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カルローナ物語  作者: 波井 最中
田畑に囲まれた孤島
14/15

一話

 ネウラモス王国のはずれ、他の国とも近い領地の中でも田舎の土地。山はないが、小さな林や丘などがあり、小川もある。月に一度訪れる商人の数はとても少なく、それ以外は豊かな土地で賄える。気候は温暖で、半年に一度の嵐の時期以外は、のんびりとした時間が流れる。

 アズーレオ村。この地域にいくつか存在する村の一つ。治めるのに必要なため、各村には名前が振られているが、当の彼らにとっては関係はなく、自分たちが住む村よりも北にあるのか南にあるのか。そうやって周辺を把握している。彼らにとってはそれで十分なのだ。故に、忘れて構わない。今回のお話においては、領主が出てきたり、他の村が舞台になることはない。この村の中だけの物語だ。


 フィリッポ・フォミンツ。馬車にごとごと揺られている青年はあくびに涙で舌を噛みそうになっている。

「おや、兄さん。陽気にやられちまったかい」

「そうですね。あまりにも気持ちいいので、眠くなってしまいます」

 ふぁああ、とフィリッポは荷台に横になり、荷物袋を枕にする。

「もうつきますよ。そんなんでいいんですかい」

「いーのいーの。どうせ大した仕事もない、平和な村なんだから。だから僕が選ばれたんだよ」

「その様子じゃ、選ばれたというよりも、飛ばされたといううもんじゃないかね」

「そのとーり! 僕は出来損ないだからね。領主のところにいても穀潰しなのさ」

 からから。車輪は時々小石を跳ねる。馬はつまらなさそうに鼻を鳴らす。このあたりには危険も少ない。御者はそんな事は知っている。だからこそ、薄ら雲がのんびり流れるさまを見ながら、手綱を握っているのだ。

 おっさん。フィリッポは呼ぶが、御者は軽く無視をする。

「商人のくせに、こんな辺鄙なところになんの用があるんだよ。俺が商人なら、王都に行くね」

「兄さん。王都で金を回すだけが商売じゃないのさ。王都で食べる食材はどこから来ているのか。貴族が着飾る宝石や服の材料はどこにあるのか。そこにも目をつけるのが、本当の商売なんだよ」

 はえー、とほうけた返事を返す青年。商人は呆れているが、商売人でなければわからないだろう、と諦める。

「さ、着きましたよ。降りる準備をしなさいな」

「おっさんはいい商売してるね。人にやさしく、義に厚い。そういうの、どんな社会でも通じるよ。きっとね」

「何知った口を叩いてるんだ。ほら、行った行った」


 荷車を降りたフィリッポは小さな村の前で軽く腰を伸ばす。数日の移動は、筋肉を固めるのに十分な期間だった。

「ここがアズーレオ村、ね。まずは村長に挨拶をしなくちゃかな」

 村の中を進んでいく。荷物はそこまで多くないので、背負える程度だ。やがて見えてきた、他よりも大きい家につく。

「村長さんはここかな」

 ノックしようとした手が止まる。それよりも先に、扉が手に当たったからだ。

「何だお前は!」

 やたらと大きい声。少年は体格がよく、生意気そうに睨みつけてくる。

「やあ、ここは村長さんの家かな」

「見りゃ分かんだろ」

「いや、ほら。質素な村長さんもいるかも知れないじゃないか」

「ふん。どけ!」

 少年はフィリッポを押しのけ、走り去っていった。

「何やら話し声が聞こえたが」

 奥から壮年の男が出てきた。身なりがいい。おそらくは村長なのだろう。

「誰だ」

 声色が低い。警戒心を含んでいるそれだ。

「要請がありまして、フォミンツ家から来ました、フィリッポ・フォミンツです」

「ああ。衛兵の」

「はい。本日付です。この村のことは殆ど知らないので、教えていただけると嬉しいですね」

「あんたは余計なことは考えず、畑を手伝いながら、魔獣の討伐、門番をしてくれりゃいい。村の問題は私らで片付けられる」

「しかし、領主からは仲裁もするようにと」

「いらん」

 警戒心が強まる。扉もしめかけている。

「門の近くに秋小屋がある。好きなように使え」

 それを最後に話は終わった。

「愛想悪いなあ」


 フィリッポは言われた小屋へとつくと、そこにあったのは酷いボロ小屋。小屋の形は為しているが、そこかしこに穴が空き、窓はただの木枠だけ。彼にとっての最初の仕事は、自分のすみかを綺麗にするところからだ。

「まあ、昔を思い出すし構わないか」

 中は埃だらけだ。しかし、所々線ができている。中にあったものを動かしたのだろう。

 小屋の掃除、雨漏りしそうなところを簡単に修繕し、持ってきていた毛布を敷き、軽く横になる。

「しばらくはのんびりしながら、ここを整えていけばいいか。さて、寝るか」

 こんこんこん。

「邪魔するぞ」

 返事を待たずに入ってきたのは一人の男。村長に似ている、少し若めな男だ。

「親父からの伝言だ」

「親父?」

「ああ。俺はアンドレア。村長をやってるカルメロの息子だ」

「なるほど。それで伝言とは」

「村のはずれのあばら家には近づくな。何があってもだ。まぁ、そのうち、村の一員として認められたら連れて行ってやってもいいぞ」

 アンドレアはニヤリと笑う。

「はあ」

「わかんなくて結構。とにかく近寄らなければいいんだ」

「わかりましたよ、わかりました。わざわざ伝えに来るんだから、相当なんでしょうね」

 ボリボリと尻を掻きながら、アンドレアは出ていく。

「さて、なんのことやら。問題があるなら面倒だな」

 そう呟いて、毛布にくるまるのだった。


 翌日からフィリッポの仕事は始まる。朝は村の畑の手伝い。主に収穫や雑草の処理だ。そして村の雑貨屋の荷物運び、水くみなど多岐に及んだ。

 昼飯を食ってからはしばらく、門の前で待機だ。ここから夕方までの時間に人が来ることがあるらしい。このアズーレオ村の先に、新しい開拓地ができたので、以前よりも人通りが多くなったのだ。とはいっても、二日に一人が一日に一人といった具合だ。だからという訳では無いが、フィリッポは村の安全のために、領主から派遣された。報酬は村の税金である。

 夕方からは自由だ。この時間に旅人が来ることは殆どなく、やることが無くなるのだ。

 子どもたちが遊んでいる。辺境の村。裕福ではないが活気はあるのではないだろうか。これまでに見てきた村々は様々だったが、良い方だ。しかし、フィリッポは違和感を感じていた。

「やあ、あんたが新入りかい」

 一人の女が話しかけてきた。どこにでもいそうな顔立ちで、だがそれ故に優しさもあるようだ。二十半ばで、落ち着いた雰囲気もある。

「どうもはじめまして。あなたは」

「ジェニーだよ。ヴィゴールの妻さ」

「ヴィゴール?」

「おや、あんたは挨拶していないのかい。そらそうか。あたしのところにも来てないものね」

「すみません。ドタバタしてたもので」

「いいのいいの。ヴィゴールは狩人さ。村の肉はあの人が用意している。それをあたしが捌いて、売ってるわけさ。要は肉屋の女だよ」

「なるほど、肉屋のジェニーさんですね」

 ポリポリと、ジェニーは頬を掻く。

「さん付けはこそばゆいね。好きに呼びな。あたしにはパオロって息子がいる。そのうち会うと思うから、その時はよろしくね」

「ええ。遊んであげたほうがいいですか?」

「ガキどもは勝手に遊んでるよ。子供はいいよ。何でも楽しめる」

 ジェニーは少し、憂鬱そうなため息をつく。

「なにかあるんですか?」

「んー。あんたはまだ部外者だからね。だからこそ聞いてほしいことがあるんだ」

「いいですよ。どうせ暇なので」

 ハハッ。女は快活に笑う。

「あたしはね、ここに嫁いできたのさ。元は北の村の生まれでね。向こうでは男が少なかったもんで、ヴィゴールと見合いをして、そのままガキ作って、ここに来てってこと。あたしは部外者の先輩だよ」

「これはこれは。それで先輩。そんなベテラン部外者のあなたに、どんな悩みが?」

「悩み、か。悩みだね。部外者ってのはずっと変わらない。この村で母親やってる奴らは、みんな幼馴染。あたしだけが違う。話をしても素っ気ない」

「こういう村だとよくありますよね」

「ああ。あたしの村でもそうだった。だから、それに不満はないよ。でもね、パオロが生まれて、十一年。夫は狩りをしてばかり。会うのだって、獲物を渡すときくらいなもんさ」

「というと、旦那が構ってくれなくて寂しいと」

「あたしはまだ二十六だよ。まだまだ現役のつもりさ」

「そうですね。街にいても声をかけられるんじゃないですか」

「本当かい?」声に喜びが漏れている。「街から来た人に言われるなら間違いないね」

「お化粧とかしたら」

「十一年もあったんだ。そんなことはとっくにやってるよ。でもだめなんだよね」

「そうですか。でも、そればかりはどうしようも」

「わかってるよ。ちょっと聞いてほしかったんだ。ちょっとスッキリしたよ。ありがとう」

 ニコリと笑った顔は少女を思わせる。

「そうだ。あんたは領主の息子なんだろ。街の話を聞きたい女はたくさんいるからね。話し相手になってやんなよ」

 そう言って彼女は去っていった。言動の端々に、フィリッポを誘っている物があったが、彼は乗らなかった。来てそうそう、問題を抱えるわけにはいかなかった。

 それから、何人かの女性たちと話をし、その日は終わった。


 ジェニーの言った通り、娯楽に乏しいこの村では、街の話はとても刺激的だ。街で有名な吟遊詩人や小さい劇団の話、女性の服や化粧の話などをすることが多い。

 フィリッポはそうして村の人と親交を深めていったが、それは女性だけだった。男どもは仕事が終わると、さっさと帰路についてしまい、話をするタイミングを図ることもできなかった。

 数日立った頃、村での過ごし方にも慣れ、不都合を感じなくなってきた頃、彼が村の外れにある川の近くで散歩をしていると、子どもたちの声が聞こえた。

「なあ、遊ぼうぜ?」

「そうだよ。今度は何がいいかな」

「前と一緒でいいんじゃない?」

「罰ゲームはまかせろ」

 男の子四人組といったところか。

 中心にいる子は村長の村ですれ違った。名前はジャン。

 ジャンより一歩下がっているのは知らない子だ。

 同じく、タレ目の男の子も初めて見る顔だ。

 最後の体格のいい男の子は、先日フィリッポが話したジェニーの面影があるため、パオロであると想像がつく。

 その四人は、川に対して半円を描くようにして集まっている。その中央になにかいるようだ。

「とりあえず、川泳ぎをしてもらおうか。このあたりは浅いな。けど、大丈夫だろ。さ、泳いでもらおうか」

「なんだよ。ついでに洗濯もできてラッキーじゃん」

 いるのは人なのだろうか。かろうじて聞こえる声で、拒否の意志を伝えている。

「何日洗ってないんだ。酷い匂いがするぞ」

「ほら、早くいけよ。近くにいるだけでだめなんだ」


 いじめ。こういった小さな村ではよくある光景だ。何かのきっかけで始まると、容易には収まらない。一種の娯楽である。非常に醜悪で、本能的な娯楽だ。

 フィリッポはこの村では新人である。体格のいい男の子四人組に囲まれ、背後に浅くとも膝丈よりは高い川をおいている少女がどのような過去を持っていて、かの少年達にどのような思いがあってそれをしているのかわからない。

 だからこそ、関わらない。この村にはなにかある。なにかあるからこそ怪しいものには近寄らない。その考えこそが、フィリッポのこれまでを支えてきた。

「ははっ! いいじゃん。もっと騒げよ」

「ほらほら。頭まで浸かってないじゃないか。だから髪が黒いんじゃないか? 油だらけなんだよ」

「石鹸持ってきたほうがいいかな」

「やめとけ。もったいない」

 少女の顔が酷く歪んでいる。目に鼻に口に。水が入り砂利が入り、しかして死なぬ程度で止められる。この年の少年達でどれだけ繰り返してきたのだろうか。想像に難くない。

 暴力は10分20分行われ、村長の息子が帰ると言って去っていった。少年達はこのあと、村長宅で温かいシチューを食べるそうだ。

 フィリッポは心配するでもなく、ただ飛んできた葉に気を取られたように少女を見る。

 それまでは少年達の影に隠れて見えなかった。ボロい貫頭衣から生えている四肢は枝のようで、指はささくれにアカギレ、酷いものだ。加えて髪の毛は脂まみれで、先程水に浸かっていたのに弾かれている。肩口までの髪は何で切っているのか。

 顔を見る。頬はこけ、目の周りは落ち窪み、唇の色素は薄い。半目で気力のない瞳。

 しかし、一つだけ。彼女は他とは違った。まつ毛が長かったのだ。不釣り合いだ。ここまでのものだと、あることを想像してしまう。

 きっと、肉がついたら美人になる、と。

 少女はフィリッポに気付くが、すぐに立ち去ろうとする。

 フィリッポは追いかけない。きっと面倒事が待っているから。

 何より、彼女の態度が助けを求めていない。すべてを諦めて、絶望している。

 それに対し、彼はなんの感情も浮かばない。いや、浮かべてはならないと考える。きっとまた、近いうちに会うだろうという確信にも近い予感を持って。

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