表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

特別な手

「桜木さん、昨夜はどうも、でした。

 汚れた仕事着、置いてちゃったんで、

 スミマセン、酔っ払ってて」


 聖は朝10時に山田動物霊園事務所を訪問。

 すずやかな笑顔で桜木が迎えてくれた。


「セイさん。白衣洗って裏に干しちゃった」

「あ、そうなんだ」

 白衣は何枚も有る。

 せっかく洗ってくれたのだし

 近所だし、

 また来れば良いかと思う。

「カオル、仕事行ったんだ」

「はい。七時前に帰られました」


「そう……あのさあ、桜木さんの犬はどこ?」

「アイツですか。そこらに居ると思いますが」


「シロは仲良しみたいだけど、実は1回もちゃんと見た事無くて」

 聖は今日こそ犬に会いたい。


「えっ?……意外です。アイツはカオルさんにも社長にも、沢田さんにも可愛がって貰ってるんで、てっきりセイさんとも……」

 

言いぶりからして、桜木の犬が普通の犬なのは間違いなさそう。

 昨夜見た山羊のシルエットは

 窓からの明かりに月明かりがプラスして

 犬の姿を歪ませただけなのか


「アリス、帰っておいで」

 桜木が森に呼びかける。


「アリスって名前なんですね」

「ええ」

「雌?」

「はい」

「可愛い名前」


「でしょう?

 犬の名前はシロウと

 アリスしか知らなくて。

 シロウは子供の時に一緒だった犬です」

桜木は,昔を懐かしむように

遠くに視線を送る。


「初めはシロウにしようかと。でもアイツは女の子。

 それに、シロと紛らわしいでしょ」

「そっか。シロとシロウは呼ばれる犬の方も紛らわしいよね」

「でしょ。それでねアリス、です。

自分の不注意で死なせてしまった子の名前です」

「そう、なんだ」


正当防衛で暴漢を死なせた。

聖の頭に、ふと、桜木の過去が浮かび上がってきた。


……正当防衛

……死んだ犬アリス


あれ?

似たような話を聞いたような?


単にデジャブ?


「アリス、おいで。神流剥製工房のセイさんだよ」

 桜木は腰を落として

 数メートル先の何者かに話しかける。


 視線の先に黒いケモノ。


「へっ?」

 山羊のカタチ?

 そんな馬鹿な。


 目を擦ると

 寄ってきたのは山羊では無かった。

 黒い犬が

 聖に顔を背ける妙な格好で桜木の側に。


 桜木は犬の頭を両手で優しく捕らえる。

 

「アリス。セイさんだよ。シロのパパさんだよ」


 ああ、やっと会えた。

 聖は嬉しい。

 犬の顔を見ようと腰を落とす。


顔と顔が触れる程まで近づく。


黒、正確には黒に近い茶色の毛

日本犬の丸い頭。

黒目しか見えない目。

目元には白い毛が。

漆黒の鼻。


初めて見る顔じゃ無い。

この犬は知ってる。

いや、知ってるどころじゃ無い


「……アリス?」

まさかね。

剥製アリスに瓜二つだけど

まさかね。


それでも、

人間くさいこの目つきが

そっくり過ぎるんだけど。


剥製アリスは

長い間工房に居て

中川さんに譲り……あの人は自殺した。

あの人のマンションでは、

見なかった。

所在不明か?


「おい、アリスどうしたの? ちゃんとセイさんを見ようね」

必死で顔を背けようとするから

桜木が叱った。


やっぱ、怪しい。

お前、なんで俺を避ける。

ほら、ちゃんと見せて。


聖は犬に触った。

瞬間、犬はクワワンと。

その鳴き声は

こう聞こえた。

(見付かっちまった)

と。


……やっぱりお前か?

「おい、なあ、お前、(ちゃんと説明しろよ)」

 聖はアリスをしっかり抱いて、

思わず人に話しかけるように

……。 

 くうん。

 と可愛い声で飼い主の方を見て鳴く。

 普通の犬みたいにするので


 自分のリアクションが異常に見えると

 犬を解放した。

 

 目の届く場所で

 シロとじゃれ合う。

 普通の犬二匹、にしか見えない。



「桜木さん、あの犬と出会ったのは?」

 聞かずにおられない。

 鈴子から通勤途中で拾ったとは聞いているが。


「仕事の帰り道です。公園に居たんです。あの、誰にも言ってないんですけど

 自分を呼ぶ声が聞こえたんです。『ユウト、ユウトか』って。

空耳ですけどね。声が聞こえてきた方に犬がいたんです」

 犬が喋ったなんて

 頭が変だと思われるから

 誰にも言ってない。

 霊感剥製士の聖だから話す、と。


「俺もシロが喋っているような感じ、してますよ」

 これは事実。


「やっぱり、そうですか」

 桜木は微笑んだ。

 やけに白い歯が真珠のように綺麗だ。


 この笑顔

 芸能人の誰かに似てるのか。

 それで

 初めて会ったときから

 見覚えが有る感じ、なのか。


 本当にそうか?



桜木の犬が剥製アリス、かも。

こんな超自然現象、はなせるのはマユしかいない。


「そもそも剥製アリスは、どういった経路で此処に?」

 マユは、この謎に凄く興味ありそう。


「加奈の犬だよ。従姉妹の。柴犬の雌」

「あれが、柴犬?」

 マユは剥製アリスを良く知っていた。


「別犬の霊が取り憑いてたんだ。強烈なのがね。

それでさあ、作り上げたら大きく黒くなってたの」

「犬に犬の霊が」

「そうだよ。雌犬に惚れた雄犬の霊。元々は加奈の元彼に、取り憑いてたの」

 聖は話しながら、だんだん思い出してきた。

 加奈が泣きながら語った

 恐ろしい元彼の話を。


「元彼は、犬に取り憑かれ、操られていたの? 恐ろしい犬ね」

「そうでもないんだ。……犬は彼を守っていた。

子供だった彼を父親の暴力から守ったんだ。

父親をかみ殺しちゃって、殺処分になった」


「セイの力は、凄いわね。死んだ犬を見ただけで

取り憑いた犬の過去まで見えたのね」


「いや、違うよ。凄いのはアイツの方だ。俺は元彼の首に犬の霊が憑いてるのを見て……」

 あの時、過去を見せてくれたのは犬の霊だ。

 加奈の犬、<アリス>と共にあった。

 つまり工房内に付いて来ていた。 

 聖が視える奴だと知って

 過去を見せたのだ。


「元彼は、どんな人だったの? 画像は?」


「画像は消したよ。怖かったから。……凄いイケメンだったのは覚えている」

「イケメンなんだ。スタイルも良かった?」


「細見だけど筋肉ある感じ」

「元彼は今も、加奈さんの実家がある、千葉に?」


「いや、最後に電話で話したと加奈は言ってたっけ」

 上機嫌で、

 剥製は要らないと。

 それで聖が貰った。


「あ、思い出した。東京だ」

 最後の消息は東京。

「東京。桜木さんも東京にいたのかしら?」


「……桜木って言った?」

「そうよ。加奈さんの元彼が桜木さん、その可能性は?」

 剥製アリスが

どんな魔法を浴びたか知れないが

生身の犬となり

桜木に飼われている。

しかも、「ユウト」と犬が呼びかけたと。


「山田社長は、彼を東京でスカウトしたと言ってた」

 それだけの一致では無い。

 加奈の話に出てきたイケメンの元彼と

 桜木の一致点は……多すぎた。


「俺、全然気付かなかったよ。そう言えば加奈は『ユウト』と言っていたかも」

「気づかなくて当然よ。話に聞いただけの人と、

ずっと後で自分が出会った人を重ねたりしないわよ。

 そもそも聖と知り合うきっかけは

 犬、でしょ。

 犬を手放せないから山田霊園の番人になったのよね。

 大きな謎はアリスなのよ。

 不思議で不可解なのは。

 なんで剥製アリスが、生身の犬になったのか

 そっち、よ」


「うん。アリスは此処に居た時から多少は動いたり喋ったり、してたよな」

「ええ。中身が空っぽの剥製では無かった」

「けど、たいした力は無かった」

「そうね」


「お守りくらいにはなりそうだった。アイツ中川さんが気に入ってアプローチしたんだ」

「アリスの方から付いていったのね」

「うん」


「ねえ、中川さんが『黒犬』のカードを配った事件は、その後?」

「えーと。多分そうだ」

 ソレが、何かといいかけて

 山羊のシルエット、を思い出す。

「黒山羊……」


「セイ、山羊がどうしたの?」

「見たんだよ。さっきも。最初にアリスが山羊に見えた。

昨日の夜も山羊のシルエットを見た」

「謎の山羊の歯形、もあったわね」


「そうだよ。この山に山羊はいない筈なんだけど」


「山羊は生息していないけど、剥製工房に山羊の人形が届いたコトはあったわね?」


「あったよ。娘を生き返らせたい母親が作った、気味の悪い人形だ」

「その山羊人形は災いを招いた。だからセイの元に来た。どう始末したの?」

「河原のカラスにくれてやった。バラバラにして遊んでいたよ」


「成る程ね。……バラバラにしても中身は残っていたのね」

「中身?」


「母親が呼んでしまったモノよ」

「悪魔かなんか? 消滅しなかったとしたら、どうなったの?」


「やっぱり中川さんに憑いていたのね」

 やっぱり、とマユは言う。


「中川さんは悪魔に操られた。悪魔は中川さんの『人の役に立ちたい』欲に付けいった」

 中川は悪魔の力で魅力が増し

 初対面の相手でもマインドコントロール出来る力も持った。

 剥製工房に来た問題を抱えた男をそそのかし

 有名になりたい詩人をそそのかし

 金が欲しい中学生をそそのかした。


 自分が作った事件の解決に

 頼られる存在で在るのは快感だった。


「でも、自殺したよ」

「取り憑いていたモノが中川さんを捨てたから。精気が無くなったのね」

「あ、そうか……分かった。ソイツは剥製に取り憑いたのか」


「剥製を生きた犬に、なんて相当な魔術でしょ。セイにだって、難しいかも」

「俺?……俺は全然無理でしょ」


「……。とにかくアリスの桜木さんへの思いは、とても強いの。

中川さんのマンションと、桜木さんと出会った公園は近い?」

 詳しくは知らないが

 同じ大阪。

 アリスは桜木が近くに居ると関知したかも知れない。


「元々、ただの剥製では無い。強い犬の霊が憑いていた。

中川さんに憑いている魔力を呼び込んだのね」


 マユの推理はこれまでの出来事と

 現状に合わせてみても矛盾が無いと思われた。


 だけど推理か?

 マユは断言してるような……。


「じゃあ、アリスは『化け犬』か。放置していいの? 

中川さんみたいに人殺しの……人間1人襲ってるし」


「襲ったのは桜木さんを守る為では?」

「あ、そうだ。一方的に襲ったんじゃない。助けたのか」


「剥製アリスの願いは桜木さんの側に居て、彼を守るコト。

もう一度昔のように。その一心で『魔犬』となったのよ」

「魔犬か」

<化け犬>よりは正義キャラっぽくなる。



「じゃあ退治しなくて良いの」

「退治できるの?」

可哀想でキツいかも


「勝てると思うのかって聞いてるの」

「あ、そうか。凄いのが憑いてるんだ」

そんな怖いのが山に居るって

いいのか?


「悪魔なら人のマイナスの心に取り入るんでしょ。

犬の願いは単純で、それだけなら桜木さんに危険が無い限り

害はない。

山田社長もカオルさんも悪魔が付けいる弱さはない。

だけどね、フラフラと山に自殺しに来た人は危ないわね」


「あ、佐々木か」


「山で神の声を聞いたのでしょ。

 SNSで『アリス』と名乗ってもいた

 アリスに取り憑いてるモノと

 接触したのよ」


「そうか。メンタル弱っているとか、強い欲があるとか、

 そういう人は餌食になるのか。……俺、どうしたらいい?」


「構ってやることね」

「は?」


「アリスと遊んであげるのよ。喜ぶわよ、きっと。

ずっとセイを見ていたのよ。生身の犬となって遊びたかったに違いない」


知らない人に、ちょっかい出さないように

退屈しないように

たびたび会いに行けと。


「ワン、ワン、うわわん」とシロが吠える。

 何もかも知っていたように吠える。

 俺1人に監視をさせるなと、聞こえた。


 マユは自分のしらない世界を知っているんだ。

 

 聖はふと、祖父の写真を

マユに見せようかと思った。


楠本酒店のお婆さんがくれた

昔の写真。

祖父の片手が無い写真。

片手が無かったと誰にも聞いていない。

もし自分にだけ片手が見えないなら

祖父は片手が無い人を殺したのか


<祖父は人殺し>

受け入れがたくて確かめるのが怖かった。


でも、今なら恐れずに、マユに聞けそう。


「お祖父さん、セイにそっくりね」

「で、どう? 俺にはこっちの手が無いように見えるんだけど」

 

マユは答えず質問する。

「お母さんのお父さん?」

「そうだよ。……それで、どっち?」

 答えは二択。

 答えは簡単なのに

 マユは、

「お母さんの写真見せて」

「母の?……いつ頃の?」

「いつ頃でもいいの」

「分かった」

 父の使っていたチェストの、

 引き出しを探す。


「この古い写真の束、多分、全部母の写真みたいだ」

 父がまとめてあった。


「セイ、お母さんを見て」

「俺が?」

「そう」

 なんで、と逆らう気持ちが湧く。

 聖は母親の写真を見たくないのだ。

 自分が母親を殺したと信じているから。

 

 申し訳なくて見るのが辛い。

 まだ25才だったんだ。

 顔を見たら涙が出てくる


「ちらっとでいいから、この写真見て。お母さんの手を」

「手、を?」

 マユが見せた写真は

 橋の上で撮られていた。

 セーラー服の少女が映っている。

 彼女の右手は胸のスカーフを触っている。

 そして左手は……学生鞄を持ってる格好だ。

 でもセーラ服の袖と鞄の持ち手の間が、透けている。


 左手が、透けているのだ。


「セイ、お母さんの手も無いように見えるのね」

「うん。……一体どういう事かな」

 高校生の母も、

 片手が無い人を殺した?

 まさか、それは無いだろう。

 

「セイ以外の人が見たら、手は映っているのよ」

「……なんでだろ」

 祖父と

 母が

 2人共が、片手の無い人を殺したとは

 さすがに考えられない。


「私は、こう思ったの。特別な手、なんだと」

「特別な手?」

 俺も特別な手、だけど。

 <人殺しの徴>のある手。


「セイは霊が見えたり、『人殺しは見れば分かる』力が有るでしょ。

それはお母さんから引き継がれたんじゃ無いかしら。

お母さんは、そのお父さんから。

そしてね、力が宿っているのが『手』なんだと思う。

セイがお祖父さんの『特別な手』も

お母さんの『特別な手』も、見えないのはね、

今は、ここに在るからよ」


 マユは聖の手を握った。

 軍手を通して

 しっかりと握られた。


 聖は触れた記憶も無いはずの

 母の手の、

 ぬくもりだと感じた。


 そして、この温かさを

 自分はずっと知ってた

 と気づいた。

 

 左手は母の手。

 <母を殺した徴>

では無かった。


母から貰った、

特別な、母の手で

あったのだ。



最後まで読んで頂き有り難うございました。

このシリーズまだ続きます。

引き続き読んで頂けたら嬉しいです


           仙堂ルリコ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 今回はガッツリ怖い回かと思いきや、ほっこり温かな家族の温もり的なものを感じるお話でした。 聖の情報もボチボチ出てきだしましたね。 この先どのような展開に繋がっていくのか楽しみです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ