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工房探し2

 チチチチチ、チチチチ


 秋の柔らかくて暖かい陽の光を全身に受けながら、鳥の囀りに耳を傾ける。


 あぁ、ここ良いかも……。


(そうであろう、そうであろう。其の方の住処にするが良い)


 ここら辺で空き家があるなら、そうしたいねぇ。


 そう思いながら、ぐるりと辺りを見回した。


 噴水広場を囲うように背の高い建物やお屋敷が建っている。其の中でも気になってしまうのは最初に見た教会だ。


 見た感じ長いこと誰も住んでいないくらい草が生い茂っていて、木々の手入れもされていない。塀の上から枝葉が延びっぱなしだ。


 チラリとメイドさんに様子を伺い、視線を教会に向ける。


「あちらは、十五年前までクセルレイ大教会と言われておりました。手狭になったことから、現在は、平民区画より移転し貴族区画にございます」


 メイドさんの説明を聞いて、何となく教会の偉い人が金と権力に目が眩んだ印象を受けた。おそらく碌でもない事になっている……異世界転生あるあるだ。


 ふふふ、俺には分かる。


 ここの空気が清らかな理由も、教会があった場所だからと思えば納得だ。「神社とかお寺の空気もこんな感じだったなぁ」と、思い出す。


「少し中を見学してもいい?」

「ご覧のように手入れもされず荒れ果てておりますので、教会の中までは行けません。お控えください」


 ふむ……顎に指先を当ててちょっと考える……。


「風よ!」


 指先でクルクルと風を纏わせて、シュッと教会の門へ指先を向ける。


 学校に通ったおかげで、魔力を極限まで小さく抑えられるようになった成果がこんな所で活きるとは。


 スパッスパッと雑草が根本から刈り取られ、教会の扉が目視出来るようになったのだ。加減してなかったら、間違いなく教会を破壊していた気がする。


「これで行けますね」


 笑顔をメイドさんに向けると、「はぁっ……」と溜息をつかれ、呆れた顔を見せた。今日は振り回しちゃってるから、メイドさんも表情を隠さなくなってますね。こんな顔を見せるのは初めてかもしれない。


「ご無理はなさらないようにお願いします」


 メイドさんの了解を得て、刈り取った雑草を風の魔法で巻き上げ清掃しながら教会の扉へ向かう。


 老朽化して放置されていたせいで、教会の扉は右側の扉が外れていて、左の扉に持たれるように倒れていた。


 入り口を崩壊させるぐらい放置してるし、中に入るのは躊躇する必要ないですね。身体強化で崩れた扉を持ち上げて、外に立てかけて教会内部へ足を踏み入れた。


 元は大教会だった事もあり天井が高く、通路に立ち並ぶ白い柱の随所に装飾が施されている。神秘的な雰囲気の教会の内部は、噴水広場よりさらに清らかな空気に満ちていて、神々しさすら感じた。


 なんか……もの凄い“ありがたいところ”に来ちゃったかも……。


 まぁ、長年放置されていたみたいだから、歩く先から埃が舞うんですけどね。天窓から差す光でキラキラと輝く埃を掻き分け、祭壇だったと思われる場所の奥へと足を運ぶ。


 外観の印象より奥行きがあって、要所に別の部屋に行けそうな扉があった。


 さすが大教会。ここは探検しがいがありそうですね。


「住める場所だったらここが良いなぁ」そんな事を考えながら歩を進めていると、突然、祭壇付近から自分達に向かって怒鳴り声が聞こえた。


「ここに何をしに来た! 用がないなら帰れ!」


 男の子の声か? 成人男性よりちょっと高い声に聞こえたので、間違いないと思う。陽の光でよく見えないけど、教壇の横に少年がいる気がする。


「それ以上近づくと容赦しないぞ! 今すぐ立ち去れ!」


 少年の威嚇する声が礼拝堂に響き渡る。


「私達は悪い人ではありませんよ。ちょっと見学しに来ただけです」

「嘘だ! 俺は騙されないぞ! お前達はそう言って俺達を騙して、奴隷商に売り飛ばすんだろ!」


 いやいや、そんな面倒な事しないし……やっぱりこの世界もあるんだなぁ……中世ヨーロッパっぽい文化レベルだし、人攫いはデフォルト何ですかねぇ。テンプレ的展開では、さもありなんといった感じですけど……。


 敵意丸出しの少年の警戒をどう解いたら良いものか。


「どうすれば信用してもらえるかな?」

「どうもこうもない! そのまま帰れ!」


 おぉぅ、交渉の余地なしかぁ。これは困った。お菓子とかご飯あげたら手のひらくるりとかしてくれると助かるんだけどなぁ。


 実際に直面すると、上手く最適な行動に移せないもんですね。前世の記憶もあって、見ず知らずの子供を物で釣る行為に戸惑ってしまう。間違いなく逮捕もしくは事情聴取案件ですし……。


 しばし少年の声を交わし、立ち止まってあれこれ打開策を思案。


 すると、側に置かれている長椅子から「ギュル、ギュルルルル」っと、お腹がなるような音を耳にする。


 ん? まだ他に人がいる? 


 すかざすサーチ魔法を展開すると、自分のほんの先に六つの青い点が映った。


 音が聞こえた方向に二つ。少年の後ろには、小さな青い点が二つ点っている。もう一つは、この教会の奥か。一番遠い青い点は、今にも消えてしまいそうな瀕死を伝える薄い青だった。


「この奥に重症な人がいるの?」

「ここには俺しかいない! 早く帰れ!」


 んー、このままだと(らち)が明かない……薄い青の点はこうしている間に更に色が薄くなっていっている。


「私、回復魔法が使えます! ポーションも持っているから、治療してあげたいの!」

「嘘つくな! そう言って油断させるんだろ! 俺は知ってるんだ!」


 うーん、多分この子はここにいる人を守るために必死なんだよねぇ……。気持ちは分からなくないけど、知ってしまった以上、死にそうな人を見捨てるのも後が良くないからなぁ。


 とりあえず、敵意を向ける少年は黙らせよう。


「スリープ!」


 少年よ……君は勇敢だったよ。ここはおじさんに任せろ! 心の中で少年に言葉を投げかけ、今にも潰えてしまいそうな人のいる奥の部屋へと駆け出した。


 元は誰が使っていたかわからないけど、奥の部屋は貴族の屋敷を思わせる内装だ。青い点は、更に奥の扉の向こうを指している。


 部屋の間取りから推測するに、寝室だった場所に寝かされているのかもしれない。


 扉に急ぎ足で駆け寄り部屋の中を覗くと、天蓋の壊れたベッドに横たわる人影が見えた。


 さっきの少年みたいに警戒されると面倒なので、そろりとベッドに横たわる人影の様子を伺う。


「ツッ!」


 横たわる人を目にした瞬間、自分は迷う事なくエクストラパワーヒールを唱えた。


 大量の血を吐き赤黒く染まった布団。そこには、生気を感じられない五歳にも満たない小さな女の子が横たわっている。大量の血を吐き出したのだろう、少女の顔の側に血溜まりが出来ていた。


 回復魔法をかけ生命反応はある。だけど、口元に近づいても呼吸がなかった。ふんわり少女を包みこむようにヒールをかけ、問題のある箇所を探っていく。


 ふむ、喉に異物があるな。おそらく、さっき吐き出し損ねた血の塊だろう。


 直ぐに少女の口の中に溜まった血を吸い出すように、ゆっくりと優しく人工呼吸を行なった。


 三回目の口付けでジュルッと、口の中に少女の喉を堰き止めていた血の塊が入ってくる。


 ゲッホッ! ゲッホッ!


 と、咳き込む少女。


 意識が戻った! 


 一命を取り留めた事に安堵し、再び、エクストラヒールを唱える。ストレージを弄りコップを取り出す水魔法で満たす。少女に寄り添うように寝転び、背中をさすりながら、水を口に含む。


 少しずつ、少しずつ……口伝いで水与えていく。


 徐々に少女の呼吸が整い始め、ヒュー、ヒューと少女のか細い呼吸が耳に入ってきた。


 サーチ魔法で彼女の容態を確認すると、薄かった色味がはっきりとした青を示している。


 もう大丈夫だね。


 血溜まりでベトベトになっている少女を、クリーン魔法で浄化し離れようとすると、服が引っ張られる。


 自分の服を握りしめる少女の手。


 無碍にする事も出来ないと思い、そのまま寄り添う事にした。


 子供が出来るとこんな感じなのかなぁっと、少女の顔を見ながらぼんやり思う。


 ととと、自分の子供が欲しい訳じゃないし! いや、子供は可愛いからいつかは……でもなぁ……。


 流石に男のナニを受け入れるには……心が激しく抵抗している。


 ないない。うん、ない。


 ぼんやりとした意識を消し去り、少女の頭をゆっくり撫でた。


「おねえさん、ミミちゃんげんきになった?」


 しばらく少女に寄り添っていると、いつの間にか小さい子がベッドに集まり様子を伺っていた。皆、少女を心配そうな顔をして覗いている。


「もう心配いらないよ。お姉ちゃんが治したから」

「ほんとう! おねえちゃん、ありがとう!」


 子供達が花を開いたように笑顔を見せる。


 あぁ……子供ってどうしてこんなに愛らしいのか……。


 ふつふつと湧き出るこの気持ちに、今は抗うのを止めて受け入れた。

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