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「目は、いつまで開けてるの?」
『開けたままする人もいるけど、どうなんだろうね。私は自然と閉じちゃってるし……』
そこまで言って、侑ちゃんがふっと笑った。
『そんなことばっかり考えてるわけ?』
「だって……」
『目閉じて待ってたら、敦司がちゃんとキスしてくれるってば。別にいじわるもなんもしないだろうし、してみたら場所とかそういうのもどうでもよくなるもんだよ』
「……目、閉じてないとだめなの?」
『別に開けててもいいと思うよ?』
にやにやと、含み笑いを浮かべる侑ちゃんの表情が想像できる。ずいぶん面白がられているなとは思うけど、でもやっぱり、あたしは知りたかった。
「……じゃあ、さ」
『もう終わり。やっぱり私には、やってみればわかるってしか言えないもの』
じゃあね、おやすみ。実にあっさりと一方的に、侑ちゃんは電話を切った。その早業にあたしは呆然とするしかなくて、かけなおす気力も、メールを打とうという気持ちもなにもわかなかった。
力が抜けて、カーペットに横たわる。自然と指先は唇にのびていて、そして頭には、敦司の顔とその唇ばかりが浮かんでくる。
敦司があたしにキスしようとして。
顔が、唇が、近づいてきて。
そのとき、あたしは……。
●●●●
「――敦司とキスしたい」
呟いてから、あたしは一体なにを言ったんだ! と心の中で叫んだ。
相変わらず、放課後になると誰もいなくなる教室。今日は委員会がないから、いつもみたいに敦司とどうでもいいことを話していた。テレビの話とか授業の話とか、まったくそういう流れになっていなかったはずなのに、あたしは気づいたらそう言ってしまっていた。
「……したいの?」
真っ赤になっているであろう顔がはずかしくて、思わず手で隠してしまう。指の間でちらりと様子をうかがってみると、敦司はばっちりとあたしを見ていた。
その顔が、またにやついている。動いたと思って身構えると、敦司はなにもせず、椅子を引いてあたしを見上げるように座った。
「手で隠してたら、できないけど?」
「ちょっと……待って」
なかなか、顔から手を離せない。自分から言い出してためらうなんてわがままを、敦司はなにも言わずにゆるしてくれた。
「……敦司の、さ」
「ん?」
「敦司の初キスって、いつ?」
「小学校三年生」
あっさりと言われて、侑ちゃんみたいに教えてもらえないと思ってたあたしは、とっさに言葉が出てこない。そんな様子に、敦司はまた笑った。
「好きな子にさ、勢いでしたんだよな。首をかたむけるとかそういうのなんもなしで、鼻がぶつかるような真正面からのキス」
思い出すと、ちょっと笑えるんだ。そう言う敦司の眉間に、すこしだけしわが寄った。
「最初がそうだったからさ、別にキスに対してあれこれ考えるとか、なかったな。ごめんな、気づけなくて」
その口調から、侑ちゃんの気配を感じた。一体彼女はどこからどこまで言ってしまったんだろうと思って、深く考えるまいとあたしは思考をかき消す。
「あたしこそ、ごめんね? 結局ひとりであれこれ考えて、わがままだったよね」
「大丈夫、気にしてないから。むしろこんなのおあいこだし」
な? と、敦司が顔をのぞきこんでくる。そこでようやく、あたしは顔から手を外すことができた。
まっすぐに、敦司と目があう。それだけのことが、なんだか久しぶりに思えてしまう。けれど敦司はいつまでたっても座ったままで、ふいににやりと笑ったかと思うとそのまま目を閉じた。
「綾音からして」
「えっ」
「綾音からすれば、大丈夫だろ? おれは動かない」
明らかに楽しんでいる様子が伝わってくる。どうしてあたしもそれに怒れず、むしろ胸がつまってしまうんだろう。笑いをこらえるようにむずむずと動く唇のまま、敦司はあごをそらしてあたしに催促する。
あたしがするまで、敦司は絶対動かない。
雰囲気で、それがわかる。もう戻れない。今ここであたしがしなかったら、また、この間の自分たちに戻ってしまう。
ふるえをおさえこみながら、あたしは敦司の頬を両手で包み込んだ。