今日から君も皇帝竜!
謎の声から渡された本のタイトルを見て……一瞬固まる。
“今日から君も皇帝竜 さあ、始めよう! やさしい入門書”
……小学生のドリルですか?
このセンスは、誰のものなのだろう。
まさか、ここに来る事を予見してジークが作ったとかですかねぇ。そんなマメな事が出来る性格じゃないよね。
では、誰だと……うーん。
皇帝竜は、この世界に四匹しかいないとか言ってた気がする。
ジークより後に生まれた竜のために、その内の誰かが作った。
と、いう事にしておこう。
皇帝竜達は、こんな物まで作っちゃうくらい新しい竜に期待していたんだね。そう考えると、この本に込められた思いが感じられる。
温かいなぁ……ちょっとだけ切なくなった。
取り敢えず読んでみるか……。
ふぅっ
っと、一息ついてから、本の表紙を捲ってみた。
……かわいいドラゴンの挿絵と目次。
タイトルの感じからして、あるとは思ったけど微妙に可愛い。
よく描けていて、文句の付けようがないですね。
ペラペラとページを捲って、本に書かれている内容に目を通していった。
目的の、変態魔法を使用した際に服が着脱出来る魔法は、簡単に見つかった。当然、服が破けちゃっている女の子のイラスト付きだ。
流石である。
うむ! 読者のツボを心得てますね!
この魔法は、皇帝竜だけしか使えないと書かれていた。
それ以外の竜種では発動出来ない、特殊な魔法。
ドラゴニア人では使えないってことか。
まぁ、日常を見てたら分かりきった話だけど。
この魔法が使えてたら、ファファさん達が、変身する度に着替えなんてしてないもんな。
えーと……でっ、自分は?
皇帝竜に属するものなのだろうか、お父さんはおそらく人間だよね。
お母さんはエルフのはず……もっと違う何かの可能性も……?
そうあっても、自分は、ドラゴンに変身できるから、今は竜種に足は突っ込んでいるのは間違いない。
この魔法が使えるかどうかの分かれ道。
ここから出たら、まず試してみるだね。
使えなかったら、またジークに相談しよう。
着脱の魔法のページを読み進め、術が書かれた箇所を指でなぞりながら覚えていく。難しい術では無いので、覚える事については時間が掛からなかった。
イメージで魔法が使えちゃうから、詠唱は必要ないけど、魔法をたまにかけ忘れちゃう事もあるから、念のため省略した呼称を付けておく。
略して、“着脱魔法”。
これ……他人に使えるんじゃ?
とか、邪な事が一瞬脳裏に過った。
まっ、まぁ……試してみる価値はあるよね!
ぐふふ。
変な気分になったが、入門くらいささっと終わらせたいので、読み進めていった。
「ドラゴンなら出来て当たり前!」と、強く書かれている箇所に目が止まる。
基本中の基本、ドラゴンブレスだ。
四元素の火水土風に、聖と闇、あと毒に呪い、魅了のブレスが使えると書かれている。
視線を進めて、一瞬ドキッっとした。
即死のブレス……。
これはヤバいやつだ。
そう思ったけど、よくよく考えれば……即死だろうが何だろうが、ドラゴンにブレス吐かれたら終わりじゃね?
と、気付いたら怖くも何ともなくなった。
建物が壊さないで倒せるなら、むしろ経済に優しい! 屋根裏に潜んでいたのを倒したら、人知れず腐乱して困りそうだけど……。
いろんな種類のブレスがあったけど、適正の有無があるみたいだ。
自分の適性なんて知らないので、全部覚えておく事にした。
そもそも、竜化したのは一回だけなんで、試すのはまだ先かな……。
入門書だけあって、空の飛び方に、脚や尻尾を使って攻撃するテクニックが書かれている。
全く未知の話なので、興味深かった。
「あら、随分熱心なのね。感心、感心」
本に夢中で、人の気配に気付かなかった。
直ぐそこに、あの天井から聞こえた声の主がいる。
恐る恐る、顔を上げて眺め見た。
濃い藍色の髪に、透明感のある青い眼が視線に飛び込む。色白のきめ細かい肌が眩しい……。
目の前に現れた二十代くらいの女性は、口をニッとさせて笑顔を向けてきた。
「はじめましてかな? その本面白いでしょ。自信作なんだよねぇ」
ふぁ?
この本の作者様でしたか……。
「はっ、はじめまして。リリスと申します。この本はとても分かりやすくて勉強になりました」
「そうなのー。良かったわぁ。いきなり、あいつが頼んできたものだから、急いで作ったのよ。お役に立てよかったですわ」
最初に聞いた怒った声と、恐らく同一人物だよね?
今は、とても穏やかに話をしてくれている。
とっ、取り敢えず、一難は去ったかな?
「うふふ、まだ、いっぱいあるのよー。初級と中級、上級、それと極級かな。極級は、この世界が壊れちゃうから、見せられないかもしれないわね」
顎に人差し指を当てて、嬉しそうに語っている。
次の本も既に書かれていたとは……入門編は、読みやすいし、分かりやすい良い本だったし、続きが気になるなぁ。
「続きが気になるのね。良いわよー。ゆっくり読んでいくと良いわぁ。ふふふ」
なっ、また心が読まれてる!
この人も出来るのか?
「ふふ、貴方は気付いてないのね。そんな明け透けな魔力ですもの、出来て然りですわ。ほーんと、面白い子ね」
観察するように、自分を見てくる女の人。
ジークの真核に潜った自分の意識のはずなんだけど……なんだか寒気を感じます……。
「えっと、目的は果たしたので、そろそろ帰ろうかと……」
「あらっ! まだダメよぉ。お願い聞いてもらえて無いものぉ」
いきなり彼女は甘えた声を出し、のしかかる様に椅子の肘掛けに両手を突き、ズイッっと顔を近づけてきた。
「ふふ、お願い聞いてくれるまで、流れないわよぉ」
彼女の吐息が顔に掛かる。うっすらと紅潮した顔が艶かしくて、直視できない。
やばい、これ……。
この後、何かされちゃう感じ?
まだ、そういうの早いと思うんだ。
ほら、この身体、まだ成長中の女の子だし!
男の自分だったら、喜んで食らいつたかも知れないけど、もうそうじゃないから!
「あら? おかしいわね? 貴女、雄の姿の方がお好みだったかしら? そんな記録、どこにもなかった気がしますわ。うーん……」
首を傾げて、悩み出した。
もしかして、今なら!
咄嗟に、彼女の腕の脇からすり抜け、椅子から飛び出た。
身体が柔らかくて良かった!
実体じゃないはずなのに……。
「あら、もうダメよぉ。逃げようとしちゃ。消しちゃいますわよ?」
疑問系ー!
彼女の制止の声で、ピタッと動きを止めた。
簡単に消すとか言うなし!
「ふぅ、なんじゃ? 遅いから来てみたら、知の者がおるではないか。リリス、帰りはあっちじゃ」
目の前に、巨乳の美人がぬっと現れ、自分の頬を撫でていく。
「ジーク? ごめん、助かったよ」
「気にするでない、あやつは我が話をしておく。先に出て待っておるのじゃ」
「あら、全なる者。私、あの子と約束しましたのよ? お願いを聞いてもらうって。邪魔する気ですの? 独り占めは、許せませんわ!」
ちょ、まー!
また、あの女の人が怒っちゃったよ!
「心配するでない、我の知る者じゃ。こうして面と向かうのは久しいがな」
「そうよー! いつも念で無茶振りばっかり言ってきて! 今日という日は、許さないわ! たっぷりお礼してもらわなくちゃ!」
あっ、何か矛先変わった?
二人が会話を始めたので、こっそり忍足で来た方へと歩を進めた。
こちらに気を向ける様子も無く、無事に出口に到着し、一瞬で意識が戻る。
ずっとジークの腕の中に居たみたいで、柔らかい胸に包まれていた。
あー、疲れた!
そのまま、しばらくジークの胸に顔を寄せる。
本当に何だったんだ……あの女の人は……。
また新しい問題が起きた気が……。
その事に思いを寄せると、疲れがドッ押し寄せてくる。
しばし思考を切って、再び、ジークの柔肌に身を委ねるた。
いつもお読み頂き有難うございます!
出来る限り更新頻度を上げていきますので、今後とも応援よろしくお願いします。
もし気に入って頂けましたら、ブクマや評価、感想など頂けましたら幸いです。




