食い逃げ
「はぁ? 嘘だろ?」
港のすぐそばにあった定食屋。
注文したのはたった一杯のかけそば。
が、硬貨数百枚の値段がつくはずがない。
それなのに、店主はそういいはった。
通常でも、銅銭5枚くらいが相場だ。
なのに、言葉の通じない店主は身振り手振りでそう示した。
話していても、しょうがなくなった。
己の思う代金をたたきつけると、脱兎のごとく駆けだしたのだった。
セーマは走る。
雑多な雰囲気の港から、町の中へと。
港よりも更に発展されたかのような煉瓦の建物が並ぶ場所を駆け抜ける。
逃げ続けるセーマの背後で、店主が鉄鍋と器具を激しくたたきながら、怒鳴りながら追いすがる。
そして、今にいたる。
(こんなところでつかまってたまるかよ!!)
数日使っていなかっただろう身体はなまっていた。
たった少し全速力で走るだけで息が上がり始めたセーマであったが逃げ足が鈍ることはない。
鬼気迫った表情で通りを走り抜けるセーマを止めようとする通行人はしばらくいなかった。
が、突然、前からセーマを射抜くような視線を感じた。
か思うと、4人の屈強な男たちが彼の行く手を遮っていた。
どうやら、彼を捕まえようとしているらしい。
「邪魔だぁっ!! どけっ!!!」
そう叫んでも、大男達は避ける気配もない。
むしろ、セーマを止めようとするかのように両手を大きく広げて、逃げ道に立ち塞がっている。
(そっちがその気ならなぁ!!)
駆けながら、腰に携えたものに手をかける。
彼の相棒である、刀に。
長旅に身体はさび付いていても、長年鍛錬を続けた腕前は決して錆びない。
あろうはずがない。
歩数を数えながら、予測しながら柄に手をかける。
駆ける後ろ足が着地する直前に力を込める。
地面を蹴り出して、背中を前に倒す。
慣れ親しんだ力の流れ道。
抜刀一閃。
蹴り上げた後ろ足の勢いを身体で受け止める。
バネのようにしならせた腕が抜刀とともに振り抜かれ、逆袈裟に切り上げた刀には、確かな手応えがあった。
着地をしたセーマは背後を振り向くこともなく、再び駆ける。
まだまだ、追いかけてくる気配は続いている。