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   第百十八話 ウチにはついていけへん世界や





「ナンや!? これナンかの攻撃なん!? ウチ、攻撃を受け取るん!? まさか見えへん敵がおるん!?」


 モカがブンブンと腕を振り回してる。

 あ~~あ、そんなコトしたら……。


「あだ――!」


 ほら、また食らってしまうだろ?

 あ、もちろん鮫王闘気の鎧を装備している場所は無傷。

 ダメージを負うのは顔や首筋といった、鎧がカバーしていない場所だ。


「ナンや!? ナンやねん!!? どないなっとんねん!!!」


 ふう、仕方ない、教えておくか。


「モカ。クラゲだ」

「クラゲ? そないなモン、どこにもおらへんけど?」

「ま、正確に言えば、千切れたクラゲの足だな。良く見てみるんだ。細くて透明な糸みたいなモンが漂ってるだろ?」


 俺に言われて、やっと気づいたらしい。


「あ! ホンマや! ゴッツ細い糸みたいなモンが漂っとる!」


 モカが手で扇ぐようにして、漂うクラゲの足を遠ざけた。

 が、そこでモカが首を傾げる。


「せやけどロックにぃ。本体から切り離されて漂っとる足が、ナンでウチを攻撃してきたんやろ? そうか! 分かったで! クラゲは切り離した足を遠隔操作して攻撃するコトが出来るんや!」


 拳を握って力説するモカに、俺は苦笑いで教える。


「違うよ、モカ。クラゲの足は、何かが触れると自動的に毒の棘が飛び出すようになっているんだ。だからクラゲが攻撃しようと思ってなくても、足に触れたら毒の棘に刺されてしまうんだ」


 俺が実際に体験したコトだが、夏の海で泳いでいた時のコト。

 手漕ぎボートに乗ってる友達が、クラゲを見つけてオールで叩いた。

 その衝撃でクラゲの足が千切れ飛んだのだろう。

 周囲で泳いでいる全員が、飛び散ったクラゲの足に刺されてしまった。


 つまりクラゲに攻撃の意志があるかどうかは関係ない。

 クラゲの足に触れたら、自動的に棘が飛び出して刺されるワケだ。

 この体験を参考にしてプログラムした。


「うわぁ、迷惑なやっちゃな……」


 顔をしかめるモカに、俺は笑みを浮かべる。


「でもモカは、刺されても痛いで済んだだろ? スキル『毒無効』を持ってたお陰だな。でなかったら即死してるぞ。なにしろこの通路にいるクラゲは、超強化されたカツオノエボシ=竜宮カツオノエボシなんだから」


 カツオノエボシは、刺されると激痛が走るコトから電気クラゲとも呼ばれる。

 浮袋は10センチほどだが、触手の長さは30メートルに及ぶコトも。

 強力な毒を持ち、アナフィラキシーで死亡した例もある。

 これが地球に実在するカツオノエボシのデータ(の一部)だ。


 もちろんこの通路にいるカツオノエボシの危険度は、こんなモノじゃない。

 竜宮カツオノエボシのステータスは。 


 レベル     20億

 経験値      8億

 攻撃力     10億

 防御力     1千万


 かなり危険な相手といえる。

 でも。


「モカ。鮫王小通連を装備しておいた方がイイぞ。クラゲの足を自動的に防いでくれるから」


 そう。

 融合練成して鮫王小通連になっても、主を守る能力は失われていない。

 装備していたなら、クラゲの足に刺されるコトはなかったハズだ。


「あ! せやった! うっかりマジックバックに収納してもうてたわ」


 モカがマジックバックから鮫王小通連を取り出して背中にするが。


「って、ロックにぃ。最初から鮫王小通連を装備しけよって言うてくれたら、ウチ竜宮カツオノエボシに刺されんと済んだのに」


 そう言って頬を膨らませた。

 が、直ぐに俺も小通連を装備してないコトに気付いたらしい。


「ロックにぃかて小通連を装備しとらんのに、ナンで竜宮カツオノエボシの足に刺されとらんの?」


 不思議そうな顔で、そう聞いてきた。


「ひょっとして、なんや新しいスキルを取得したん?」


 なんだかワクワクした顔で聞かれてしまったが、違うんだなコレが。


「いや、受け流しと見切りの稽古のタメに、ワザと装備しなかったんだ」

「どゆコト?」


 キョトンとするモカに、俺は詳しく説明する。


「竜宮カツオノエボシの足に触れたら、竜宮カツオノエボシの意志に関係なく刺されてしまう。そして竜宮カツオノエボシの足は、水に漂っているだけ。つまり竜宮カツオノエボシの足に触れないように動けばいい。でも」


 俺はそう言ってから、ワザとダメな動きをしてみせた。

 すると発生した水流によって、竜宮カツオノエボシの足が、俺の体に絡みついてくる。

 もちろん鎧に覆われているからノーダメージだ。


「ほら、こんな動き方をすると、水をかき乱して竜宮カツオノエボシの足を呼び寄せてしまうだろ? ま、こうなっても受け流せばイイんだけど」


 俺は柔らかな動きで竜宮カツオノエボシの足を受け流して見せる。


「そして理想は、全く水流を生み出さないように動くコトだ。まるで鋭利な刃物で水を斬るようにな」


 今度やってみせたのは理想の動き。

 無駄を省き、水に余分な力を全く与えずに動く。


「凄い……凄いでロックにぃ! そないなコトが出来るやなんて!」


 目を輝かせるモカに、俺は苦笑いしてみせる。


「でも俺は、まだ完璧な動きは出来てないんだ。水を斬って動く時、僅かだけど水との接触面が荒れてしまう」

「え!? これでもまだアカンの!?」


 目を丸くするモカに、俺は頷く。


「ああ、まだまだだ。そして水の切断面が、鏡のように滑らかになったトキ、俺の突き・蹴りは別次元のモノになる。でも、この攻撃力はステータスには表示されない。というか、表示したくても出来ない。ファイナルクエストの基準では測れないファクターだから」

「ロックにぃには悪いけど、ナニ言うとるか、良く分からへん」


 難しい顔のモカに、俺は微笑む。


「物凄くアバウトに説明すると、ステータスに表示されてる攻撃力の数十倍の力を発揮できる! ってコトかな。桃源郷で天狗が見せてくれたろ? 武を極めたら常識では考えられない破壊力を発揮できるコトを。だから俺には、まだまだ訓練が必要なんだ」

「ロックにぃでも、まだ訓練が必要なん?」

「ああ。今の俺の強さはステータスが高いだけ。ま、少しは技術もあるけど、本物の技とは言えない。桃源郷の天狗達の域に達して初めて俺は、自分が強くなったと言えるだろうな」


 ここで俺は、竜宮カツオノエボシの足を指さす。


「だから水の中でクラゲの足を躱すのは、動きを天狗達に近づけるイイ稽古なんだけど、小通連を装備してたら自動的に撃退してしまうだろ? それじゃ訓練にならないから小通連を装備していないんだ」

「はぁ~~、ウチにはついていけへん世界や」


 溜め息をつくモカに、俺は真面目な顔で伝える。


「大事なのはコツコツと努力するコトなんだ。俺は今以上の武道的な強さを求めるけど、モカはモカが理想とする自分を追い求めたらイイ」

「う~~ん、そう言われても、ウチの理想はロックにぃやさかいな~~」

「まあ、急いで決める必要はないから、焦らないでイイと思うけど」

「そない言われたら、よけい焦ってまう気がするけど、ま、今はロックにぃの真似してクラゲの足を武道の動きで躱す練習するわ。出来る範囲で」


 というコトで。

 結局モカは、小通連を装備せずに先に進むコトにしたらしい。

 う~~ん、ガンバレ~~!







2023 オオネ サクヤⒸ

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