マユの推理
「謎だらけね。……これがきっかけ、なのかな」
マユは例の動画に不快そう。
「そうだよ。謎だらけさ。まさか被害者が元少年A、とはね」
「動画を見た人から、撮影場所の情報は出なかったの?」
此処が「みちよ」だと
誰かが特定したならば、
予め「みちよ」を知らなかった人物まで
犯人に成り得るのだ。
「この動画についてSNSでは多く話題に上がってる。
だけど、俺がサーチした結果、『みちよ』に、誰も辿り付いていない」
「では、犯人は自力で、『みちよ』と分かったのね」
「そゆこと、かな」
マユは聖の隣に座っていたのだが
立ち上がり
工房の中を歩いた。
推理が始まったみたい、だった。
「犯人は動画を見て、元少年Aを処刑すべきだと思った
そして……可能、だった。
で? その店には少なくとも5人居たのね」
「カオルに声かけた、女をいれたら6人、だよ」
「犯人達が『みちよ』に行ったのは何時かしら?」
「死亡推定時間は午後4時より前、だよ」
「居酒屋よね。営業時間前、じゃないの?」
「そう、かも」
「犯人達は事件当日午後4時前に『みちよ』に行き、2人を殺害し、
1人の首を切断した。どれ位、時間かかるかしら?」
「凶器は現場にあった包丁数丁。……料理包丁で人間の首を切断したんだ
犯人達は複数でも、作業はせいぜい2人でしか出来ないかな
最低30分かな。素人と仮定して」
聖は動物遺体の解体工程を頭に浮かべて考えた。
猪の首切断は電ノコで10分。
道具が出刃包丁しかなければ
30分かな、と。
1人作業で、そんな感じ。
助手がいても
遺体を固定、くらいで
切断は1人の仕事であろう、と。
「では、3時には『みちよ』に犯人達がいたのね」
「うん。多分」
「電話で早めに店に入りたいと予約したのかしら?」
「近隣の証言では、休業してたみたい。
暫く提灯は点いていなかったらしい」
「押し入って2人を殺害し、その後に
提灯を点した……って事?」
「そういう事になるか」
「カオルさんが『みちよ』を覗いたのは6時頃よね」
「そう」
「犯人達は被害者の首を切断後に、少なくとも2時間、現場に居たのね」
「カオルが見たのが犯人達なら、そうだね」
「カウンター内に2人の死体があったのよ。犯人以外に、
死体を眺めてお酒を飲むなんて有り得ないでしょ」
「有り得ない、よね」
聖はマユの指摘に
背筋がぞっとする。
犯人達は2人を殺した後、少なくとも2時間、その場で酒盛りをしていたのだ。
なぜ?
一刻も早く立ち去るべき、なのに。
「客は、異様に静かだったと、カオルは言っていた」
「それはね、カオルさんが店に行ったからでしょう」
彼らは薫の動向に身構えていた。
「カオルで無くても、誰かが店に入ってきたら、
見張りの女が止めても入って来てしまったら、
どうするつもりだったんだろう。
暫く閉めていた店に明かりが点いている。
かつて常連客がいたとしたら、気になって覗くかも知れない」
「ねえ、案外人が入って来てもいいと考えていたのかも」
「どうして? 捕まっても構わないってこと?」
「カオルさんが、もう一歩店の奥に入っていたら遺体が視界に入ったのよね」
「そんな感じかな」
「遺体を発見したとして、その次のリアクションは?」
「その場に居る奴らに『動くな』って叫ぶのかな」
「叫んだけど、見れば、誰も居なかったりして」
「どゆこと?」
「カオルさんが、もう一歩進んだ瞬間に、逃げるの」
「逃げちゃうの?」
「一斉にカウンターから立ち上がる。するとカオルさんの視界は遮られる。
殺人現場と知らない。ただ、どうして急に、と思うだけ」
カオルは自分の登場を合図のように
去って行く行動を不審に感じるだろう。
視線は彼らを追う。
1人に、(なぜ?)と問うかもしれない。
だが職務質問する程の不審な行為ではない。
腕を掴んで引き留めたりできない。
「……そっか。奴らは誰かが遺体を発見する直前に逃げる事が可能だった」
遺体発見後に、既に逃げ去った者を追えるのか?
現場の路地から出てしまえば人通りは多い。
「彼らが『みちよ』を出た時間は不明、でしょ。
夜も更けて、誰も来ない時間まで居たかも」
「それって……誰かが入って来るのを、待っていたと?」
「わざわざ店を開け、客を装って席に着いていた。そして見張りの女。
誰か来れば、仲間に知らせる女。彼らはゾクゾクしながら待っていたのかも」
死体が見付かってしまったら
一斉に逃げる。
いつかわからない。
誰もやって来ないかもしれない。
だからこそ、
ドキドキ、わくわく……。
聖はなんでだか
<缶蹴りごっこ>、の記憶が頭に浮かんだ。
缶が蹴られる瞬間を
静止状態で待っていた、
あの高揚感を、
思い出した。