第2話 はじまり
一限目終わりの休み時間。超絶美少女転校生こと柏木 綾音の周りには沢山の女子で溢れかえっていた。
女子特有のキャッキャッ、ウフフな一見仲睦まじい光景。だが実際は一方的な質問攻めの嵐だ。拷問にしか見えませんね。はい。
僕達男子はというと…女子達の巨大な壁に完全に阻まれていた。
俺らも綾音ちゃんと話させろよ!と一人の男子が言うと、今私達が話してるでしょ!と一人の女子が言う。また、俺と付き合ってよ!と一人の男子が言うと、仕方ないわね…と一人の女子が言う。え、今どさくさに紛れてカップル誕生したじゃん。
あれこれしてる間に二限目を告げるチャイムが鳴った。女子達は、また後でねー!と次の時間の約束をし、男子達は、今度こそ!と次の時間に向けて闘志を燃やし、それぞれの席にかえっていった。多分これ無限ループだよ男子諸君。
この一段落が終わると、自分が次の授業の準備をしていないことに気がついた。次の授業は確か…と机の中から教科書を取り出していると、高本くん…と僕を呼ぶ声がした。顔を上げると柏木さんがこちらを伺っていた。
「ん?どうかした?柏木さん。」
普通な感じで言ったけど危なかった。挨拶したときはあまり感じなかったけど、この距離だと破壊力が違う。可愛すぎて思考回路が止まってしまう。それを顔を背けることでなんとか回避した。
「その…先生から高本くんと同じ図書委員になるように言われたんだけど…ね、その…仕事内容とかよく分からなくて…だから教えて欲しいんだけど…」
すごく申し訳なさそうに聞いてきた。なんだかこれだけで柏木さんの人柄が分かった気がする。きっと外見だけじゃなく中身もいい人なんだ。別に断る理由も無いし、なんなら嬉しいまであるのでそのままの気持ちを伝えた。
「いいよ全然。いつでも聞いて。」
柏木さんはホッと胸を撫で下ろすと、ありがとう!と笑顔で応えた。そして顔の下らへんで小さくバイバイと手を振ると前に向きな直った。
え、ヤバくない?可愛すぎない?犯罪級の可愛さ。多分これ死者出るよ。笑顔を見せるだけで人を殺す最凶の殺人者になってしまうよ!あれ?でも笑顔でみんな死んでしまうならそれはそれで平和なんじゃ…などと訳のわからぬ妄想をしていると、英語科の先生がやって来た。次の授業は英語だ。
僕は英語の道具一式を出して、ノートを開いた。さぁ、計画を立てる時間だ。幸い、この席は"King of the seat(窓際の一番後ろの席)"のため大概の事はバレない。しかも今まで空席だった前の席に柏木さんが座ることによってより完璧へと近づいた。これでヒロイン候補・柏木 綾音の攻略プランに集中することができる。
僕は授業なんて聞かずにひたすらノートに攻略プランを書いていった。
***
「おバカさんだねー、りょーたっぴ。バレるに決まってんじゃん。」
楓はやれやれ、と僕の頭にできたたんこぶを撫でながら言った。
あれは授業開始3分の出来事だった。もの凄い集中力で柏木 綾音攻略プランを考えていると、頭上から声が聞こえた。恐る恐る顔を上げると鬼のような形相でこちら見る先生がいた。
状況が読み込めず楓を見ると、楓は顎でクイックイッとした。その方向には柏木さんがいて、授業は始まっているのに机には閉じられたままの真新しい教科書とノートが綺麗に整頓されていた。
あ、そうゆうことですか…。僕は苦笑いすることしか出来ずに先生の渾身の一発を頭に食らったのだったーーーーーーー。
「柏木さん来たばっかなんだから先生が来たりもするでしょ。」
「うぅ~、完っ全に忘れてた。」
柏木さんにとってはこの授業が学校での初の英語のため、先生がノートの取り方とか授業の進め方とかを教えに来たりする可能性は十分にあった。それを攻略プランのことで一杯で忘れてしまっていたのだ。
幸い、鉄拳を食らっただけでノートの中身までは確かめられなかったから、こちらとしてはラッキーだった。頭すんごい痛いけど。
やっちまったなーと机に突っ伏した。これじゃ柏木さんにあわせる顔が無い。そんな柏木さんは絶賛お取り込み中だ。女子に囲まれて例の拷問にあっている。言っただろ?ループするってよ、男子諸君。
はぁ、ついてねぇーな。朝から玲音奈と謎の一年生にゴミって言われるわ、超絶美少女転校生の前で恥をかくわ、災難オンパレードだ。そんな災難続きの疲れのせいか、急に眠たくなってきた。もういいや寝よう。そう決心すると、リミッターが外れたみたいに一瞬で眠りについた。
***
「りょーたっぴ起きてー。お昼ごはんだよー。」
暖かい日差し。机や椅子の騒がしい音。食欲をそそる食べ物の匂い。そして可愛いイケメンによるモーニングコール。
なんて気持ちのいい朝なんだ。うぅ、でももうちょっとだけ寝かせて…。あと3分でいいから…。うん?そういえばなんで僕の部屋に楓がいるんだ?ま、いっか。もうちょっとだけ…。
はっ、と目を覚ますといつの間にか昼休みになっていた。僕としたことが3、4限ずっと眠っていたようだ。それも机に突っ伏した状態で。
楓は大丈夫?と心配そうな顔で聞いてきた。
「もしかして具合悪い?お昼ごはんやめて保健室行く?」
「大丈夫…けど、やっぱり保健室行こうかな。」
「その方がいいと思うよー。」
楓は食べようとしていたサンドイッチを机の上に置くと、連れていってあげるー、と僕の手を掴んだ。待って!待って待って待って!手を繋いで保健室に行くの!?そんなことしたらもう友達には戻れなくなっちゃうー!!
これは本当に起こりそうなことなので、大丈夫だよ一人で行けるから、と楓から手を離した。楓は、りょーたっぴがそう言うなら…と少し残念そうにうつむいた。え、なんで残念そうにしているの?え、好き。大好き。
なんだか申し訳なくなってしまったので、あとで様子見に来てよ、と言ってみた。すると、さっきまでうつむいていた楓がなんということでしょう。一瞬にして元気を取り戻しました。これが匠によるビフォーアフターです。
楓にはまたあとでね、と伝えて一人で保健室へ行った。
熱はもちろん無かったが、普段滅多に保健室には行かないので、保健室の先生も心配してベッドを貸してくれた。
ベッドというのはやはり凄いもので、さっきまで寝ていた筈なのにすぐ眠くなってくる。そして三分も経たないうちに僕はまた深い眠りについた。
***
夢を見ていた。
夕暮れどき、住宅街の広い坂道でこちらを見下ろす女の子。
女の子の顔には黒い靄のようなものがかかっていて一体誰なのか分からない。けれど背丈的には小学生くらいで、長い髪とスカートを着ているところから女の子だってことはわかる。
住宅街は入り組んでいて坂がいくつもあるり、夕暮れどきだというのに僕たち以外に人を見あたらない。
坂の下にいる僕は坂の上にいる女の子に一歩近づいた。すると女の子は左の方へ走って逃げていってしまった。僕は急いで坂を上り、女の子が逃げた細い左手の道を進んだ。すると、先ほどまでいた坂道と同じような広い坂道に出た。坂の下にはあの女の子がいる。女の子は僕に気がつくと再び左手の方へ逃げていってしまった。
別に追いかけなくてもいいのかもしれない。女の子に追いついたとしても何もないのかもしれない。けれど僕は再び追いかけた。
何度も何度も追いかけては坂の上になったり下になったり、疲れて走れなくなっても足を止めることはせずに追いかけ続けた。けれど女の子との距離は同じまま。
それでも歯を食いしばり何度も何度も何度も何度も追いかけ続けた。
いつか追いつくことを信じて…。
***
目を覚ますと時計の針は四時を指していた。
もう部活の時間だ。我ながら凄い寝てたんだな。
今日は部活を休んで帰ろうかな、と起き上がろうとすると、自分の足元に人がいるのに気がついた。よくある、看病していてたらいつの間にか寝てしまっていた、って感じだろうか。
誰なのか気になるが、動くと起こしてしまいそうなので見ることが出来ない。誰?誰なんですか!貴方は!!
頑張って首だけ動かすと、女子の制服が見えた。誰?誰なんですか!貴方は!!
尚更気になって、ゆっくり、ゆっくり体を動かしていく。もうちょっと、もうちょっとで見えるぞ…ってこれもう変質者じゃねぇーか!
体をくねらせ、すべらせ、なんとかベッドから脱出した。
君は一体誰なんだ!と恐る恐る顔を近づけていくと…、ガバッとその子が起き上がってその拍子に彼女の頭と僕の顎がぶつかった。痛ってー。
「ごめんなさい!」
そう言って、慌てて駆け寄ってきたのはクラス1の美女・水上 時音だった。