生首
その夜に、マユに話し、ニュース動画を見せた。
「これ、ゆうべカオルさんが言ってた、居酒屋?……本当に?」
「店の名も赤提灯も、言ってた通り。背景に駅前ホテル。
店の場所もあってる」
「カオルさん、偶然、事件の前に、行ったのね」
「……うん」
遺体の身元は判明した。
居酒屋店主、小山美千代 76才
孫の、 小山輝30才
居酒屋奧が住居であり、この家は2人暮らし。
遺体発見者は新聞配達員。
発見時間は午前4時半頃。
普段点いていない店内の明かりが
一部点いていたのを不審に思い
中に入り遺体を発見した。
(通常は外してある暖簾が掛かかり、
椅子が横倒しになっていた。
この家は老人1人暮らしと認識していた。
住人の身を案じて中へ入った)
「セイ、犯人は、カオルさんが見た人たちだと思う?」
「朝、飲み屋で死体発見だろ、普通は最後の客が怪しいんじゃないの
誰も居なくなったのを見計らって……」
結月薫が事件現場に行ったのは
午後六時過ぎ。
<幽霊女>と、<静かすぎる客達>は、
その前から「みちよ」に居たのは確かだ。
しかし、その後は分からない。
店じまい、までの、客の入れ替わりは不明だ。
「カウンター席しかない店で、長居をするのは常連客くらいだろ。
俺はカオルが見たのは短時間の貸し切り客だったと思うけど」
「どうして……狭い店を短時間貸し切るの?」
「たとえばさ、待ち合わせ場所にしたとか。飲むにはちょっと早い時間だ。
早めに店を開けて貰って、全員揃えば目的の場所に移動、とか」
ネットで店は探せる。
駅から遠くない
貸し切っても高く付かない店。
「待ち合わせて皆で移動は、変よ。
今時、携帯電話でやりとり出来るでしょう」
「そう言われれば……じゃあマユは。どういう客だったと思うの?」
「分からないの。とても不思議なの。
セイは貸し切りだったというけれど
カウンターに横並びでしょう?
グループだけで飲みたいなら個室のある店を予約するでしょう」
「そう、だよな。奇妙な客には違いないんだ」
「カオルさんが、あんなに怖がっていたでしょう?……普通じゃなかったのよ」
「普通じゃない……禍々しい雰囲気、怖い奴の集まり?」
「怖い人殺しの集まり、だったとか」
「やっぱ、そいつらが2人を殺した? なんで?……いや、待てよ」
「居酒屋の2人を殺すために……数人で来たと、考えてみましょう」
「でもさ、6時だよ。まだ夕方じゃん」
「店が開いてすぐね。そこにカウンター席が一杯になる人数、入って来るの」
「貸し切り状態になるか」
「店には自分たちと被害者以外に居ない」
「そうか。第三者に邪魔されずに、カウンターの奧で、2人を殺害出来るんだ」
人通りの少ない通り。
たとえ誰かが店の外で
暴れる音や声を聞いたとしても
中に居る客の背中が見えている。
酔っ払いの客が騒いでいる、と
気にもしないだろう。
「満席でも入って来る客。それが一番問題ね」
「カオルに声を掛けた女は、見張り役?」
「カオルさん、止められても店に入っちゃったけど」
「けど、怖かったから逃げてきたんだ」
「逃げてよかったかもよ。本当に、恐ろしい人殺し集団なら、
口封じに殺されていたかも」
(静かやねん。……酒の臭いがするだけ。話し声も動きも無い。静止してるやんか)
「カオルの挙動次第では……襲いかかるとか? 静かに身構えてたの?……怖いな」
聖は、幽霊だ、妖怪だと怖がるカオルに
事情があっただけで、普通の人間だと言い聞かせたが、
ひどく安易な思考だったかもと、思い始めた。
「セイ、まだ事実は判らない。この推理も的外れかも」
「うん。何も分かってないんだ。だけどさ、俺はカオルの言葉は信じることにした」
「幽霊? 妖怪?……怖かったと言ってたコト?」
「そう。人間だけど、人間じゃ無い、カオルは……怖いモノに会ったんだ」
結月薫は何も言ってこない。
事件の続報で新たな事実が分かった。
死亡時刻は、
午後4時より前、だった。
発見された遺体は死後12時間以上経過。
犯人は複数。
現場に足跡を残している。
凶器は店にあった包丁数丁。
洗って、元の場所に戻されていた。
「セイ。怖いわ。カオルさんは事件の後に……」
「そう。カウンターの奧には遺体があったんだ。
カオルが見た不気味な客は、本当に人殺しだったんだよ」
聖は、薫のアリバイを聞かれると、思っていた。
事件現場に怪しい時間に行って、指紋を残しているだろうから。
殺害時間は勤務時間中。無関係の証明は要らないようだ。
「2人殺して、その後皆で酒飲んで……そういうコトになるよな?」
「大胆すぎて恐ろしい」
「カオルは異様な雰囲気を関知したんだ」
「刑事の感で、凶悪犯に反応したのね。
ねえ、犯人達は明るい時間に現場に来たのね。きっと誰かが見てるわ」
「そうだよ。足跡を残してる。指紋もでるさ。
大胆で、抜けてる奴らだよ。警察の捜査を見くびっている、馬鹿野郎さ」
強盗目的では無い。
レジには触れもしていない。(この店は大金があるように見えない)
行きずりの犯行の可能性は低い。
被害者の交友関係を中心に捜査、と記事にある。
「セイ。ご近所、素っ気ないわね」
マユは最新の事件関係の動画を眺めている。
ワイドショーの(ご近所)インタビューだ。
二軒隣のたばこ屋の老婆は
「付き合いも何も、ありません。お孫さん? 顔見た事もありません」
と逃げるように。
路地の片側は老朽アパートの裏壁。
「前は、窓から提灯の明かりが見えてましたね。
けど、今年になってから提灯点いてるの、見てませんね。
てっきり潰れたと思ってました」
こう話した40代の作業服を着た男は、
被害者を見た事も無いと言った。
「素っ気ないと言うより、ご近所付き合いするようなエリアじゃ、無いんだよ」
三軒長屋以外、周りはアパート。シェアハウス、4階建マンションと
集合住宅しかない。
「JR奈良駅にも近鉄奈良駅にも徒歩で行ける。周りに大学もいくつかある。
若い人向けの賃貸が多いんだ」
「若い人は『みちよ』には行かなかったのかな」
「駅前に、いくらでも店はあるからね」
新たな情報は出てこないまま
1週間過ぎた頃には報道は途絶えた。
なぜか被害者については
顔写真すら公にされなかった。
それから更に1週間、
11月1日。
(被害者の)遺体の一部が、発見された。
発見場所は奈良県E 市の動物霊園
猫の墓に、
「小山輝」の生首が
置かれていた。