すれ違った親子
一章の閑話です。二章にも関わるかもしれません。
日暮れの薄暗い執務室で、男は虹色の魔石を指で持ち眺めていた。
「リュミエール、あの子は其方と同じ魔力の色をしていたぞ……」
そう呟く男の顔は悲痛に満ちていた。
魔石を名残惜しそうにそっと机に置かれた箱に戻し、自分を律するように厳しい表情へと変える。
コンコン
「旦那様、カインより定時の報告が到着しました。こちらです」
開きっぱなしのドアをノックする初老の男……我が家に代々仕える執事のバランだ。戦闘も事務、社交にも明るく我が家で唯一信用に足りる人物。
彼から木箱を受け取り、中に納められた羊皮紙を広げる。
レインウォール キンペン コンセキナシ
ウワサノ クセルレイヘ イドウ ソウサク カイシ
暗殺と諜報に秀でたカインからの報告に目新しい情報は一切なかった。金に糸目を付けず捜索を依頼してからおよそ半年。
未だ何の痕跡も手掛かりも見つけられていない。
報告を読んだ男は頭を抱えた。
なぜ見つからない……。
十五歳であれば街に出たり、狩猟にもお供付きで行くこともあり、領内をある程度把握出来る。隠れ場所を作ろうと思えば不可能では無い。
だが、あの子はまだ八歳だったはずだ。屋敷から出る事も無かった子供が、なぜ見つけられないのか……。
屋敷から脱走したと聞き一目散で戦地から戻り、屋敷にいる人間を総動員し娘を探すように命じた。当然、自身でも子供が寄りそうな場所から、奴隷商の屋敷まで思いつく限り探し周ったのだ。
破壊された窓から逃げたとされる雑木林の中も、もしかして屋敷に戻ってきているかもしれないと、全ての物をひっくり返して探したが見つける事は出来なかった。
今では、隣の領地に留まらず他国まで捜索範囲を広げている。
どんな形でも良い、この命尽きる前に娘に会いたい。そう男は願っていた。
今度は、しっかりと彼女を抱き上げねばいけない。
男の決意は固かった。
――娘が五歳を迎え、初めて顔を合わせた洗礼式当日。
我が最愛の妻リュミエールとの間に授かりし娘リリーナ。貴族の古い慣わしのせいで、産まれたその日だけしかリリーナに合わせてもらえず、洗礼式は自分にも特別な日だった。
リリーナが誕生して三年後。妻は三千五百歳でこの世を去った。
母を失った娘だったが、乳母ヘレンと正妻のレーナの助けもあり、リミュエールの生き写しと思わせるほど見目麗しく育ってくれた。
教会までの道中、馬車でリリーナと向かい合ったわけだが、あまりの可愛さに心奪われ言葉を失ってしまったほどだ。
洗礼式で彼女をエスコート出来た興奮は、三年経った今でもはっきりと思い出せる。
その後に起きた魔力の炎で命を失いかけた事も……忘れる事が出来ない。
国中の治癒術師を王の助けを借り集め、リリーナが全身に負った火傷のほとんどを治せた。だが、彼女の内包する魔力は際限がなく、無意識に溢れ身を焦がし火傷を完全に治す事が出来なかった。
彼女を完全に治すには、彼女自身の器の成長と治癒魔法に長けた者を見つける必要があり、どちらも直ぐには叶わない。
魔力暴走がこれ以上起きないよう、結界魔法が使える側使えを手配。ジャコビッチ伯爵の五女ビアンカと、マルセシ子爵の三女リーシィを、乳母ヘレンに変わって世話をさせるように命じる。ヘレンは任が解かれたことで、我が家に止まらず、実家のホストン伯爵家へ戻ってしまった。
結界魔法の行使と同時に、リリーナの溢れ出る魔力を発散させるため、魔石に魔力を封入させる任務も二人に与えた。
この人選が大きな過ちになる。
リリーナの封入する魔力は、リミュエール譲りの稀少な神属性であったが故に、生成された魔石は白金貨十枚の価値になる。
ビアンカとリーシィはその価値に気付き、我が隣国との戦争に出立した翌日から、リリーナを窓の無い部屋に隔離。粗末な食事と、適当な世話をしながら己の欲を満たすために魔石を作らせ続け、利益を懐に収めていたのだ。
あの時、一言でもリリーナと言葉を交わし、ヘレンの監視の元で世話を任せていれば、こんな事にはならなかったかもしれない。リリーナが行方不明になった際、伯爵家に戻ったヘレンは我が子のように婦人会の人脈を使い捜査に積極的に協力してくれたのが唯一の救いだった。
何故、こうも間が悪いのか……。
リリーナが失踪した後、隣国クセルレイ帝国では、火傷や古傷どころか、失った手足まで再生させ、呪いまで解除できる優れた治癒術師が現れたそうだ。
彼女の境遇に気付き救っていれば、クセルレイの治癒術師の力を頼る事で時を待たずに完治が出来たやもしれぬ。
なんとしても、探さねば……男は、バランを呼び捜索隊の増員を命じた。
――そんな日から二日後。
「旦那様!」
午後のひと時を満喫中に、メイドが慌てた様子で駆けこんで来た。
「何用か、申せ」
「はい、只今、バグワーズの森よりハインツェル様がお越しになりました。リリーナ様の容態を確認したいと申しております」
「なっ! 森の民……しかも王族自らお越しになっただと! 直ぐに応接の間に通すのだ。くれぐれもリリーナの件は悟られるなよ」
「はっ、はい、旦那様」
何故このタイミングで……森の民には情報が洩れぬように口の堅い者しか捜索させていないはずなのに。どこから情報が漏れたのだ。
リリーナが失踪した件が知れたら、我の命も危ない。
焦りで額から汗が噴き出る。顎に手を置き、部屋の中をうろつきながら思案した。
「何かいい手はないものか……」
「ふむ、やはりここにはおらぬようだな。ヴォートニクスよ」
はっと聞き覚えのある声に気付き振り返る。
執務室の扉に背を持たれかけ、鋭い目を自分に向けるエルフがいた。
「今日は君を責めに来たのではないから安心しろ。ここ数ヵ月、巨大な魔力の渦が発生しているのは知っているな?」
尊大な態度で話しかけてくるエルフに言葉を無くす。目の前にいる男は、森の民の王子ハインツェルその人だ。
「はい、仰る通りでございます。特に、クセルレイと我が国の間、絶望の大森林近辺に多く見られると聞いております」
「ふむ、リリーナ捜索の賜物であろう。今日は其方に力を貸してやろうと来たのだ。リミュエール叔母様の忘れ形見。未だ見つけられぬのでは、我らとしても困るのでな」
ハインツェル王子は、自分を一瞥して語り始める。その眼には、この世を去ったリミュエールへの尊敬と憧れが混じる複雑な思いを感じさせた。
「絶望の大森林で発生した巨大魔力は、其の方の手元にある叔母様と同等かそれ以上。我等と同じ神属性である可能性が高い」
森の民は、許された極少数の者しか森の出入りが許されず、滅多にお目にかかれない。リュミエールの後継から、王太子とその側近のみ見聞を広げるためこうして会う事が出来るのだ。
神属性……となれば、該当者は森の民の王族関係者しか存在しない……。
「気付いたかな? そう、あの近づくことすら恐れられる場所に居る。ただ、ここ最近はあの地域よりクセルレイ帝国内で感じるから、囲われているかもしれないね」
「ハインツェル様、お力添え痛み入ります。直ぐに、クセルレイ一帯に密偵を放ち、我が娘を探してみせます」
娘はまだ生きている。
その知らせだけで、生きる希望が湧いてきた。
「グレイ! 全ての間者をクセルレイに潜入させ、リリーナの情報を集めよと伝えるのだ! いそげ!」
愚かな父を許してくれ……今度こそ、リミュエールの忘れ形見を目の届く場所で大切に育てるからな……。
「我等が力を貸すのはここまでだからね。見つけられたら森に招待するから、楽しみにしてるよ」
そう言葉を残し、ハインツェル王子は去っていった。
これにて第一章が完結いたしました。
続けて、第二章が始まります。
リリスちゃん、異世界の常識を学びます。
乞うご期待!
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