アリス、親密度をみる
ひとしきり走った後、俺は物置らしき部屋に身を潜めていた。
ここに隠れてから何時間が経ったのだろうか。
少し前までは外からは慌ただしく走る足音と、時折「アリス様!」と呼びかける声が聞こえたが今はだいぶ治まり静かだ。
諦めたか、それとも外にでも探しに行ったのだろう。
それにしても、ここは時計もなく窓もなく日も入らない暗い部屋のため時間がわからないし、このままずっといると精神に異常をきたしそう。なんならホコリも酷い。
だいぶ外も俺自身も落ち着いたし、そろそろ部屋から出るか。外の空気も吸いたいし。
のそっと立ち上がり綺麗なドレスについたホコリを払う。
それから部屋から出ると目の前には大きな窓とベランダらしき所があった。
走ってた時はとにかく隠れたくて仕方なかったから気づかなかったけど、外の空気を吸うにはちょうど良さそうな場所だ。
俺が広いベランダに出ると、金髪の男が外の景色を眺めていた。
髪を赤い紐リボンで1つに束ねていて立ち姿からは絵本から出てきたような王子って感じがする。もの寂しげな背中と赤く染った空が相まって1つの絵を見てるみたい。
あいつの名前は確かノア。
なんだ。先約がいたのか。
俺は邪魔するのも悪いと思って引き返そうとすると、恒例の壊れかけのラジオからの機械音の声が響いた。
《選択してください》
その言葉と共に全ての時が止まったかのようにいろんなものが動かなくなった。
飛んでる鳥はその場に留まり風で靡いていたノアの髪や服は元に戻ることなく接着剤で止められたように固まっている。
な、なんなんだ? 選択する時は時間が止まる設定か? 乙女ゲームで時止めマジックってAVかよ……
驚きと呆れがまざりながら俺は空中に表示された選択肢を見てみると「選択肢を見る」と「親密度を見る」というものだった。
「親密度? なんだこれ? 今までこんなんあったか?」
《……》
俺が機械音に聞くも相変わらず返事はない。
あー! そーかよ! 説明を求むなら選択しろってか!
「親密度をみる!!」
苛立ちを吐き出すように大声で選択すると空中の文字が切り替わった。
アラン・ネイサン
愛情 : 7
友情 : 0
不信感 : 1
ノア・ネイサン
愛情 : 5
友情 : 0
不信感 : 0
テオ・ネイサン
愛情 : 5
友情 : 0
不信感 : 0
ルイス・ネイサン
愛情 : 5
友情 : 0
不信感 : 0
まるでRPGのステータスでも表示されてるような画面に切り替わり俺は更にハテナが大量に頭に浮かんだ。
もし、目視ができるとしたら10個くらいはハテナが浮かんでいることだろう。
とりま、友情0という3文字にさりげなく傷ついている自分がいる。
「なにこれ? 俺のメンタル破壊画面?」
訳がわからなすぎて思わず声を漏らすと珍しく機械音が反応してくれた。
《説明しましょう。こちらはアリス様が出会った人の中でも重要な登場人物の親密度でございます》
「ジュウヨウナトウジョウジンブツ? シンミツド?」
流石赤点の頭と言ったところだろう。
まっったく理解が出来ない。なんならハテナの量が増えた。20個くらい。
《簡単に言うとこの親密度のメーターはアリス様に抱いている感情が数字になって表されてるということです》
「んー……てことは、俺の解釈通りこいつらは俺と友達になる気がないと?」
《そういうことでございます》
「うん。えぐ」
俺の繊細なガラスのハートにヒビが入った所で機械音が話しを続けた。
《補足しますと、メーターのMAXは10でございます。愛情が10になったら告白され、友情が10になったら親友となり恋愛対象から除外されます。そして、不信感が10になったら信頼を失い破滅となります》
「うん。待て。情報量過多でパンクしそう」
俺は手のひらを前に出して少し待てという意思表示を見せた。その間機械音は黙り、俺は1人で情報量をまとめようと頭をフル回転させた。
普段は全く動かない頭が今日は珍しく働いてくれてる。そのおかげで迅速に考えがまとまりつつあった。
えーと。つまり、愛情を10にしちゃうと乙女ゲーム特有の結婚ENDに繋がりかねないから俺からしたら危険。
それで、友情を10にしたらこの世界でも仲良い友達ができるかもしれないからこれはこれで友達が少ない俺からしたら最高。
最後の不信感は10にしたら破滅って事はBADENDてことよな? 今は信頼されてる王子達からの信頼を失うってことは最悪死ぬんじゃね? え? こわ。
まぁ、でも今のメーターを見る限りだとみんな愛情に偏ってて不信感はなさそう……て、
「なぁ、メーターのMAXって10だよな?」
《はい。MAX10です》
「アリスと王子達って出会ったのって1ヶ月前だよな? きっと」
《はい。先月の4月に出会いました》
「そうかそうか」
聞きたいことを聞き終え俺は顎に手を当てまた黙々と考え始めた。
いや、もう考えなくても言いたいことは決まってるがすぐに口に出すことが出来ないでいた。
なんでかって? そりゃあ、現実を見るのが怖いから。
俺は大きく深く深呼吸すると覚悟を決めたように前を見すえて口を開いた。
「ーーなんでこいつらもう愛情メーターが半分いってんだよ!!??」
皆様はお気づきだろうか。
王子たちの愛情メーターが5というのとに。なんなら1番突っかかってたアランがまさかの7て。
1度言い出したら止まらなくなった俺は次々と思った言葉を吐き出していく。
「なに!? 俺がなる前のアリスどんだけ愛嬌と気配りの大安売りしてたんだよ!? それか、裸体でも晒したのか!? なんで初対面のくせにこんな好印象なんだよ!? 顔か!? 顔なのか!?」
なんでこんなに熱くなってんのか自分でもわからない。たぶん羨ましかったんだろう。顔面のいい俺の外身が。
あーも。なにやってんだろ。たかが乙女ゲームに熱くなって。かっこ悪。
俺は髪をわしゃわしゃして舌打ちを鳴らした。
「なんでもねぇ。早く選択肢だせよ。さっさとこんなゲーム終わらせてやる」
《選択してください》
機械音の声とともに選択肢が2つ浮かび上がる。こんな感情的な俺に対しても何事も無かったかのようにゲームを進めようとする機械音に尊敬すら覚えてくる。機械だから感情なんて無いと言ってしまえばそれまでだが。
んで……今回の選択肢は 「躓いて抱きつく」、「声をかける」……かぁ。
……
アリスの好感度が異常に高いのがわかった気がする。
だってさ、こういうのって黙って立ち去るとかあってもいいのに自ら野郎とイチャコラしないといけない選択肢しかない。
こんな可愛い子から積極的にアピールされたらそりゃ、好きになっちゃうやろがい!! 俺だったら1ヶ月で愛情MAXだわ!
俺が空中を睨みつけると、珍しく機械音が必要事項以外の事を話し始めた。
《何もしないという選択肢を用意したら前のアリス様も貴方もそれを選ぶと思いましたので、そういう類のものは排除させて頂きました》
「排除すんなよ!?」
すげぇ……今のコンピュータ(?)は有能だな。人によって選択肢変えるとか。なかなか味わえねぇゲームだよ。ちなみにこれは嫌味だ。
とりあえず、それは今はいいとして選択肢なににしよ。
《それではメーターを見てからの選択は初めてですのでチュートリアルを致しましょう》
「今更チュートリアル!?」
普通そういうのってもっと前にやるだろ。
俺が愕然としていると「躓いて抱きつく」という文字がチカチカと点滅している。
……これはまさか……
チュートリアル特有の強制選択ではないですか!
俺は首を必死に横に振り何度も「声をかける」と言い放つがブッブーという音が鳴るくらいで先に進みそうにない。
《「躓いて抱きつく」を選択しました》
何十分か格闘した末に痺れを切らした機械音が勝手に選択しやがった。
「勝手に選択すんな!?」
俺の言葉が言い終わったくらいに強い風が吹き、時がまた動き出した。
躓いて抱きつくなんて絶対にやだ! てか、そんな都合よく躓けないだろ。
もういいや。声掛けよ。
俺はゆっくり歩きノアの方へ向かう。
人見知りのため一言目をなんて言おうか悩みながら。
初めは「こんにちは」っしょ。それか、「やあ」でもアメリカンあっていいかもしんね。とにかく友達のメーターをあげるようなことをすればいいんだ。
なんて考えながら歩いてたのがダメだったみたいだ。
足の疲れからか何も無いところで躓きノアに向かって身体が投げ出された。
は、え……?
「あ、危ねぇ!!」
俺の声にノアは気づき間一髪のところで俺の身体を支えてくれた。
し、死ぬかと思った……身体がヒュッてなったわ……一歩間違えたら顔面から突っ込んでたなこれ。
乱れた呼吸を整えてからお礼を言おうと顔を上げるがノアの顔が想像より近くにあり息を呑んだ。とにかくお礼だけでも言おうと口を開くが餌待ちの鯉のようにパクパクさせるだけで音が出てこない。その代わりに心臓の音が大きくなってくる。
それはもう、ノアに聞こえてしまうんじゃないかってくらいに。
だからなんでこうも純情なんだよ……くそぉ……
《イベントクリアです。ノア・ネイサンとの親密度。愛情が1上がりました》
俺が狼狽している中、機械音が満足気に言ってきたため、いつか絶対にぶっ壊してやろうと思いました。
アラン・ネイサン
愛情 : 7
友情 : 0
不信感 : 1
ノア・ネイサン
愛情 : 6
友情 : 0
不信感 : 0
テオ・ネイサン
愛情 : 5
友情 : 0
不信感 : 0
ルイス・ネイサン
愛情 : 5
友情 : 0
不信感 : 0