第十一話 そうか、旅立つのか
「ギルドマスターァァァァ!」
受付の女の人が顔色を変えて、階段を駆け上がった数秒後。
「ダン! モーリ! 久しぶりだな!」
なんか豪快な人が階段を駆け下りてきた。
ムキムキで、顔に大きな傷がある、肉体派冒険者の見本みたいな男の人だ。
話の流れから考えて、この人がギルドマスターなんだろな。
そのギルドマスターらしき男が、父さんの肩をバンバンと叩く。
「お前ら、数少ないS級冒険者なんだから、もっと頻繁にギルドに顔出せよ!」
ええええええ!?
S級冒険者!?
父さんと母さんってS級冒険者だったの!?
だから父さんと母さんが入った瞬間、ギルドが静まり返ったのか。
S級冒険者なんて、そんなに沢山いるワケじゃないから。
てか、父さんと母さんってダンとモーリって名前だったんだ。
家じゃあ、父さんと母さんとしか呼ばないから、初めて知ったよ。
などと驚いてると、父さんがギルドマスターの肩をポンポンと叩き返す。
「おいおい、子育てが終わるまで依頼は受けない、って何度も言ってるだろ」
「でもなぁ。S級冒険者2人なんて、しかもS+級なんてジパング最強のパーティーじゃねぇか。そんなお前等に頼みたい依頼は、山ほどあるんだぜ」
「Sプラス級?」
聞いた事のない単語に首を傾げる俺に。
「お? ひょっとしてダンとモーリの息子か? 鑑定してイイか?」
ギルドマスターが声をかけてきた。
「鑑定? いいよ」
答えると同時に、俺は鑑定された気配を感じ。
「やっぱダンとモーリも息子も転生者か」
ギルドマスターがニカッと笑った。
「なら冒険者がレベルで区分されてる事は知ってるよな?」
知ってる。
俺がプログラムしたんだから。
つまり、こうだ。
E級 レベル19~1
D級 レベル39~20
C級 レベル59~40
B級 レベル79~60
A級 レベル99~80
普通にプレイしてたら、レベルは99でカンストする。
しかし。
『限界突破』スキルを手に入れると、99を超えてレベルアップが可能。
具体的にはレベル999までアップさせる事が可能となる。
ステータスの限界値も、9999から99999にアップする。
そのレベル99の限界を突破する為のスキルを手に入れた冒険者。
それがS級冒険者だ。
「力強化のスキルを例にすると、ファイナルクエストだったら、格闘家ならレベル10くらいで力強化Lv1を取得するし、レベルが20台になったら力強化Lv2を取得、レベル90台なら力強化L9を取得出来たろ? でもここはリアルだ。レベル20台になったら必ず力強化Lv2を取得出来るとは限らないんだ」
ゲームでは、レベルアップすれば、ほぼ確実に強化スキルが手に入る。
でもそれは、レベルアップする度、もっと強い敵と戦うからだ。
そんなコトが出来たのは、言葉は悪いけど、たかがゲームだから。
死の危険があるリアルだと、戦いも慎重にならざるを得ない。
だからレベルが上がっても、直ぐにもっと強い敵に挑戦しない。
更にレベルを上げ、間違いなく勝てると確信したら、より強い敵に挑む。
言い換えれば、弱い敵と戦うコトの方が、圧倒的に多い。
そしてスキルは強い敵と戦った方がアップしやすい。
なのでレベル50の格闘家なのに、力強化がLv2というコトもあるらしい。
「だからよ。強化スキルのレベルアップが遅い冒険者は-(マイナス)、レベル通りに強化スキルを取得している冒険者はノーマル、そしてレベル通りのスキルを取得しつつ、更に様々なスキルを取得してノーマル以上の強さを獲得している冒険者には+(プラス)を付けて実力を区別してるんだ」
「父さんと母さんは限界突破してる上、ステータスも高いってコト?」
思わず声を上げる俺にギルドマスターが頷く。
「そうだ。ダンもモーリも限界突破してる上、基礎ステータスをカンストさせてるんだ」
限界突破してて基礎ステータスをカンストさせてる?
それってステータスは全部99999ってコトだよね。
父さんと母さんって、凄い冒険者だったんだ、オドロキ。
「そこでだ、ロックよ。そんなとびっきりの冒険者にしか解決できない依頼は、溜まっていく一方なんだ。ほら、あれを見てみな」
ギルドマスターは真顔になると、壁一面を占める大きなボードを指さす。
そのボードの一角に、何十枚もの依頼書が貼られていた。
きっと長い間、放置されているのだろう。
依頼書は色褪せ、文字がかすれているモノすらある。
ギルドマスターが、その色褪せた依頼書に手を伸ばすと。
「お願いですから、大江山に巣食う鬼に攫われた娘を助けてください。もしも命を落としているのなら、せめて形見となる物を……」
依頼内容を読み上げ始めた。
「巨大ムカデの討伐依頼。毎日何人もの仲間が食い殺されています。一刻も早く巨大ムカデを退治して欲しい」
「盗賊討伐依頼。A級の実力を持った盗賊が出没。幾つも村が滅ぼされました。お願いです、この依頼を受けて下さい。儂らを助けてください」
「採取依頼。求む、富士の地底湖の水。子供の病気を治療するに、どうしても必要なのです」
「依頼……」
全ての依頼書を読み上げた後。
ギルドマスターは悲痛な顔で振り返った。
「今、京の都にいる冒険者の最高戦力はA+級2名なんだ。他にもA級5名とA-級8名がいるんだが、そいつらを総動員しても、今読み上げた依頼の達成は無理だんだ。ギルドマスターとして、こんなに情けない事は無い。助けを求める声に応えられないなんてな」
そしてギルドマスターは、真剣な眼差しを父さんと母さんに向ける。
「貴族が趣味で集めてるレアモンスターの採取依頼なら、何年放置したって構わない。でも、ここにあるのは、力なき人々の血を吐く様な依頼なんだ。今こうしている間にも、何の罪もない命が失われてるんだ。こんな時にダンとモーリがギルドに来たのは、きっと天命なんだよ! 困っている人達を救えっていうな! 頼む! 俺じゃなくて、困ってる人々の為に、この依頼を受けてくれないか!?」
「でもなぁ、ロックはまだ10歳なんだよな……」
「そんな危険な依頼にロックを連れて行くワケにもいかないし、かといって1人にするワケにも……」
父さんと母さんは悩んでるみたい。
でもこんなコト言われたら断れないよね。
だから俺は。
「ねえ父さん、母さん。その依頼を受けてあげて」
そう声を上げた。
もちろん父さんと母さんを危険に晒したくない。
でも今聞いた依頼には、S級で対処できないモノは無かった。
なにしろそうプログラムしたのは俺なんだから。
ただし、A級盗賊は俺のプログラムじゃない。
リアルに生きている人間の仕業だ。
でも父さんと母さんのステータスを鑑定して安心した。
A級ごとき100人集まっても蹴散らせるステータスだったから。
それに『里山の民』強化イベントをスタートしようと思って京の都に来た。
その京の都で、父さんと母さんを必要とする依頼が待ち構えていた。
ギルドマスターの言葉じゃないけど、これって天命なのかも。
だから父さんと母さんに伝えよう。
「ねえ父さん、母さん。実はボクの職業『里山の民』を強化するイベントがスタートする場所が、この京の都なんだ。だから、思ってたよりズット早くなっちゃうけど、今からイベントをクリアする為の旅に出ようと思うんだ。だからボクのコトは気にせず、困ってる人を助けてあげて」
そういった俺に、父さんと母さんが抱き着いてきた。
「ロック。そうか、旅立つのか」
「ロック、いつかこの日がくると思ってたけど……転生者がそう言うのなら笑って見送るのが、この世界の親の務め。でもロック、いつでも帰ってくるのよ。貴方は私達の息子なんだから」
「うん。父さん、母さん、行ってきます」
万感の思いを込めて、そう言った俺を父さんと母さんは。
「元気でな」
「いってらっしゃい」
もう1度キュッと抱きしめると、ギルドマスターに鋭い目を向け。
「現役復帰だ。そしてさっさと片付けるぞ」
「そうね。この程度の依頼に手こずる程、腕は落ちてないわ」
頼もしすぎる言葉を口にしたのだった。
2023 オオネ サクヤⒸ