第百十九話 モカ! しゃがめ!
竜宮カツオノエボシの足が漂う通路で、武道の動きの稽古を始めて3時間後。
「あいた――!」
水中を漂うクラゲの足を避けそこなって、モカは大声を上げていた。
「やっぱ水を掻き乱さへんように動くんは難しいわ。どうしても水を動かしてもうて、クラゲの足を招き寄せてまう」
モカはそう言っているけど、動きに無駄が無くなってきてる。
なにしろ桃源郷で3年もの間、天狗に武道の指導を受けたのだ。
基礎どころか武の神髄を体験している。
もちろん体験しただけで、神髄を体現できるようになったワケじゃない。
でも、天狗が見せてくれた武の神髄は脳裏に焼き付いているハズ。
水の中で竜宮カツオノエボシの足を、武道の動きで躱す。
この稽古を何日か続けたら、ホントに達人の動きが出来るようになるかも。
けど残念ながら、稽古の時間はココまで。
「んや? あれは神殿かいな?」
モカが言ったように、神殿を思わせる空間に到達してしまった。
ただ神殿といっても、ギリシャ神殿風。
太い柱が周囲を囲む、石造りの空間だ。
天井までは40メートルほど。
奥行は200メートルくらいで、横幅は100メートルくらいかな。
そんなギリシャ神殿風の空間の真ん中にいるのが。
「ひょっとして、通路に漂っとった竜宮カツオノエボシの足の大元が、あのクラゲなんかいな」
「そういうコト」
モカが言ったように、第3ステージの中ボス=竜宮カツオノエボシだ。
とはいえ、竜宮カツオノエボシのステータスは。
レベル 20億
経験値 8億
攻撃力 10億
防御力 1千万
と、中ボスにしては低い。
特に防御力は、クラゲだけあって物凄く低い。
限界突破Lv4を入手できるダンジョンにしては、だけど。
と、そこでモカが困った顔で聞いてくる。
「ロックにぃ。あの竜宮カツオノエボシもゾンビなん?」
「もちろんだ。ダンジョン竜宮城に出現するモンスターは全部ゾンビなんだから」
「もう1コ確認しとくけど、ゾンビを倒す方法は、脳を撃ち抜くコトだけ、ちゅうコトで間違いあらへん?」
「そうだ」
「そこで問題なんやけど、クラゲの脳ってドコなん?」
モカの疑問は当然だ。
だって透き通ったクラゲの体の中には、脳も内蔵も無いように見えるのだから。
というか実際のトコ、クラゲに脳も心臓も内臓もない。
体中に張り巡らされた神経が刺激されるコトにより、反射的に動いてるだけ。
と言うのが地球に生息しているクラゲの生態なんだけど。
「竜宮カツオノエボシには、脳の働きをする核がある。その核を銃で撃ち抜けば倒せるぞ」
という風に俺がプログラムした。
だって脳も心臓も内臓も無いゾンビなんて倒しようが無いから。
いや倒す方法はあるけど、それじゃガンシューティングゲームにならない。
やっぱ銃で戦うのが、ゾンビサバイバルゲームの醍醐味なんだから。
(個人的感想です)
「ちゅうコトは、デッカいスライムやと思ったらエエんやな?」
モカに言われて初めて気が付いた。
透明な体の中に見える小さな核を破壊したら倒せる。
これってスライムと同じだわ。
う~~ん、なんか力が抜けてしまいそう。
って、竜宮カツオノエボシは、そんな甘い敵じゃない。
「モカ! しゃがめ!」
「!?」
俺の怒鳴り声に、モカが反射的に反応してしゃがみ込んだ直後。
ピシュン!
しゃがんだ俺達の頭上を何か疾った。
そして、その何かは神殿の柱の1本を直撃し。
スパン!
見事に一刀両断したする。
「な、なにが起こったんや?」
おや、モカが目を見張ってるぞ。
う~~ん、今のが見えないなんて困ったモンだ。
集中してたら見えてたハズなのに。
世界最高レベルのステータスを、ゼンゼン使いこなせてないじゃないか。
というか、足に触れなかったら刺されないと油断してたな。
限界突破Lv4が手に入るダンジョンが、そんなに甘いハズないだろ?
ま、俺もマダマダだから、あまり偉そうなコトは言えないけど。
でも、首を斬られてからじゃ遅いから、教えておくか。
「モカ。竜宮カツオノエボシはスキル『斬糸』を持ってる。つまり竜宮カツオノエボシの足は斬撃を放つ、透明で細い糸みたいなモンだ。鮫王闘気の鎧を切断する威力は無いけど、もしも首に『斬糸』を食らったら、その瞬間、首を斬り落とされてしまうぞ」
「斬撃を放つ、透明で細い糸かいな。タチ悪ぅ~~」
顔を歪めるモカに。
ピシュン!
また竜宮カツオノエボシが『斬糸』を放ってきた。
でも、今度は集中してたらしく。
「見えたで!」
モカは『斬糸』を紙一重で躱すと、FNファイブセブンを引き抜く。
そして銃口を竜宮カツオノエボシに向けるが、そこに。
ピシュシュシュシュシュ!
幾つもの『斬糸』が不規則な動きで放たれた。
「どわわわわわわわ!」
モカが慌てて飛び退く。
でも、モカも身を躱したダケじゃない。
「お返しや!」
パンパンパンパンパン!
着地する前に、核を狙ってFNファイブセブンを撃ちまくった。
「どや!?」
モカは核を撃ち抜いたコトを確信してガッツポーズをとるが。
チュチュチュチュイン!
FNファイブセブンの弾丸は『斬糸』によって弾かれてしまった。
「銃撃を受け流しよった!? ち! 器用な真似しくさって!」
モカ、汚い言葉を使わないように。
と、口に出す前に。
「コレならどないや!」
モカは両手で2丁のFNファイブセブンを構えると。
パパパパパパパパパパン!
マシンガン並みの速度で弾丸を竜宮カツオノエボシに撃ち込んだ。
だけど。
キュキュキュキュキュキュキュキュキュキュイン!
さっきと同じく、足によって弾かれてしまう。
いや、弾丸を弾いたダケじゃない。
弾丸を弾き返した速度のまま、足が襲い掛かってくる。
ここまでは、さっきと同じだけど。
「マジかいな」
反撃してきた竜宮カツオノエボシの足の数は30を超えていた。
2023 オオネ サクヤⒸ




