それは本当の勇気じゃない
あれから一週間が経った。
転校生の人気は留まるところを知らない。
最初の3日は本当に凄かった。
同じ学年の他クラスをはじめ、学年の垣根を越えた見物人が集まっていた。
さすがに5日も経つと鳴りを潜めだしたが、どこかの馬鹿な勇者が告白を強行したことにより、この騒ぎである。
転校生も心なしかうんざりしているように見える。
「凄い人気だなぁ」
俺たちは窓際に集まって、その様子を眺めている。
今は昼休みもそろそろ終わりそうな時間であるが、昼飯を食うために教室を出たときと人数の圧が変わらない。
おかげで自分の席に戻れない奴が多数だ。
「俺も告白しようかな……」
そんなとき、俺たちの集まりの中から声が聞こえた。
俺は声の聞こえた方に顔を向ける。
そいつは何かを覚悟したかのような顔をしていた。
仲間をみすみす死なせるわけにはいかない。
俺はそいつに声をかける。
「まあ、落ち着けよ。今の時期に告白しても「貴女の顔以外に興味ありません」って宣言するようなものだぞ」
「うっ……」
自覚はあったのか、そいつの勢いは削がれる。
「お前は転校生の顔が良い以外に何を知っているんだ?」
呼吸を挟み。
「声も良いくらいじゃないか?」
「ぐっ……」
一週間やそこらで人間の何がわかるというのか。
特に会話もしたことがなく、遠くから眺めていただけじゃないか。
「そんな相手から告白されて嬉しいと思うか?」
「うぅっ……、でも言ってみないとわからないじゃないか……」
たしかに一理ある。
「では、言い方を変えよう。金持ちに「あなたの持っているお金にしか興味ありません」って言っているようなものだぞ」
「くっ……、俺は最低な人間だ……っ」
お気づきになられましたか。
このときイケメン幼馴染が「なるほど……」呟いていた。
何か閃きを得たのだろうか?
が、今はこの匹夫の勇をどうにかしなければ。
「そう落ち込むなよ。まずは仲良くなることから始めよう」
どうすればいいと思うか、他の仲間にも聞いてみる。
「まずは挨拶から始めてみたらどうだ?」
「それはいいな」
「ちゃんと名前を呼んで挨拶をするんだぞ?」
「え、出来るかな……」
「いや、告白するよりも勇気はいらないだろ……」
こいつ、玉砕覚悟だったか……。
なんて悲壮な覚悟だ……。
勇気の出し所を間違えていやがる。
そんなときだった。
「あの、ちょっといいかしら」
その転校生が声をかけてきた。
ギョッとする俺たち。
サッと目で会話をする。
『まずい、聞かれていたか?』
『本人に聞かれるとか地獄だろ……』
『ていうか、内容が内容だけに気まずすぎる』
俺たちの心は一つだった。
そんな気がする。
「あなたとあなたに用があるのだけれど」
俺とイケメン幼馴染が指差された。
人を指で指すな。
「ちょっと時間いいかしら」
可愛らしく首をかしげ、これまた可愛らしい笑顔を浮かべている。
有無を言わせぬ、この笑顔。
こいつ、目が笑っていやがらねぇ……っ。
断らないよな、という圧を感じる。
現に俺たち以外の連中はこの笑みに陥落している。
だが、俺をこんな有象無象と一緒にしないで貰おうか。
俺に無条件で承諾させたくば、イケメン幼馴染の美人ママを連れてくることだな!
「いや、もうすぐ昼休み終わるけど」
俺から奨学金を剥奪させはしないぞ。
無利子のやつだ。
「……」
転校生が固まる。
断られないと思っていたのか、はたまたもうすぐ昼休みが終わるのを忘れていたのか。
「そうね、じゃあ放課後ならどうかしら」
素早く再起動する転校生。
「すまん、今日はバイトがあるから無理」
しかし、俺はノーと言える男。
「……」
また固まる転校生。
甘いな。
俺に無条件で承諾させたくば、イケメン幼馴染の――。
・作中溢れ話
匹夫の勇とは。
深く考えず、ただ血気にはやるだけの勇気。思慮も分別も無い、腕力に頼るだけのつまらない勇気。
作中の用法があっているのかは、わからない。