カッとなってやった。反省はしていない。後悔は少ししている。
とりあえず惣菜パンとパックの飲み物を買ってきた。
家に帰ってから晩ごはんを食べるつもりなので、パンは一つに小さい紙パックの飲み物だ。
コンビニから出ると先輩たちの元へと向かう。
このまま帰ってやろうかとも思ったが、ここまで来ておいて何もしないのも釈然としないので、話くらいは聞こうと思う。
「で、用件はなんですか」
レジ袋からパンを出して、包装を開けながらたずねる。
マナー的にも礼儀的にもなっていない行為ではあるが、そもそもこの人たちに好意を持っていないのでどうでもいい。
「お前の連れの滝川のことだよ」
俺をここまで連れてきた先輩が答えるが、先程の勢いは鳴りを潜めていた。
とはいえ、まあ、予想通りの内容である。
口の中に入れたパンを咀嚼し、飲み込んでから答える。
「あいつの考えを俺はどうこうするつもりがありません」
俺の発言に何か反論しようとする気配を感じたが、俺は『れな』先輩に目を向けながら口を開く。
「あいつが何の考えも無く、先輩を傷つけるために言葉を発したとでも言うつもりですか?」
俺の発言に、先輩の開きかけた口から言葉が出るのは止まったようだ。
その代わりか俺のことを睨んでくる。
まあ、だから何だという話だ。
「先輩方は高校に入ってからの数ヶ月しか知らないと思いますが、あいつはそれ以前にも人生を歩んでいます」
手に持っているパンを齧り、パックの飲み物を開けて口に含む。
それらを飲み下して口を開く。
「あいつに何があったのか言う気はありませんが、そういった話で慎重に考えるようになる経験をしている、とだけ言っておきます」
言い終えてパンに齧りつく。
しっかりと咀嚼して、口の中のものを飲み込んでから口を開く。
「そういった事情を考慮せずに、あいつのことを悪く思うのは止めてもらっていいですか」
あいつだって別に傷ついていないわけではないと思う。
直接言われたことはないが、あいつと接していれば何となくわかる。
とはいえ、『れな』先輩があいつのことを悪く思っていないことは百も承知である。
でも、あんたがそんな状態だから周りの人間があいつのことを悪く思っているんだよ。
完全にとばっちりじゃねぇか。
しっかりしてくれよ。
俺にはあんたの気持ちはわからないよ。
経験がないからな。
だが、あんたの気持ちを汲んでやる程の付き合いは俺達には無いんだよ。
あんたの友達があんたを心配しているように、俺はあいつの味方をするだけだ。
そもそもあんたの気持ちの問題を俺は解決する立場にないんだよ。
「お前だって麗奈のことを何も知らないだろうがっ!」
俺をここまで連れてきた先輩が吠える。
ああ、知らないね。
でもそれがどうしたよ。
俺があいつのことを悪く思われて怒っていないとでも?
「もういいよ、亜希」
俺たちが一歩も引かずに睨み合っていると、静かに『れな』先輩が『あき』先輩――俺をここまで連れてきた先輩――を止める。
「でもっ」
それでも『あき』先輩は言い募ろうとするが、『れな』先輩は首を横に振ることで言い止めた。
「全部あいつの言うとおりだよ。勝手に告白して、勝手にフラれて、勝手に傷ついて、友達に心配かけて、何の関係もない後輩に迷惑をかけてる」
先輩の独白を聞きながらパンに食らいつく。
正直、先輩の独白には胸に来るものがあったが空腹には耐え難かった。
「もういいんだよ。ちゃんと折り合いをつけるから。これからも迷惑をかけるかもしれないけど。ちゃんと自分で気持ちに整理をつけるから」
先輩の声は震えている。髪でよく見えないが、アスファルトに染みを作っているところを見るに、涙も流しているようだ。
「迷惑なんて言うなよ」
「そうだよ」
『あき』先輩ともう一人の先輩も、もらい泣きしている。
はっきり言って非常にいたたまれない。
さっきからコンビニの利用客がこちらをチラチラ見てくるし、コンビニの店員もこちらの様子を伺っている。
地元じゃなくてよかった……。
でも、端から見たら俺って悪者じゃね?
おかしいな、俺が呼び出しを食らったんだけどな……。
そんな感じで居心地悪く佇んでいると、先輩方も落ち着いてきたようだ。
パンもジュースも飲み終わってしまっている。
「今日はわざわざ悪かったな」
軽くしゃくりを上げながら、『れな』先輩が言う。
「いえ……」
泣いている女の人を前にすると自分が悪いことをしたように思えるよね。
俺は何も悪くはないと思うんだけど……。
だいぶ落ち着いたとはいえ、まだしばらくは動けないようだ。
「じゃあ、俺は帰りますんで……」
こんなアウェーな場所はさっさと退散しよう。
そうしよう。
「ああ……」
……。
はぁ……。
「あー、俺が言うのもなんですが……」
ここで一旦、言葉を切る。
「先輩は泣き顔があまり似合ってないですね」
突然なんだという顔で三人が見てくる。
俺もそう思う。
「早く元気出してください。先輩は澄ました顔をしている方が似合っていると思いますよ」
いや本当に。
教室に呼び出されたときの雰囲気は様になっていた。
そして言ってから似合わないことをしてしまったと思う。
顔が引きつるのがわかるし、体が熱くなってきた。
何も知らないくせに勝手なこと言うなと自分の口で言ったばかりだというのにね!
「じゃ、じゃあこれで失礼します」
逃げるようにそそくさと歩き出す。
相手が先輩でよかった。
先輩たちが同級生だったら、とんだ生き恥をかきつつ学校生活を送ることになっていたよ!
「……ありがとう」
こちらこそ、ありがとう!
額に浮かぶ脂汗を手の甲で拭いながら歩いていると、そんな言葉が聞こえてきた。
後でキモいとか思われたらどうしよう。
死にたくなってきた。
・主人公の妹
今話で初出の名前がなかったために登場。
兄である主人公が、何ヶ月かに一度しか声を聞けないレアな存在。
姿は頻繁に目撃されている。
兄と違って小柄なAカップ。