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 あわてて身体を離すあたしに、彼が笑う。声はなく、表情だけの笑みに、驚いたんだか悔しいんだか嬉しいんだかわからなくなって、あたしは唇を噛んだ。

「綾音も案外、ガードがゆるいな」

「だっ、て……!」

 まるで子供のように、わしゃわしゃと頭を撫でられる。それにまた胸のあたりがつまって、あたしは思わずうつむいてしまった。

「これでまたキスしようとしたら、逃げるんだろ?」

「あ……」

 その声色に、いっぱいいっぱいになっていたあたしの頭が、はっと我に返った。

 顔を見れなくても、わかる。敦司はきっと、傷ついてる。いつもは飄々としてる声に、すこしだけ、隠しきれない翳りがある。

 キスしようとして拒まれたんだもの、傷つくのは当然なわけで。あたしだってはっきり、敦司にどうしてキスしたくなかったのか言ってないわけで。

 キスのしかたとか、そういうのを考えるのだって結局あたしだけの話で。敦司はただ純粋に、あたしにキスしたいって思ったからキスしようとしてくれたわけで。

 それを拒んだんだから、絶対、傷ついてる。

「……ごめんね、敦司」

「なにが?」

「キス、嫌がって、ごめんね?」

 ちらりと見上げると、敦司はまた笑った。でもやっぱり、目元が笑いきれていない。本人もぎこちない笑みに気づいているようで、困ったように目尻をこすりながら、離した手でまたあたしの頭を撫でてくれた。

「大丈夫だ」

「……ごめんね?」

「あんま言うな」

「……ごめん」

「次言ったらほんとにキスするぞ」

「…………」

 黙り込むあたしに、敦司がやわらかく微笑んだ。その笑みにかたさはなくて、あたしもすこし、ほっとする。

「じゃあおれ、委員会戻るから」

「うん。先、帰ってるね」

 また顔が近づいてきて、どきっとする。でも敦司はあたしとおでこをあわせるだけで、ほんとうにそのまま行ってしまった。

 その後ろ姿を見ながら、あたしは自然と、キスが降りてきたまぶたを触ってしまう。そして、触れ合わせたおでこにも触ってしまう。

 敦司の感触が、体温が、まだ残ってる。

 なんか、ちょっと、キスできなくて残念。わがままにもそう思っている自分がいる。

 敦司とほんとうにキスしたら。あたしはそのとき、一体なにを思うんだろう。



        ●●●



『――綾音、まだ悩んでたの?』

「……うん」

 電話の向こうから、侑ちゃんのははっと乾いた声が聞こえる。今日は彼氏との予定がなかったようで、お風呂あがりと聞いて想像した濡れ髪の彼女はちょっと色っぽかった。

『それ、キスしたくなくて悩んでるの? それともしたくて悩んでるの?』

「……したくて、悩んでる」

 ぽそっと呟くと、また笑い声が聞こえる。さっきのちょっと冷たい声じゃなくて、親しみのある、色っぽい笑い声だった。

『だから敦司にしてもらえって言ってるんだけど、綾音は違うんだもんね。……しゃーない、このお姉さんがすこしぐらい悩みを聞いてあげようじゃない』

 どんとこい、と言う侑ちゃんがとても頼もしい。それにちょっとだけ笑って、あたしは自分の部屋で、ベッドを前に無意識のうちに姿勢を正していた。

「……侑ちゃん、はじめてのキスってどんな感じだった?」

『教えない』

 えーっ! と抗議するあたしに、彼女は『当たり前じゃない』と言った。

「だって、教えてくれるって言ったのに!」

『初キスの話をするとは誰も言ってません。どうせ綾音だって私の初キスの話聞いてもなにも参考にならないんだし、私だって思い出にとっておきたいのよ』

 侑ちゃんの口から、思い出という言葉が出るとは思ってもみなかった。一体どんなキスだったんだろう……と深く訊きたいけど、そうしたら怒って電話を切られかねない。あたしははやばやと話題を変えた。

「キスするときの狙いって、どうやって定めるの?」

『狙いって、ほんとにどこまで考えてるのよ……まぁでも、そうだね、場所がずれるときとかたまにあるよ。ずれてもむりやり直せばいいんだし』

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