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じごく

「まいったで」

薫は新しいビール缶を開けた。


「そっか。薫は強面が幸いして、第一発見者にならなくて済んだ」

「幸いした?」

「そだよ。何気に店の中へ誘われて、死体見ちゃって……犯人取り逃がしていたら、

 マズイでしょ」

「あ……成る程な。一理あるな。ほんまや。俺、この顔のおかげで難を逃れたんや」

 強ばった顔が

 ほぐれた。

 

「5人が出頭、主犯の身元もすぐに分かるんだろ?」

「それはな。あいつら素直に携帯電話渡してくれた。

アリスのアドレス探すのに手間はかからん」

「逃げ通す意志はなさそうじゃない」

「そうや。行く末短い、棺桶に片足突っ込んでる奴やからな」

 そこが、どうも

 やるせない。

 気分の悪い事件だと

 薫は文句を言い出す。


「小山は社会の中に居場所を作れなかった。

引きこもり祖母に保護され酒浸り。

やることはテレビやネット見るだけ。

廃人や。生きる屍や。

そんなクソ野郎を、殺してどんな意味がある?

16年前に殺された子の遺族も

 マスコミに再び晒されて、いやな思いしてるで。

 こんな事件が増えたら殺伐とした世の中になる。

 『処刑人』が増えたらな」

 

「小山が憎いというのは分かる。

 俺もあの動画、むかついた。

 だけどさ、殺そうとは思わなかったな。

 誰かを殺したいと本気で思っても、

 リスクを考えて、普通は実行しないでしょ?

 自分が近々この世から消えるとなると

 全くリスク無し、って感じ?

 何でも出来る、失う者が無い『無敵の人』の中に、

 余命宣告受けた人も入れられちゃうと、ヤバイよね」


「不幸が、犯罪犯しても許される免罪符にはならんやろ。

 ハリウッド映画では癌の爺さんが命を捨てて皆を救うヒーロー

 であったり、するやん。

 どうせすぐ死ぬんやから、皆のために命を捨てる

 神様のような行いは期待されるがな」


「山で神の声を聞いて悪者退治、だろ。犯人はヒーローのつもりじゃ無いの?」

「神の声、言うとったな」

「死を宣告されると超自然現象を感じるとか」


「感じたような気にはなるかも。俺も肺ガンのサバイバーや。

 一度は死が、そこまで来てる気分になった」

 

 結月薫は、健康診断で(運良く)小さな肺ガン見付かり

 部分切除、転移無し、の治療歴がある。


「見える世界がすっかり変わったな。

 当たり前のように10年先も生きてる前提で暮らしている人の群れから

 外れた、と感じたん、やったな」

  犯人達が同じ境遇の仲間を求めた感情は理解出来る、と言う。

「どうせ、もうすぐ死ぬんや、なんでもやったる、という気分も、理解は出来るんや」


「破れかぶれ、ってこと?……そういう気分になる背景は余命宣告だけじゃないでしょ」


「その通りや。だからな、嫌な事件やねん。

 例を挙げれば、精神病んでる人全てが、危険行為をする訳では無いのに

 小数が派手な事件を起こせば、全体が危険視される。

 実際は自死が、多いのにな」

 

 この事件が派手に報道されることで

 死の宣告を受けた者も、危険視されるのではと

 薫は憂う。

 

 聖は、薫が癌の手術の前、

 すこし様子が違っていたのを思い出した。

 あの頃は、<行方不明者・山本マユ>に夢中で

 此処で、幽霊のマユの姿も見えて

 

 自分はあの世でマユと結ばれるとか、

 ファンタジー世界に行っちゃっていたと。


 主犯アリスは

 佐々木トオル39才

 住所は栃木県O市。

 無職。元住宅メーカー勤務。

 今年の春、

 進行の早い消化器系の癌と

 診断された。


 早々に判明したのは

 写真公開からすぐに

 通報があったのだ。


 通報者は(みちよ)裏の文化住宅の住人だ。

 ベランダから提灯が見える部屋。

 店は暫く休業していると、インタビューに答えた男だ。


彼は事件後に被害者の素性を知った。

小山輝の動画は見ていない。

昔の事件も知らない。

関心が無かったから。


公開された写真を見て

佐々木に似ていると思った。

突然、泊まらせてくれと来た。

あの、高校の同級生に似ていると。


佐々木とは、去年同窓会で二十年ぶりに会った。

栃木の公立高校で同窓会も地元のホテルだった。

特に親しい間柄では無かったが

小学校も中学も同じだったので、

昔から見慣れた顔、だった。


会場でたまたま席が近いので話した。

その後、同窓会ラインで、

奈良公園の写真を送ると

佐々木から、夏に奈良に行く、会えるかと

聞いてきた。

軽く承諾した。


今年の夏、佐々木は奈良に来た。


 奈良公園は中学の修学旅行で来た。

 

(一番心に残っている場所

 もう一度、まったりと鹿が

 そこいらに居る風景を見たかった)


 佐々木は奈良市内を見物したらしい。

 

 近鉄奈良近くの飲み屋で

 会った。


 数日奈良観光の日程らしく

 その日は明日香の民宿に予約していると言っていた。

 ところが、佐々木は

 少しの酒で、吐いた。

 顔色は悪い。


 明日香までの移動は無理だろうと

 自分の、文化住宅の部屋に泊めたという。 


 佐々木は、窓から外を眺め写真を撮っていた。

 会った時から

 しょっちゅう

 目にするモノ全てを撮っていた。


(佐々木は朝一番に出て行きました

 出てった後で、窓辺に3万と、ありがとう、のメモが

 ありました。コンビニのレシートの裏に書いていました。

 飲み屋も奢ってくれました)


 通報者にとって

 なにか心にひっかかる出来事だった。

 佐々木の事が、頭に残った。  


 公開されたアリスの写真を見て

 (これは誰かに似ている。

  あれ?

  もしかして、佐々木か?

  ……あいつは、「みちよ」の提灯を見ていた)


  まさかと思いながらも一応警察署に話しに行った。

  飲み屋で撮った佐々木の写真も見せた。

  それは、

  明らかに、防犯カメラが捉えた画像と同一人物であった。

  

  

「セイ、どんな人だったの?」

 マユは実行犯、佐々木について

 聞いた。


「真面目でおとなしい、って元職場の人は言ってるし

 母親は、優しい子、正義感が強かったと泣いてるよ」


「……そうなの」

「インタビューの動画見る?」


「見ないわ」

 マユは、窓の外の

 夜の雪を見ていた。


 この冬初めての雪が

 日暮れから降り始めていた。


「本人は何も語らないまま逝ってしまったのね。

 『人殺し』に後悔は無かったのかな」

 

 佐々木は既に亡くなっていた。

 重要参考人確保の時点で

 集中治療室に、入っていた。

 後を追うように<幽霊女>も

 この世を去っている。

 

「どうかな。本望を遂げて満足して死んだかも」

「馬鹿ね、」


「馬鹿?……たしかに佐々木は馬鹿な事をしたね」


「おろかよ。人間のクズを『処刑』したつもりなんでしょうけど、

 人殺って、殺した人と縁を結ぶ結果になると、分かってない」


「縁を結ぶのか」

 取り憑くんだとは分かる。

 人殺しの手には

 殺された者が徴を付けている

 と、

 知っているから。


「血縁より濃い絆かも、ね」

「そうなの?」

「しかもね、あの世への道連れに、しちゃったのよ。『クズ』を」


「……あの、もしかして、佐々木と小山輝は、あの世で一緒に居る、の?」

 さすがマユ、

 <あの世>に詳しいぞ。


「そうでしょ。2人とも人殺し、なんだから」

「じ、地獄か?」


「ふふ……。

 想像してみて。

 自分の姿が無い世界を。目は見える。耳は聞こえる……だけど

 身体が無いの。

 佐々木は、喋る事も出来ない。

 心の声は音声にならないの。

 口が無いのだから。

 それでね、

 見えるのは小山輝の姿だけ。

 聞こえるのも小山輝の声だけ

 いつまでも

 いつまでも

 ……………」


「こ、怖―。めっちゃ怖い」

 そんな世界、絶対いやだ。

 まさに無間地獄じゃ無いか。


「でしょう?」

 マユは。ほほ、と

 涼やかに笑った。

 いつもの笑顔に

 わずかに怖い感じがプラスされてるような

 それが、また一層美しく

 感じる。


 この世のモノとは思えない美しさ、

 なんだろうなと

 聖は感心する。


「カオルさんは、まだ忙しいのかしら?」

「うん。それがね、明日山田動物霊園に来るらしい。

 桜木さんに、聞きたい事があるらしい。たいした用件じゃ無いって。

 俺も呼ばれた。夕方から宴会の、つもりだろう」


「桜木さんに?……今度の事件と関係あるの?」

「うん。

 例の、生首が置かれていた動物霊園の管理人がね、

 公開された佐々木の写真を見てね、

 事件の数日前に見学に来た男だと」

  飼っている老犬が弱っている。

  看取りの準備をしている。

  墓も見て回っていると、言った。


「その時に、山田動物霊園に行ったような話をしていたんだって」

  和歌山との県境に近い山の中。

  車でしか行けない。

  

「そこは、犬を放し飼いにして番をさせていた。

 この霊園も犬が居るのかと」

  犬は飼っていないと管理人は答えた。

 

「成る程ね。生首を動物霊園にと考えて、下見に回ってたのね」

「そういうこと。山田霊園は番犬がいるから候補から外したんだ、きっと」

 

 佐々木が管理人桜木と接触があったかどうかは

 まだ分からない。

 犬が走り回っているのは、訪れたなら分かること。


「桜木さんが犯人と会ったんなら、聴取するんだって」


「セイ、嬉しそうね」

「ああ。カオルと桜木さんと3人で飲むのは気楽で良いよ。

 それに明日こそ、あの子を、アリスを、捕まえる」


「?……犬ね……桜木さんの犬は、アリス……だったわね」

 マユは窓辺から

 陳列棚のほうへ

 ゆっくり移動する。

 白い手が

 棚の、ぽっかり空いたスペースに延びる。

 長い間、<剥製アリス>が居たところに。

 

「桜木さんの犬も、アリス、なのね」

 二度聞きするマユ。


「そう。名前が分かったんだ、呼べば寄ってくるね、きっと」

 犬に会えるのが楽しみすぎて

 聖は

 

 マユの声に

 <或る不安>が含まれているのを

 聞き逃した。







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