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北海道ファンタジー観光

本作は去年2月に、紀伊國屋書店笹塚店で行ったサイン会での、特典SSです。


1年経ちましたので、こちらのお話をアップさせて頂きます。


サイン会にご来場された方には大変申し訳ありませんが、どうぞご了承くださいませm(_ _)m

 日本の食を支える北の大地。北海道のある町に、農作業をする二人の姿があった。


 一人は空星晴輝。彼はこの地に産まれてより、北海道が育む生命に教わり、学び、成長していった、若き開拓者だ。

 もう一人は黒咲火蓮。今年になって北海道を学び始めた若き開拓者である。


 彼らは背負子に入った種芋を、クワで作った畝に丁寧に植えていく。

 種芋は予め発芽させ、半分に切られている。こうすることで地中での発芽率が上がり、また1つの種芋から得られるジャガイモが増えるのだ。


「……あー、火蓮。種芋は切り口を上にしないとダメだぞ」

「え?」

「ほら」


 キョトンとした火蓮に、晴輝は指をさした。

 今まさに火蓮が種芋を植えてきた畝から、ひょっこり種芋が顔を出して、腹立たしげに地団駄を踏んでいた。


「種芋は切り口を上にしないと、イモが嫌がるんだよ」

「えぇえ……。芽がある方が上じゃなかったんですね」

「もちろん。火蓮だってうつ伏せで寝ると苦しいでしょ? それと同じようにイモも、土の中で楽な姿勢があるんだよ」


 イモの切り口を下にすると、芽が上を向く。一見すると発芽率の良い方向のように思えるが、それではイモの断面が腐りやすいのだ。

 なので、断面を上に向ける。


 イモも断面が下に向くのが嫌なので、こうして畝から顔を出すのだ。

 さらに火蓮の植えた畝では、顔を出したイモの争いが始まった。


 互いにもみ合い、体当たりし合っている。


「あ、喧嘩が始まりました!」

「あれはイモの領土争いだね」

「領土争い……。イモに領土なんてあるんですか」


「もちろん。間隔が狭くなると根がぶつかるし、スペースが狭くなるから実が大きくなりにくくなるんだ。おまけに土から栄養の奪い合いも起る。きちんと離してあげないと、こうして喧嘩が始まっちゃうんだよ」

 気をつけてね、と晴輝は激励するが、火蓮はこれまで植えてきた畝で始まったイモ同士の激しい領土抗争に、目を白くするのだった。


          *


 北海道の地で育つ食べ物は、どの都府県のものよりも美味である。

 しかしその食べ物を育て上げるには、並々ならぬ努力が必要だった。


 時には大けがをし、時には命を落とす――農業。

 普段は見えない北海道の農家の難しさを、火蓮は早くも思い知らされたのであった。


          *


 種芋をすべて植え込んだ翌日、晴輝は火蓮を誘ってドライブに出た。

 ドライブとはいっても、当然デートなどではない。数日かけて種芋を植えた息抜きともう一つ。火蓮に北海道での生きる方を教えるためである。


 近年、本州から北海道に移住し就農する者達が増えた。だがそれに伴って、北海道で命を落とすものも増加してしまった。

 理由は単純。彼らは試される大地『北海道』の怖さを、学ばなかったからだ。


 それくらい大丈夫だろう。そんな考えが、若き開拓者の命を奪うのだ。

 本州に比べ、北海道は危険が多い。


 川の水にはエキノコックスが流れているし、山にはヒグマも潜んでいる。

 悪戯好きなシダ植物に足を掬われ崖から転落したり、食用キノコに擬態していた毒キノコをうっかり食し落命する者もいた。


 今後、火蓮が北海道の地で生き延びるために、晴輝は彼女に開拓者として生きるための経験を積ませなければいけない。


 北海道では多くの危険が隣り合わせだ。

 だからといって、人間の都合ですべての危険を除去してしまえば、生態系は崩れ、土地は痩せ、豊かな自然が失われてしまう。


 日本中に愛されている北海道の食物も、得られなくなってしまうだろう。

 そのため、開拓者は危険と寄り添い生きて行く他ない。


 これが道民にとって最も大切な教え――共生だった。



 晴輝が火蓮を連れてきたのは、北海道の東。釧路市にある阿寒湖だ。

 全域が国立公園であり、北海道を代表する観光地である。

 この湖には、ベニザケやヒメマスが生息している。


 また冬になると湖面が全凍結する。その上から穴を開けて釣り糸を垂らす、ワカサギ釣りなども有名である。

 今でこそ豊かな阿寒湖だが、その成り立ちはオプタテシケ山と雌阿寒岳(メアカンダケ)の夫婦喧嘩だった。


 地形を変えるほどの夫婦喧嘩(バトル)を繰り広げた結果、北海道で五番目に大きな淡水湖が生まれたというわけだ。

 夫婦喧嘩はまだ終了しておらず、雌阿寒岳は今なお頭から噴煙を上げている。


 ちなみに夫婦喧嘩の原因だが、プタテシケ山の浮気というのがアイヌでもっぱらの噂である。


「ほわぁ……すごい、綺麗ですね!」

「だね。湖の中央から眺める景色もすごく綺麗だよ」

「行ってみたいです!」

「うーん。残念だけど、遊覧船は少し前にベニザケやヒメマスに沈められたばっかりでね。まだしばらく再開の目処が立ってないんだ」


 ベニザケもヒメマスも、非常に美味だが生きの良い魚である。

 全軍に襲撃されては船とてひとたまりもない。

 近づく際には、細心の注意が必要である。


「へぇ……ベニザケやヒメマスに……ん、えっ? 沈め??」

「そう、沈められたの」


 火蓮が何度も首を傾げる。


(んー、もしかして火蓮はベニザケやヒメマスを知らないのかな。まあ、都会育ちなら見たことがなくても仕方ないか)


「それじゃあ火蓮。阿寒湖名物のマリモを見に行こうか」

「マリモ!」


 やっと知っている単語が出てきて嬉しかったのだろう。火蓮がぴょこんとひと跳ねした。


「マリモって、湖の中で育っていくんですよね? まるまるしていて可愛らしいですけど、どうやって綺麗に丸くなっていくんですか?」

「湖とはいっても、阿寒湖では風で波が起るんだ。その波に乗ってマリモがくるくる回転するんだよ。自分で動けないから、自然の力を利用しているんだ」

「すごく賢いんですね」

「うん。北海道で生きる生物は、みんな自然の力を熟知している。そうしなきゃ、生きていけないからね」


 北海道の陸上で最強の生物ヒグマだって、自然を侮ると容易に死亡するのだ。

 それほどまでに、自然の力は強大だ。


 だが力に逆らわず、共生を心がけさえすれば、大自然は力強い庇護者に変わる。

 人間も、人間以外の生物も、それは変わらない。


 阿寒湖にある『マリモ展示観察センター』を訪れた晴輝らは、さっそく展示されているマリモに近づいた。


「わぁぁ! かわいい!」

「あ、気をつけてね」


 マリモに手を伸ばそうとした火蓮を晴輝は慌てて手で押さえた。


「素手で触ろうとするとマリモに噛まれるよ」

「ふぇっ!?」

「マリモに触れる時は、厚手のグローブをはかないと酷い目に遭うんだ」

「こんなに可愛いのに、牙があるんですね」

「北海道だしね」


 北海道ではどんなものであれ、生き抜くためには一定以上の戦闘力が必要となる。

 マリモは自然の力を利用しているとはいっても、やはり北海道の生物。襲われた際の反抗手段くらいは手にしているのだ。


 マリモが噛みつくことがよほどショックなのか。火蓮がしょんぼりとした顔でマリモを眺めている。

 そんな火蓮に、晴輝は苦笑しながら声をかける。


「それじゃあ、採れたてのマリモを食べに行こうか」

「マリモ、食べちゃうんですか!?」

「うん。採れたて新鮮なマリモは、刺身が一番美味しいよ」

「うぅ……」


 晴輝の声かけは逆効果だったか。

 火蓮の目にみるみる憐憫の光が灯っていく。

 そんな彼女を引きずるようにして食堂に到着。晴輝は早速マリモの刺身を注文した。


「……あうぅ」

「そんな顔してないで、さ、食べるよ」


 箸を手にして、


「頂きます」

「……頂きます」


 晴輝と火蓮が、頂いた生命に感謝し、刺身に箸を伸ばした。

 マリモの刺身は、緑色のスポンジのようだ。

 だがその見た目とは裏腹に、弾力性が非常に高い。

 口に含んだ晴輝と火蓮は、


「うまい!」

「美味しいです!」


 互いに興奮した声を上げた。

 口に入れた途端に、磯の香りがふわぁと広がっていく。

 噛みしめる度に、コリコリとした食感があり、また噛む場所によって微妙に歯ごたえも変わる。


「もっと柔らかいかと思ってました」

「たしかに、見た目が柔らかそうだからね。俺も食べるまではそう思ってたよ」


 だが食べてみると、新鮮なわかめとこんにゃくのような歯ごたえと弾力に驚かされる。

 食感良し、風味よし。そしてなにより、美容にも良い。


「カロリーが少ないし、コラーゲンがたっぷり入ってる」


 口にした途端に、火蓮の耳がピクリと動いた。

 そのまま火蓮は黙々とマリモを食べ進め、あっという間に完食してしまった。


 あれだけ「可哀想だな」というような目で刺身を見ていたのに……。

 しかし、それだけの魅力がこのマリモの刺身にはあったということだ。


 これが北海道の味。

 北海道の、魅力である。


「これ、お持ち帰りできませんかね?」


 火蓮が鋭い目つきで食堂内を見回している。どうやら観光地によくあるお土産を探しているらしい。


「マリモは足が速いからね。すぐに腐っちゃうし、衛生管理が難しいから、地元でしか食べられないんだ」

「そうなんですね……」


 ふみゅ、と鼻を鳴らして火蓮が唇を突き出した。


「また、連れてきて頂けますか?」

「時間があったらね」


 再び阿寒湖を訪れるのはやぶさかではない。

 だが晴輝には、火蓮に教えねばならないことが山ほどあるのだ。それを教えきるまでは、のんびりなんてしてられない。


「今日、ここに来た理由はそろそろ分かったかな?」

「マリモはおいしい!」

「……いや、それもあるけど」


 晴輝は苦笑し、


「見た目に騙されちゃいけないってこと。マリモは確かに身動きが取れない、まんまるの生物で、一見すると危険がないように見える。けど、素手で掴めば噛みつかれる。そういう生物が、北海道には沢山いるんだ。全部の生物を覚えろとは言わない。けど、見た目に騙されて手を伸ばすのだけは、やっちゃだめだよ」


 ほんの少しの油断で命が奪われてしまう大地だから。


「……はい」


 火蓮は殊勝に頷くのだった。




○マリモ

・体長:~30cm程

・説明:淡水性の緑藻の一種であり、通常は岩などで生活している。

 しかし阿寒湖に生息するマリモは波等により美しい球状体を作るため、特別天然記念物に指定されている。

※食べられません。

※噛みつきません。

※本作はファンタジーです!(念押し

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