ジークフリード
二章はここで完結になります。
ふむ、魔力が随分小さくなっておるな。
このままでは、リリスは死ぬであろう。
このまま逝かせてやっても良いが……。
(こんな事で死にたくない……)
友の願いに手を貸してやろうかのう。
ゆっくりと身体を起こし、グググっと翼を広げる。
むぅ、少し急ぐか……。
命の灯火が消えてしまう前に……。
――大広間の中央。
黒い炎が轟々と燃え盛っている。
炎の中に見える小さな人影は、既に動きはなく蹲っていた。
「リリス! 気をしっかり持って! 誰か、誰かポーションを!」
「大司教はまだ到着せぬのですか!」
「あぁ、なんて事なの。豊穣神オヌンよ、かの者をお救いください」
リリスと親交を深めた者達が、火を消そうと試み水や氷魔法を唱えている。治癒魔法に長けた者達は、炎の勢いが強すぎて近寄るが出来ず狼狽えていた。
炎は、少女を救おうとする者達を嘲笑うように、更に勢いを増し始める。
豪奢に飾ったドレスは燃え尽き、炙られた肌は黒く変色していた。美しく艶のある髪は、縮れて焼け落ち見る影もない。
「リリス様、お一人では行かせません。私もお供いたします」
ひとりのメイドが涙を流しながら、リリスの側に歩いていく。
「ニナ! いけません! その者を止めなさい!」
メルティナは、ニナが何をしようとしているのか理解し、騎士達に命じて取り押さえさせた。
「このままリリス様を一人にはさせられません。お務めを果たさせてくださいまし」
騎士に抑えられたニナは、涙を零し苦悶の表情で王妃に懇願した。
王妃はその言葉に耳を貸さず、首を縦には振らない。
今にも燃え尽きしてしまいそうなリリスだった黒い塊。王妃は、哀しげな瞳でジッと見つめていた。
もう、彼女を助けられない。
そんな諦めの気持ちが辺りに漂う。
あの黒い炎は一体何だというのか……。
離れたところでは、シュバルツ達騎士団と拘束されたボーマン達が言い争っていた。
「あの黒い騎士は、テレッチアの者だろう! お前達の目的はリリスを殺すためだったのか!」
「ちっ、違うのだ! 確かにあの黒騎士は我が国の者だ。しかし、リリーナ様を陥れる事は命令されていない! 我々は、ヴォートニクス様より傷一つ付けずにリリーナ様を保護しろとの命でここに来ているのだ。黒騎士が潜伏しているのであれば、慎重に事を運んでいた……」
「であれば、あの黒い炎は何だ! お前達はあれを止める方法を知っているのだろう!」
「我らもあの炎を見たのは二度しかない。リリーナ様の洗礼式でも同じ事が起き、彼女に重傷を負わせたのだ。あの時は、自然と炎が消えたが、今回のは、それより勢いが強い。止める手段を我らは知らぬのだ」
ボーマン達は、未だ衰えない黒い炎を忌々しく見ている。
何故、あの時の炎がここでも起きたのか。
黒騎士が何故、リリーナを狙ったのか。
この場にいる誰もが知る由もなかった。
カン、カカーン、カン、カカーン
王都全体に魔獣襲来の鐘の音が鳴り響く。
「こんな一大事の時に!」
王も王妃も、会場にいる誰もがそう思った。
次の瞬間、
ガッシャーン! ドド、ドドド、ドンッ!
王城の壁が天井から崩れ落ち、巨大な竜の首が現れた。
「なっ、何だ! あの竜は!」
「何で、何で……もういやぁぁぁ」
「嘘だろ、あれはお伽話だけの話じゃ……」
突如現れた竜に、人々は恐れ慄く。
王と騎士だけが、劔を抜き表情を硬くした。
――彼等の様子に意に介さず、ジークはリリスに視線を落とす。
(ふむ、まだ命の灯火は消えておらぬな)
一瞬目を瞑り、目を見開くと雫が零れ落ちた。
大きな雫が黒い炎を打ち消し、黒焦げになったリリスらしき人の姿が現れる。
「炎が消えた!」
「リリス様!」
「あぁ、なんて姿に……」
最早、生前の姿は無い。
崩れ落ち泣く者、駆け寄ろうとする者、視線を背け俯く者……。
そこには希望がなかった。
ジークは、変わらず呑気にリリスを観察している。
(むむ、あれが悪さしておるのか。何とも拙い術式じゃ。しかし、これは厄介面倒であるのう。人族は、いつの世も愚かでどうしようもないな)
フッっと口で息を吹きかけ。
パンッ!
リリスのお腹にある黒い球体が粉砕された。
(しばし眠るがよい)
炭化し今にも朽ち果てそうなリリスにそう言葉を告げると、ジークはギリッっと口を噛み、血を一滴垂らす。
一雫しか無かったジークの血が、リリスを包むように舞い始めた。
赤黒い血の帯が、徐々に丸みを形作る。
「そこにいるのはこの国の王じゃな? リリスは我がしばし預かる。傷が癒えた頃に連絡させよう。それまで、国を生き長らえさせるのじゃぞ」
(ふむ、人族と話したのは久方ぶりであるな。あやつが理解出来たのか心配じゃのう)
「白銀の竜よ、我の名はフィン レ アンドリュー ダンブルドア。この国、クセルレイの王だ。御身の名を教えてはくれまいか」
(ほう、人の王にしては立派であるな)
関心したように、王にギョロッと視線を向けるジーク。
「我が名はジーク……フリードじゃ。リリスは、我が認めし友である。この名はリリスがくれたのじゃ。いい名であろう」
「そっ、そうであるか。良い名だと我も思う。委細承知した、リリスを頼む」
(ふぬ、頼まれるまでもない)
赤黒いリリスが包まれた卵を、爪先で掴み舌に巻く。
(さてここには用はない。どこが良いかのう)
急な展開に誰もが呆気にとられ、ただただ呆然としている。
王も、王妃も、ニナも、今日起きた全てを把握しきれないでいた。
だが、彼等はひとつだけ確信する。
「リリスはまだ生きている」
月明かりに照らされた夜空の中、巨大な白銀の竜が飛び去る姿を黙って見送った。
ここまでお読み頂き有難うございます。
突っ走って、転けて、また振り出しに?
まだまだリリスの冒険は終わらないです!
今後とも応援よろしくお願いします。
ここまで読んで面白い、続きが気になる!
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