
「一瞬でエエから止まってくれへんかな」
モカがそんなコト言ってるけど、それは無理だろうな。
100分の1秒止まっても、フェンリルに倒されてしまいそうだ。
「ワタシが不意打ちを仕掛けたら、ちょっとくらい隙を見せるかも」
「いや、ダメだ」
無謀なコトを言い出すヒカルちゃんを、俺は必死に止める。
「フェンリルは俺達を敵と思ってないけど、油断もしてない。もしフェンリルに攻撃なんか仕掛けたら、瞬殺されてしまうぞ。俺が何とかするからモカもヒカルちゃんも、絶対にフェンリルに攻撃するんじゃないぞ!」
「う、うん」
「分かりました」
モカとヒカルちゃんが素直に頷いたトコで、俺は心を決める。
「行則、カンベンな」
俺はそう呟くと、拳から2センチほどの針を生やし。
「ひゅっ!」
力を限界まで抜くかわりに、スピードを極限まで高めたパンチを放った。
2023 オオネ サクヤⒸ




