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『漫画でも映画でも見て、思う存分研究しなさい』

 侑ちゃんはそう言ったけど、あたしが求める情報は、漫画や映画ではほとんど得られなかった。

 少女漫画やラブロマンス映画には、必ずキスシーンがある。みんなみんな、当たり前のようにキスをしている。そのキスは甘いものであったり切ないものであったり、ちょっとしたハプニングであったりするけれど、みんなごく自然に唇を重ねている。微笑みあいながらしたり、涙ながらにしたり、シチュエーションはいろいろだけど、みんなキスであれこれ考えている様子はない。

 でも、あたしは考えてしまう。

 キスってどうやってするんだろう?

 どうやって、の範囲が広すぎて、考えてしまったらもうとまらない。どういう流れですることになるのかだけは、あの未遂でなんとなくわかった。

 知りたいのはそれじゃない。キスしたい気持ちとか、キスする雰囲気とか、そういう空気じゃない。知りたいのは、方法。

 方法というか、世間一般的なやりかたというか。大まかな流れはわかる。最終的には顔と顔を近づければいいのはわかってる。

 知りたいのは、細かいところ。

 目はいつ閉じたらいいんだろう。ずっと閉じたまま、相手を待っているのはなんだか不安。でも開けたままっていうのもなんか違う気がするし、ついでにいうと開けていたらどこが見えるのかも気になったりする。

 みんなキスをするときって目を閉じているけど、あれはいつから閉じてるんだろう? 目を閉じたままキスしたら、キスする場所とかずれたりしないのかな? 間違って違うところにキスしちゃったらどうするんだろう?

 でも、やっぱりキスって至近距離だから、ずっと唇見て顔近づけるわけにもいかないだろうし。最終的には感覚なのかな? それともなにか、本能的に相手の唇の場所がわかるようになってるのかな?

 たまに、相手からの一方的なキスで目が開いたままのときとかもあるけど、でもそれはされた側なわけで、したほうはやっぱり閉じてる。勢いでキスしたのに、ちゃんと唇は重なってる。

 目って、必ず閉じるのかな? 開けたままでもいいのかな? 開けていると、相手のどこが見えるんだろう?

 そもそもどうしてキスなんてするの?


「……聞いてるか? 綾音」

 敦司の声で、あたしは我に返った。

「委員会でやることまだ残ってるから、終わるの遅くなりそうなんだわ。今日は先に帰ってて」

 あたしたちのクラスの生徒は、放課後になるとみんな教室から去っていく。もんもんと考えごとをしているうちに、あたしは教室で一人ぽつねんと残されていたようだった。

「別に、なにも用事ないし、待ってるよ?」

「いいんだ、帰ってて」

 窓際のあたしの机に手をついて、敦司はちらりと外を見やる。野球部のかけ声がよく響くグラウンドを見るまなざしを、こうして下から見上げていると、なんだかいつもと雰囲気が違って見えた。

 けどそのよそ見も一瞬のことで、敦司の視線がぱっとあたしに戻る。無意識のうちに、あたしは彼の目ではなく、眉の辺りを見るようにしていた。

 キスの一件は流したはずだと思ってたのに。まだ、余韻が頭の中で残ってしまっている。

「……また、なんか考えてる?」

「ちょっと、ね。ごめんね」

 ほっぺをぱしぱしと叩いて、あたしは意図的に敦司の瞳を見た。黒目がちなその目を見ながら喋るといつも落ち着くはずなのに、今日はなんだかとても落ち着かない。

 平気なふりをしているつもりだけど、鋭い敦司には気づかれているみたいで。しげしげとあたしの顔を見つめてくると思ううちに、彼は腰をかがめて顔を近づけてきた。

 キスをしようってわけじゃない。それは空気でわかる。たぶん敦司は、あたしをからかってわざとやってるんだ。

 でも、あたしの目は敦司の唇に釘付けになってしまう。

 話すときはよく動いて、静かなときはぼんやりとしていて。その薄い唇が、今日はちょっと乾いて荒れている。

 敦司とキスするって、どんな感じだろう?

「……綾音」

「ん?」

 唇から目を離すと、待ってましたといわんばかりに、敦司が動いた。

 目の上。まぶたのあたり。そこに一瞬だけ、キスされた。突然のことで、身構える余裕もなにもなかった。

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