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少年A

11月3日。

夜に、

結月薫が工房に来た。


酒と食料を携えて

いつもの気楽な感じでやってきた。


「セイ、懐かしいわ」

さほどのご無沙汰では無いのに言う。

色々忙しくて

ちょっと休憩しに来たのか。

それならば

高級なワインと

かに缶でも出して、慰労するかと思う。


「実はな、セイに、頼みもあって来た」

 ビール1缶一気に飲んで、切り出す。


「何?」

どこかに偵察に行くとか?


「ちゃうねん。コレや。コレ見て」

 薫はポケットから折りたたんだ紙を出す。

広げれば、線画。

気味悪い顔。


「コレ……怖い」


「しやろ(そうだろう)。生首事件は知ってるやろ?」

「うん。例の事件、カオルが話していた『みちよ』だよね。殺害現場だったんだろう?」


「うん、しやねん(そうなんだ)、……」

 カオルはその先を言いかけて、深いため息。

 事件現場に事件直後に

 足を踏み入れた刑事が、どんだけ、ややこしい状況か

 説明するまでも無いかと、

 会わない間の苦渋の時間を

 ため息1つに吐きだした。 


「俺があの日みた『幽霊女』は参考人や。

 ほんで似顔絵を描いてもろたんやけど……」

「女……? コレ人間の顔なのか」

お化けの絵かと……。

  どうみても妖怪かゾンビか餓鬼なんだけど。


「同じ事言われた。見たままを伝えて、描いて貰った結果、な」

「女の顔が怖かったんだよね。無意識に特徴を誇張して記憶してるのかも」


「そうやろうなあ。俺の落ち度やねんけど。俺の記憶はこの顔や。

 しかし、この絵では人間の女を捜せない。……セイ何とかならん?」


「あ、いいよ。やってみても」

 聖が微笑みながら言うので

 薫は手を叩き、

「ほんまに。出来るんや。有り難う」

 ビールを脇に寄せ、居ずまいを正した。


「カオル、飲みながらでいいよ。

 まったり、ゆっくり、やってみよう。

 まず、俺がこの絵から(元の)人間の女を想像して描いてみる。

 その後はカオルの記憶が頼り。

 より実物に近づけるんだ。

 酒飲んで緊張解いて。

 ひょっこり、とね、鮮明に、

 過去に見た風景が、頭に浮かんできたりするから」


 聖はスケッチブックを持って来て

 膝の上で描き始める。

 ビールを飲みながら。


「セイ、描いてる姿が絵になるなあ。初めて見る鋭い目つきが素敵。

 女やったら惚れそうや」

  カオルは安堵したのかアホなコトを言い出す。


「男でも惚れるかも。……そういえばな、この前男同士の恋愛映画、見てん」

「へえー、そんなの見るんだ」

「イタリアの田舎が舞台の綺麗な映画や」

「それで?……面白かったの?」

「ちょっと泣けたな。それがな、超イケメンの青年が……似てたんや」

「へっ?……誰に?……まさか俺に?」

 聖の手が止まる。

 

「残念。セイやない。山田動物霊園の悠斗や」

「あ、そっか。彼か」

 彼は確かに美しい、白人俳優と似ていて不思議はない。


「顔の作りもやけど、自然体やのに動作がな、無駄が無くて美しいんや」

「彼もそうだよね。野生の鹿みたい、かな。自分の美しさを自覚してないんだ」

「そういうコトか」

 

「カオル、彼の話、今はマズイ。

 俺は女の顔を作ってるのに、あの顔がちらついちゃう」

「そうやったな。これは悪いことしたな」

 カオルは弾けるように、ウハハ、と笑う。

 聖も、何でこの状況で、男2人でイケメン悠斗の話題なのかと、

 笑ってしまう。

 

 薫は上機嫌になり

 よく食べ、よく飲んだ。


「どう?」

「おう……ちかい。ずっごく近い、と思う」

「どこが違う?」

「えーと。……鼻かな。鼻はこんな風に目立ってなかった……それと

 目と目の間が、もうちょっと離れてたような」

「了解」

 

「これで、どう?」

「……この顔や。でもやっぱ、もっと怖かったか……」

「夜道で見たという条件に合わせてみようか」

 部屋の明かり消し、携帯のライトで照らす。


「セイ、有り難う。この顔です」

 刑事の顔で礼を言う。


「カオル、最初に幽霊女と言っていたけど、俺、この人は病人だと思うよ」

 若い女で

 顔色悪く

 目は落ちくぼみ

 深い皺が刻まれ

 毛髪が抜けている。


「俺も、今は、そう見える。

 地肌が見えてる頭は、抗がん剤治療の副作用で毛が抜けたんかな。

 杖無しでは歩行困難。体重減少。癌の末期患者か。

 なんで病院のベッドにおらん?

 ……在宅か。手の施しようのない緩和ケアの患者か」


「被害者と関係のある人物、だよね」

 殺害理由は金銭ではない。

 ならば犯人は友人、知人の中に。


「顔見知りの犯行のケースやけどな。本件に関しては、的を絞れない。

 なにせ、被害者は有名人ともいえるんで」


「えっ?……有名人だったの?……『みちよ』の経営者が?」

「孫の方や。首切られて、猫の墓に晒されとった」

「そうか。ターゲットは孫だったんだ」


「そうや。まさにターゲット。すぐにSNSで広まるやろうけど、

 被害者小山輝は14才で同級生殺害、の前歴があるんや」


「……、」

 想像もしなかった意外な事実に

 驚きすぎて、聖は言葉が出ない。 


 動物霊園に置かれていた生首には

 頬にマジックで

 <少年A処刑>

 と、書かれていた、らしい。


「少年法で罪に問われなかった被害者を、16年経った今、殺しよった。

 処刑というより私刑やで」

「犯人は被害者の過去を知っていた人物ってことだね? 限られてるんじゃないの?」

「そう思うやろ。隠して当然の過去や。

 居所を替え、名字を替え、過去から逃げ続ける、と」

「うん」


「被害者も親が離婚し母親姓に替えた。関東から奈良へ引っ越した。

 元少年Aやと、誰も知らない世界で16年暮らしてきた。

 それが何を思ったのか、SNSに動画を上げたんや

 1ヶ月程、前に」


 これやで、

 と、

 薫は携帯で動画を見せた。

 

 サングラス、マスクの男

(初めまして僕は、元少年Aです。

 えーと、中学2年の時にですね、○○君を、えーと、

 えーと、やっちゃいました)

 

 小山輝は

 酒に酔っているのか

 ハイでろれつが回ってない。

 聞き苦しい喋り方で

 殺害時の記憶を問わず語り。


「胸くそ悪い、って言いたくなるな」

 聖は不快で見続けられない。

 途中で目を反らした。


「犯人も、同じ感想を抱いたんちゃうかな」

 

 ……コイツ、許せない。

 ……ぶっ殺してやろうか


「犯人は動画を見た誰かなの? 不特定多数じゃん(再生回数10万超え)」

「そうやねん。厄介な事件やで」

「でもさ、名前は言ってないし、撮影場所にも触れて無さそうなのに、

 犯人は小山輝の家を特定できたんだね」


「撮影場所は『みちよ』のカウンター席や。ガラス戸越しに

 赤い提灯が見えてるねん」

  静止画像を拡大すると

 (みちよ)の文字も半分見えてる。


「ホントだ。……これだけの情報で、日本中、虱潰しに探したのかな

 ……いや、無理だろ。1ヶ月では不可能だよ」


「不可能やと思うか。では犯人は動画を見た時点で撮影場所に心当たりがあったか、

 のちに偶然行き当たったか、どっちか、やな」


「先に知ってた可能性の方が高くない?」

「どっちにしても、犯人は土地勘のある人物、か」

 

 一度前を通った位で記憶に残るまい。

 (ありふれた赤提灯、ありふれた小さな居酒屋)


「そうすると、この女も、遠いところから、やってきたのではないか」

「こんな弱った身体で長旅は無理でしょ」


 薫は聖が描いた<顔>を手がかりに出来る、

 忙しくなる、と微笑んだ。

 

 


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