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幽霊女

神流カミナガレ セイ:30才。178センチ。やせ形。端正な顔立ち。横に長い大きな目は滅多に全開しない。大抵、ちょっとボンヤリした表情。<人殺しの手>を見るのが怖いので、人混みに出るのを嫌う。人が写るテレビや映画も避けている。ゲーム、アニメ好き。


山本マユ(享年24歳):神流剥製工房を訪ねてくる綺麗な幽霊。生まれつき心臓に重い障害があった。聖を訪ねてくる途中、山で発作を起こして亡くなった。推理好き。事件が起こると現れ謎解きを手伝う。


シロ(紀州犬):聖が物心付いた頃から側に居た飼い犬。2代目か3代目か、生身の犬では無いのか、不明。


結月薫ユヅキ カオル:聖の幼なじみ。刑事。角張った輪郭に、イカツイ身体。


山田鈴子(ヤマダ スズコ50才前後):不動産会社の社長。顔もスタイルも良いが、派手な服と、喋り方は<大阪のおばちゃん> 人の死を予知できる。


「怖かってん。めちゃ怖かってん」

 結月薫が、

 こう言う。


「ひい」

 神流聖は素っ頓狂な声を出す。

 作業室のドアを開けたら、

  そこに薫が立っていたのだ。


反射的に(驚きすぎて)身が竦み

すぐに薫だと認知したが

喉まで来ていた悲鳴は止められない。


「セイ、怖い声出さんといて。俺、今怯えてんねんから」

 と、そこらをウロウロしてから薫はソファに座った。

 

「一体どうしたの?……何がこわかったのさ

(突然の出現で、俺、怖かったんだけど)」                                      

 文句は言わずに優しく聞いた。

 薫がこんな感じで怯えてるの、初めてかも。


「あれは、人間ちゃう。……幽霊や」

「……幽霊?」

「うん」

 薫は、

いつの間にか膝の上に、白い鳥の剥製を抱いている。

さっきウロウロしていたときに取ったらしい。

 アルビノのヨウム。

パソコンデスク前の椅子に置いてあった。


<マユ>が宿っている。

工房で一番大切な剥製だ。


「まず、酒だな」

聖は焼酎の湯わりを急いで作った。

大きめの湯飲み茶碗に入れたのを

薫に持たせ、<鳥>を回収した。


「おう。これは美味い。ほんで身体が温まる」

 強ばった薫の表情が少しほどけた。


「で?……何があったの?」

「うん……それがな、」


 結月薫は今日6時に奈良市内の署をでた。

 JR奈良駅に奈良県警N署は近い。

 そして薫の自宅マンションもJR奈良駅南側。

 職場と自宅マンションは徒歩15分の距離、であった。



薫は、すんなりマンションに帰らないで、ちょっと飲みたいと思った。

それで、

近鉄奈良駅周辺の繁華街へと歩いた。

途中、薄暗い路地で<幽霊女>に遭遇したという。


「俺な、その通りをちらっと、見ただけやねん。

女が1人立ってた。その女がな、俺の前に来よってん」

 年齢不詳の女。

 黒いストールで身体を包んでいる。

そして、杖をついていた。


 なんで<幽霊女>かと、いうと、


「顔や。目の周りが、ひだひだ。白目は黄色い。頬がしわくちゃや。

ほんで顔色は青黒い。

 髪の毛や。肩までのセミロングやねんけど、薄毛で地肌が見えてるねん」


 <幽霊女>は薫に言った。


「満席なんです。どうぞ、他の店をあたってください」

 

何を云われたのか

 唐突すぎて理解出来ない。


「席が無いんです」

 女は振り返り、後ろを指さした。

「みちよ」の文字が書かれた、赤い提灯を。

薫は、その小さな居酒屋の存在に初めて気付いた。


 薄暗い路地に提灯1つが目印。

 それは何ら怪しく無い。

 だが、わざわざ満席を知らせる女は何?

 自分は、奇妙な女が、こっちに来るからに足を止めただけ。

 <みちよ>に入る気など無かった。


「それは残念やなあ。ホンマに俺1人やねんけど、アカンの?」

 薫は路地へ入っていった。

 奇妙な女を雇っている店を一見したいと思った。


 築50年は超えるであろう平屋の3軒長屋。

 手前からタバコ屋、饅頭屋の看板のある空屋。

 一番奥が「みちよ」。


 通りに面してガラス戸があり、暖簾の隙間から中が見えている。

 カウンター席だけの小さな店。

 客の足が見えていた。


「満席なんです。どうぞ他の店をあたってください」

 背中に声。

 振り返れば、さっきの女がぴったりと、真後ろに居る。

「満席なんです」

 か細い、感情の無い声で繰りかえす。


薫は、その女が怖くて店の戸を開けた。

薄暗い路地に女と居るのが怖かった。

何はともあれ、飲み屋に入ってしまえと。


「満席やってん。それはな、後から考えて不思議な感じがしたんや。……」

 薫が向かっていた先の商店街、その周辺には

 数多の居酒屋がある。

 観光客が喜ぶオシャレなカフェも増殖中。

 どうして、こんな店が満席?


「あんな、俺が幽霊やと思ったのは、その女だけちゃうねん。店におった客もや、ねん」

 何人居たか数えていない。

 5人は居たか。

 

 薫は勢い良く戸を開けた。

 ガラッと大きな音。


「普通、反応するやろ。振り向くとか。振り向かんでもびくっとするやん」

 そういうのが

 全く無かった。

 並んだ背中は真っ直ぐ。動きなし。


「静かやねん。……酒の臭いがするだけ。話し声も動きも無い。静止してるやんか」

「それは、……たしかに、不気味な集団だけど。(幽霊じゃ無いだろ)」

「あれは狢や。人間ちゃうで。振り向いたら、のっぺらぼう、やったかも」

 幽霊が妖怪に変わった。


「それで? 逃げてきたの?」

「うん。走って家帰って……1人でおったら思い出して怖なって」

 中型オートバイで1時間かけて

 聖に会いに来た。

 いつもなら夜食を買ってくるのに

 今夜は手ぶら。

 本当に、怖くて、勢いでやってきたのだろう。


「怖かってん。ほら、まだ震えてるねん」

 大げさに身体をぶるぶるさせる。


「それは寒かったからだろ。……おでん、食べる? レトルトのだけど」

「うん。焼酎おかわり、も」


 身体が温まりアルコールが入っても

 薫は<幽霊>が頭から離れない。


「女のストールは最初黒に見えた。だが、店の前で紫と確認した。

 杖は黄色や。トレッキングポール、やったな。

 店内に従業員の姿は見なかった。

 あ、客の1人の手が、目に入ったんや。

 ひゅらひゅらと、気持ち悪い動きで……なんと、紫の手、やった。

 やっぱ、妖怪決定やな」


「それって手袋してただけじゃん。紫の手袋」

「それはない。妖怪や。人間は手袋したまま酒のめへんで」

 薫の視線は聖の左手に。

 軍手を嵌めた手には、さっき火を付けたタバコ。


「人間はな、手袋した手でタバコも吸えへんねん。

そんな事するのは妖怪やねんで」

 薫は笑って言う。


「妖怪でも人に悪さをしない、いい妖怪かも。

 だってさ、カオルは何も被害を受けてない」

「なんでや、怖かったやんか」

「それはカオルが勝手に怖がったんだ。彼女は親切な人だっただけかも

 路地に入ってきたから、満席でもう入れない飲み屋へ向かっていると勘違いした」


「ただの、お節介な女、やったんか」

「店の客が静かだったのは……例えばさ、不幸事の集まりだったとか」

「集まり……そうか、貸し切りにしてたんか」

 一見客など滅多に来ない店。

 それでも誰かが貸しきりとしらずに入って来るかも。

 念の為、女は路地で番をしていた。


「俺が遭遇した怖い出来事も、セイの推理ですっきり説明が付く」

「幽霊でも妖怪でも無かったんじゃないの?」

 もう、怖くないだろ?


「そうやな。おかげでぐっすり、ここで、眠れそうやで」

 スッキリした顔。

「ほっとしたら腹減ってきた」

 と、食べ物も要求する。

 (おでん、1人で食べちゃったくせに)


「仕方ないなあ。山田社長から貰った冷凍牛タンでも、焼くか。

 ちょっと惜しいけど」

「牛タン、ほんまに? 俺大好物やで」

 大きな声を出すから

 寝ていたシロが目覚めた。


 牛タンはシロも大好き。


「美味い。最高や。セイ、これは焼酎よりビールやで」

「はいはい」

 日付が替わる頃には

 すっかり、いつもの酒盛りになっていた。


「俺、なんで、怖かったんやろ」

「そだね。幽霊に会ったなんて刑事らしくないかも」

 

 聖は薫が真に怯えていたのが不思議だった。

 <幽霊>は冗談半分かも知れないが

 紫のストールの女と

 <みちよ>の客たちが怖かったのは

 嘘でも作り話でも無さそうだ。


 明け方まで2人で飲み、

 結月薫は3時間ソファで寝て

 10時には工房を出た。

 聖は、午後まで寝た。

 急ぎの仕事も無い。

 夕方にはシロと森を巡回。


早い夕食を取りながら

何となくテレビのニュースを見た。


(奈良市内の飲食店で2人が死亡しているのを発見)

 と、言っている。


(現場は血の海)

(遺体の一部が切り取られている)

 

 残酷。

 県内の事件かと

 何となく画面から目を離せない。

 

すると、

 現場からの報道に

 赤い提灯を見た。


(現場は、この奧の居酒屋です)

 レポ-ターが指す先に


 <みちよ>と読める

 拙い字の入った

 赤い提灯が、ぶらさがっていた。









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