『幽霊と恋愛と』
俺の恋人は、過去の人。もう帰らぬ人――。
抱きしめるコトも唇を重ねるコトも、手と手を触れあうコトさえ叶わない。
でも――。
この人しか、もういない。この人じゃなきゃ、もう嫌だ。
――、
俺は見えない敵との戦いの中、言葉だけで勇猛と立ち上がる。書き上げる資料――。これをテレビ局に送って報道してもらえば、俺の勝ちが近付く。2日間、徹夜で30枚の資料を書き上げる。
それは突然起こった。
フッと緊張の糸が途切れた様に、俺はデスクから倒れこむ。
(もう、立ち上がれないかもしれない)
(もう負けてしまった?)
(これで、もう充分……)
『だめっ』
スッと右手が上がった。
何もない場所から――。
何も見えない視界から――。
でも俺はそれが何かすぐ分かった。
「ダメだよな!」
ピョンッと跳ね起きる様に立ち上がる。
「まだ、勝ってないもんな――」
再びデスクに向かい、資料を書き始めた。
翌日――、
俺は東京へ向かった。パソコンと資料を持ち、スーツ姿で――。
とあるテレビ局へ向かったのだが、当然の如く門前払いされた。しかし、もう一つの資料を郵送している。あれが届けば、テレビ局の連中も、目の色を変えるだろう。
俺は東京で、ひと遊びするか、とホテルの予約を取った。部屋に着くと、軽装に着替え、カラオケに足を運んだ。カラオケボックスで、ドリンクを注文、ストローは二つ、つけてもらった。
「一緒にいること、ずっと知ってたよ」
「……」
もう声は聞こえない。でも――、俺の中の第六感が、彼女を感じ取っていた。ドリンクを二人で飲む。一つのグラスにストローは二本、彼女のは俺のとは向こう側にも並んでいた。コツンとおでこを重ねたような気がした。それは、気のせいではなく、店の監視カメラには薄い青色のかたち、人のかたちが映っていた。
(そろそろ歌うか)
選曲し、マイクを持つ。イントロが流れ出す。
「――見つめー合う時―、ドキドキする言葉をー」
霊体の彼女には大きい音が痛かったと、後で聞いたが、彼女は俺の曲を聴き、同じ気持ちになるコトで痛みを和らげることができた様だった。
「好きになりたいとー、好きになればいいとー、好きになれないあなたには――!」
唇が不意に閉じた。
『大好きだよ、×××』
「! ……(俺もだよ、×××)」
声が聞こえた気がした。その声に答えてみた。それは二人だけの空間だった。二人だけの時間だった。戦いの行方も、その先の人生も、忘れられた気がした。
でも、それにも終わりは来るようで……。俺はカラオケ店を出て、ホテルに向かった。明日は、すぐに帰ろう。
明日から、また新しい戦いが始まるだろう。
戦い続けよう。二人で――。