アリス、ルート選択する(2)
部屋の中をザッと見渡したが、物置とかではなくちゃんとした誰かさんの部屋であることがわかった。まぁ、ここまではバカな俺でしっかりと予想出来ている。なんなら、この部屋がきっと攻略対象の4人のうちの誰かというのも乙女ゲーマー歴1年弱くらいの俺はわかっていた。
問題は誰の部屋かって事だよな。
まだ誰かが入ってくる様子はなく、俺は勝手に机のところにある椅子に腰をかけ足を組んだ。
目の前には都合よく鏡があり、そこには金髪の美少女が映ってる。
しかも、俺が大好きなボブ髪で童顔な美少女。
も、もしかして、これが俺? 嘘だろ?
口を開いたり、ウインクしてみせたりするが当然ながら鏡の中の少女も真似をした。
人形のような端正な顔。陶器のような白い肌。そして、男性なら大好きなお山2つ。多分下の方の男の象徴はないと思うが確かめる勇気はかった。
見た目も性別も何もかもが違うが確かに鏡の中の少年は俺だった。
う、嘘だろ……
俺がこんな美少女になるなんて……嬉しいような、なんか違うような……
なんとも言えない感情に苦い顔をしていると自然と控えめに主張しているお山2つの方に視線がいった。
ちょ、ちょっとくらいいいよな……? 自分の体だし……
俺は指をワキワキさせながらお山に触れてみる。ちょうどいい柔らかさと見た目よりもボリューミーな大きさに思わず手のひら全体で揉んでいた。
なにこれ~。幸せかよ~。こんな幸せな夢ならもう覚めなくていいや~。
「はぁ~」
ニヤニヤしながら揉んでいると椅子の後ろに体重を掛けすぎてドスンと背中から落ちた。
「いちち……危うく夢から覚めるところだったぜ……て、え?」
俺はおもむろに自分の頬を引っ張ったり、叩いたり、殴ったりしてみた。
い、痛い……なんなら口が切れて鉄の味が口内に広がってる……
「なんで!? これ、夢じゃねぇの!?」
鏡の中の自分に見とれていて現実を見るのを忘れていたようだ。頬がめちゃくちゃ痛い。それはもう、顎砕けたんじゃないかってくらい。それに、さっき透明な壁を殴った時の拳もまだ微かに痛い。
あれ……夢の中って痛み感じんだっけ? 感じないんだっけ? 感じるんだよな? な?
思わぬ展開に現実逃避をするかのように思考を自分の都合のいい方へと考え始めている。
お、落ち着け……と、取り敢えず、この乙女ゲームの内容を基礎くらい復習しねぇと。もしも……絶対ありえないけど、もしもこれが夢じゃなかったら復習しねぇと大変だし。ま、まぁ、どうせ復習したところで目覚めるんだろうけどな! あっはっはっは……はは……
俺は気が狂いそうになりながら近くにある紙とペンを取り、わかることを書き出した。
たしか、この乙女ゲームはほとんどありきたりな展開だったような気がする。
この家はネイサン家で、Eden Kingdomの王族なんだよな。あの4人は兄弟。そいで、主人公と結婚した人がこの国の次期王となれるんだっけ。
それに妹の話を聞いたところだと悪役令嬢的なもんも出てきたりするらしいし、なんなら暗殺者とかも出るだとか。乙女ゲームなのに物騒な世の中よなぁ。まぁ、すぐに仲良しこよしになるらしいけど。
そいで、俺が知ってる限りの登場人物は……
長男がクールぶってるイタい男黒髪のアラン。
これが妹の好きなキャラで俺も前半だけ1年弱かけて軽くやった事があるやつ。
次男が歩くマイナスイオン金髪のノア。
なんだろ。1回ゲームの中で会った時は学年の男に1人はいそうなタイプだなぁとは思った。
三男が勤勉で真面目くん緑髪のテオ。
常に敬語で大変じゃねぇのかなぁって思う。俺の苦手なタイプかも。
末弟が愛嬌満点でゆるキャラピンク髪のルイス。
さっき話した奴だよな。とりま、現実で友達になったら楽しそう。
……って、ほとんど俺の感想になってるし! 名前の書き方もめちゃくちゃダサい二つ名になってる! もっと上手くまとめられることが出来ませんでしたかねぇ? アリスさん!
ま、それはおいといて、全ての主要人物と恋愛イベントがあるけど、主に初めに選んだ奴との恋愛イベントが多いってな。
なんで野郎全員とイチャコラしねぇといけねぇんだよ。意味わかんね。
主人公が選ぶ期間は1年間。
1年後に行われる主人公の生誕祭で婚約者を決めれるんだっけ。そうなるとこの主人公の誕生日は確か4月のいつだかだった気がするから現実世界の今は5月で……時系列がリンクしてると考えたら俺があの中から婚約者を選ぶのはだいたい1年後って事になるのか。
じゃあ、今はまだ序盤の方だから恋愛イベントたっぷり出来るねっ!
……
……もうやだ。逃げたい。今すぐ逃げ出したい。だけど、機械音の奴が逃がしてくれねぇし。こんな貧弱な女体じゃ本来の20%の力も出せねぇ。
俺なりに復習を終え、お先真っ暗な未来に絶望し机に突っ伏した。きっと今の俺は打ち上げられて1週間放置された魚の目をしてるんだろうな。
なんで俺がこんな目に合わなきゃならねぇんだよぉ……こんな真面目で健気な少年にこんな卑劣な試練を与えるなんて神様酷い!(暴力行為、授業無断欠席、未成年喫煙、飲酒経験済)。
俺が自分の運命を呪っていると、誰かがこちらに向かってくる足音がしてきた。
やべっ! 誰か来た!
俺は紙を握りしめ、すぐに椅子から降りて机の下に身を隠す。こういう時は小柄な方がとても便利で助かる。
ゆっくり扉が開き誰かが入ってくる。
誰が入ってきたか気になったが足くらいしか見えず顔までは見えない。
下手するとこいつが俺の未来の旦那さんに……い、嫌だ! 絶対に嫌だ!
でも誰が入ってきたか気になる……いやいや! でも見つかったら……
「おい。何やってるんだ? 人の部屋でコソコソと」
しっかり隠れていたつもりだったが、呆気なくバレてしまい驚きすぎて一瞬息が止まった。
人間は本気で驚くと声が出なくなるらしい。また1つ知識が増えました。
しゃがみ込んで机の下を覗くように俺を見たそいつはクールぶってるイタい男黒髪のアランだった。
まじまじと見ると男の俺でもイケメンだって思えるような整った容姿を持っている。動物に例えるなら狼だな。
「なんでわかったんだよ……」
口元を引き攣らせながら聞くとアランは顎に手を当てて考える仕草をした。
「んー、野生の勘」
「なんだよそれ」
見た目に合わず頓珍漢な答えに思わず苦笑し、見つかってしまったものはしょうがないと渋々机の下から出て、アランの目の前に立つ。
アランも立ち上がると改めて身長差を感じさせられた。見下ろされてる気分で不快。
転生する前の俺と同じくらい……もしくはそれ以上、か。
値踏みをするようにジロジロ見ると、アランは特に気にもしない様子でベッドの上に腰をかけ、長い足を組んだ。
「んで、何の用だ? こんな明るいうちから堂々と。夜這いか?」
「ち、ちげぇし!」
鼻で笑うようにアランは言い、俺の顔に熱が集まるのがわかった。
別に俺がチェリーボーイとかそんなんじゃねぇけど、なんか恥ずかしい! とりま、殴らせろ!
アランはこっちに来いとでも言いたげに手招きしたが俺は反抗して椅子の上に座った。
俺が従わなかったのが面白くないのか明らかに不機嫌そうな表情をしている。
「今日のお前、ほんとおかしいな。いつもはもっとお淑やかなのによ。勝手にどこか行くわ、言葉遣いは荒いわ。“俺”なんて使うわ」
嫌味っぽく言うが大人の俺は気にしない。
むしろ、俺の評価がもっと下がって嫌われればいいと思ってる。
これで「お前には幻滅した。もう婚約の話は取り消しだ」とか言ってくれたら最高に嬉しい。
「んだよ? こんな俺が嫌いならそれでも別に構わねぇぜ?」
婚約の話を取り消してくれるような言葉をもらえるように煽りながら言うと、アランが立ち上がり俺の方へと寄ってきた。
おお? やるか?
背が高い分威圧があるアランに身構えると腕を掴まれ引っ張られた。
そのため、軽い身体は椅子から強制的に降ろされ、アランの腕の中へと閉じ込められた。
「ちょっ!? 」
反射的に離れようと押すが体格が違いすぎるアランはビクともしない。
「嫌いだなんて言ってねぇだろ。俺はこの方が面白いから好きだ」
耳元で囁かれない力が更に抜ける。
それから、そっと距離を取り今度はアランの顔が近づいてくる。
アランの真剣な眼差しに魅入ってしまい目が離せない。
顔整い過ぎだろ……
唇がそっと触れそうになった瞬間、俺ははっと我に返り頭突きをお見舞いした。
ガツッという鈍い音がして額に激痛が走る。
「「っ~!」」
俺自身も自爆してしまい、2人して額を抑えながら声にならない唸りを上げたがすぐに部屋を飛び出して出ていった。
廊下を突っ走ったが透明な壁は無く、普通に他の場所にも移動できるようになっていた。
取り敢えずのところはイベントクリアってか。まぁ、俺にかかればこんなもんよ。恋愛に発展しないでこのゲーム終わらせてみせるぜ。
なんて、平常心を保とうとそんな事を考えていたが、心臓がさっきからうるさすぎて鬱陶しい。
ったく、童貞でもないくせになんでキスだけでこんなドキドキしてんだよ! しかもしてねぇし! 未遂だし!
《アラン・ネイサンとの親密度。愛情が2上がりました》
こうして、またひたすら走ることになるのであった(アリス、ルート選択する(1)の初めに戻る)。