神野京介編 歴史
犬殺しの一件以来。特に目立った事件は起きていない。
犯人からの要求も来ない。
今日は報道部の部長室に神野と長洲がいた。
神野は報道部が作成したアイドル新聞を読んでいた。
長洲はつまらないという感じを出している。
「あの犬殺しの記事はヒット数稼げたのだろ。だったらいいじゃないか」
「まあ。そうだけど。最近何も起こらなくてよ。アイドルの記事ばかりじゃつまらなくもなるぜ」
「平和でいいじゃないか。高田も元気に活動しているようだし」
読んでいた新聞を置いた。見出しはもちろん高田の一面だ。報道部はネットニュースが主だが。長洲の意向でこの年から新聞を作り始めた。
「中々面白い新聞だな。学校のことが何でもわかる」
「そうだろ。部内で最初は反発あったけど出してみれば結構売れてな。まあ売上は入ってこないが」
長洲はちょっと嬉しそうに話した。彼は新聞という物にこだわりがあった。
「放送委員会とはもう顔合わせ終わったのか?」
「いいや」
「なあ。3年前の事件を知っているか?」
長洲が言った。
「3年前?」
「ああ。退屈すぎてよ。思い出したんだ。俺が先輩から散々聞かされた話だけど。俺らが中学3年生だったころの3年前」
アイドルの恋愛は御法度。これはいつの時代も同じだ。
だが隙をついてそれを破る者もいる。
一人のボンボンの息子がいた。そいつの素行は悪くこの高い偏差値の学校に何故いるのか。もっぱら裏口入学だったと噂されていた。
「いるだろ今でも何でこの学校に入れたって奴」
「ああ。裏口入学は確かにありそうだな。低脳みたいな奴な。それでどうなった?」
何人かのアイドルがこのボンボンを含む何人かの男子生徒と関係を持ってしまった。
その男子グループはみんな大金持ちでアイドル科も卒業したら支援して貰えると軽率な考えの元こいつらと付き合っていた。
だが。このグループもアイドル達に飽きてきた。
「そうなると。こいつらはどうすると思う?」
「新しい遊び相手を探すって事かな」
「ああ。その通りだな」
このアイドルはボンボンの金に目がくらみ言いなりになったが。他のアイドルは無理だった。そこで思いついたのは理性のかけらもない方法。
催眠剤を使って強引にやるものだった。さらには校内で麻酔針を使い狙撃をして拉致するという大胆な行動にも出た。
「なんだそりゃあ。そんな事したらすぐにバレるだろ」
「おそらく金の力と親の力だ。やりたい放題だったろうな。だがもう少し続きがある」
そんな中。一人のアイドルが勇気を出して告発する。
犯人の手口から共犯のアイドル達。勇気を持って事実を伝えた。
だが。彼女の勇気は無駄になったも当然な結果になった。学校は何も動かず。報道部のニュースもすぐに消えていった。
「そして彼女は消えてしまったよ」
「き、消えた?」
「安心しろ死んだ訳じゃない。学校を辞めて。消息は不明。今どこで何やっているのかもわからないよ」
なんという話だ。そんな事が僕らの入学する前の年に起きたなんて。
「後味の悪い事件だな」
「ああ。掃き溜めみたいな事件だ。学校も生徒も腐ってやがる」
神野は少し考え。
「こんな事件が起きて欲しいのか?」
いたずらっぽく聞いた。
「おいおい。やめろよ。いくら退屈と言ってもここまでの事は起きなくていいよ。だけど、ちょっと羨ましいとは思う」
「羨ましい?」
「熱だよ。当時の事を想像したら。学校に熱があったと思う。この腐りきった学校でももがき苦しみ。戦い。どうにかしようと奔走した奴らは必ずいる。逆境こそ人を強くする」
なるほど。長洲の意見も一理ある。だが平穏が一番だ。
「神野。この話をすると俺は考えてしまうんだ。もし同じ状況に置かれていたら。果たして俺はこのアイドルの話を記事に出来ただろうか。真実を伝えるというジャーナリズム精神を出せただろうか」
「お前は圧力に負けないと思う」
長洲の真剣な話に対して神野の精一杯の言葉だった。こんなことはいざ直面しないと分からないが。長洲は報道に関してはプライドを持って働いている。こんな事に屈する男ではない。そんな事わかっていた。
「そうか。ありがとうな」
「そうだ。その金持ち息子はどうなった?」
「事件が起きたときは3年だから。入学した時にはもう卒業していたはず」
「そんな奴がいなくてよかったな」
「ああ。だけど今もあるだろ。金や見えない力がはびこっている」
この学校には色々な欲望が渦巻いているのは確かだ。