第百六十五話 ご無礼の程、平にお許しを……
「なんや、よぉ分からへんトコがあったケド、早い話、ダンジョントライちゅうコトでエエん?」
「ああ、その通りだ」
と俺とモカが『パンデモニウム』にトライするコトを決めたトコで。
「私は伊達家に仕える武将の1人、直江兼続という者ですだが、そのダンジョントライに我々も同行させて頂けないでしょうか?」
直江兼続が、そう声をかけて来た。
さっきとは違って、穏やかな口調で。
「我らは前からずっと疑問に思っていたのです。なぜ戦国エリアでは戦が絶えないのだろうか、と。ファイナルクエストが、そういう仕様だったから、というのも理由の1つだとは思います。とはいっても何故、260年もの長きに渡り戦国の世は終わらないのでしょう? なぜ統一がなされても、再び戦が起こるのでしょう?」
直江兼続に言われて、俺はハッとなる。
過去に戦国エリアを統一した者は、転生者だったらしい。
なら、自分が統一した国を長く存続させようと、持てる知識を駆使した筈。
ひょっとしたら徳川の治世を改良したかも。
そんな国を、再び戦乱の世にする。それは簡単に出来るコトだろうか?
などと考える俺に、直江兼続が続ける。
「それに何故、民は大した抵抗も無く、戦に参加するのでしょう? いくら戦国エリアに暮らす民とはいえ、戦より平和の方が好ましいに違いないのに」
確かにそうだ。
戦国エリアの民には、武を好む気風をプログラムしている。
だから農民だろうと、武術を学ぶのが普通だ。
というか、普段は農業をしてる侍と言った方がイイかも。
己を鍛えながら、日々の糧の為に農業をしている、とも言える。
なので、職業は農業武士となっている者が多い。
だから大名が兵として民を集めた場合、そのまま戦力となるワケだ。
しかし、ここはゲームじゃなくてリアル。
武を好むのと、実際に戦争するのとじゃ、ワケが違う。
ついでにいうと、大名は絶対的権力者じゃない。
昔の日本の戦国時代と同じで、その土地の実力者のリーダーにすぎない。
そして土地の実力者とは、その農業武士の代表。
昔の日本で「豪族」とか「国人」と呼ばれた存在だ。
そんな豪族に、乱を起こすから協力しろと言ったらどうなるか。
ヘタしたら反乱を起こされて、大名の方が倒されてしまう。
昔の日本でも起こったコトだ。
「じゃあどうして戦国エリアは、再び戦乱の地になったんだろう?」
思わず呟いてしまった俺に、直江兼続が強い意志がこもった眼を向けてきた。
「その謎を解こうと、我が主である伊達政宗様は、長年に渡って調査を続けてこられたのです」
なるほど。
直江兼続の話からして、伊達政宗も俺と同じ疑問を抱いたのだろう。
いや、疑問を抱いたのは、伊達政宗の方が先か。
長年、調査をしてたらしいから。
でも何か分かったのかな?
という俺の疑問に答えるように。
「そんなとき、1人の忍者が命懸けで情報を持ち帰ったのです。元凶はマルチ尾張にありと」
直江兼続が、そう口にした。
「マルチ尾張のギルドマスターの部屋に怪しき魔法陣が隠されている。そこから出現する異形の物が、怪しき動きを見せておる、と忍者から報告を受けました。そこで殿は、私にこう命令されたのです。マルチ尾張に向かい、平和を妨げてきた元凶を討て、と」
直江兼続が、そう告げた瞬間。
「せやったんか!」
モカが大声を上げた。
「戦国エリアで戦が起こり続けるのも、冒険者ギルドのモンが変になったんも、ゼンブ悪魔の仕業やったんやな!」
怒りをブチ撒けるモカに、直江兼続が強い意志を感じさせる声で答える。
「はい。この目で悪魔の存在を確認した今、私もそう確信しました。であれば殿の命令通り、私は元凶であるダンジョン『パンデモニウム』を、破壊しなければなりません」
そして直江兼続は、俺に向かい直った。
「しかし我らだけで『パンデモニウム』を攻略できると思うほど、私は己惚れておりません。そこで恥を忍んでお願いします。我ら伊達軍を同行させて頂きたい」
深々と頭を下げる直江兼続に、俺は条件を出す。
「同行するのは構わないが、命を無駄にしてほしくない。だから手に負えないと判断した場合、迷わず撤退して欲しい。忠義の侍が主の命令に命を懸けるのは理解できる。でも死んでしまったら、もう2度と主人の為に働けないだろ? 生きて帰って寿命が尽きるまで主人の為に働いてほしい」
「!」
俺の条件に、直江兼続はピクンと体を震わせた後。
「御心遣い、感謝いたします」
俺に向かって、深々と頭を下げた。
そして顔を上げると、俺に熱い目を向け。
「貴方様のお名前をお聞かせ頂けませんでしょうか」
そう聞いてきた。
って、しまった。
直江兼続の名を知ってたから、つい相手も俺を知ってる気になってた。
ここはちゃんと、礼を尽くさないと。
「俺の名はロック。転生者だ。コッチはモカ。この地の生まれだ。そしてこの子は転生者のヒカルちゃんだ」
俺がそう言うと、直江兼続は俺達3人に、丁寧に頭を下げる。
「ロック殿、モカ殿、ヒカル殿、身の程を弁えます故、伊達軍3000名、ご同行をお許し頂きたい」
と、そこで伊達軍の1人が直江兼続に。
「殿ほどのお方が、そこまで低姿勢になる必要は無いのではありませぬか?」
そう進言した。
直江兼続の次に立派は鎧を身に付けた侍だ。
きっと副大将かナンかだろう。
「我ら全員、レベル99にまで上り詰めた、戦国エリアだけでなくジパングエリアにおいても最強を誇る侍であります。ダンジョン『パンデモニウム』の悪魔がいかに強くても、我ら3000名ならば、必ず討ち果たせるかと」
その言葉に、傲慢な響きはない。
自分達の戦力を冷静に分析した上の発言なんだろう。
もちろんスキル『限界突破』のコトも知ってる筈。
しかしレベル99の兵士3000の戦力の前には、個人の力など知れてる。
戦国エリアを統一した軍の侍らしい考えだ。
とはいえ、まだ見極めが甘い。
ファイナルクエストには、その数の暴力を跳ね返す強者がいるんだ。
俺やモカやヒカルちゃんのように。
けど、それを俺が口にする必要はなかった。
「忠勝殿。この方達の力が分からないのですか?」
直江兼続が厳しい顔でそう答えたからだ。
「本多忠勝殿。そなたは間違いなく戦国エリアでも有数の武将です。貴方に勝てる武将など、私には思いつきません」
「ならば!」
クワッと目を見開く本多忠勝に、直江兼続が首を横に振る。
「でもそれは、戦国エリアでは、の話です。本田忠勝殿。本当に貴方は、この方達の力が分からないのですか?」
「む?」
本多忠勝は、低い声を漏らした後、俺をジッと見つけた。
そして時間が経過すると共に。
「むむむむむ……」
その額から汗が流れ落ち、顔色が悪くなっていく。
「くっ……」
そして最後にはガクッと膝をつき。
「ご無礼の程、平にお許しを……」
俺に向かって土下座したのだった。
2023 オオネ サクヤⒸ