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カルローナ物語  作者: 波井 最中
清濁絡み合う世界
13/15

12話 結

「全て、全てが終わりだ」

 ケラニスコは絨毯の上で膝を付き、天井を仰いでいる。

「ルノ、ルノはどこに行ったんだ」

「死体は発見されておりません。逃げ出したか、恐らくは…」

「私はルノを愛していた! ルノも、そうだと言ってくれていた。私はルノしか愛せない。例え、貴族として失敗作だと笑われようと、彼のことを愛していたのだ。それなのに、逃げ出すなんて」

 騒動は落ち着き、ケラニスコは屋敷へ戻ってきていた。しかし、そこに待っていたのは、ただの残酷な現実。

 彼が唯一愛することのできた男娼の失踪、最も信頼している執事の死亡。そして、世には出したくない書類の数々。

 ノックオンが響く。

「ケラニスコ様。チューレリアです」

 返事を待たずに、彼の妻は部屋に入った。変わり果てた夫を見ても、その表情は変わらない。

「お可哀そうに」

「同情はいらん。欠片もない気持ちの言葉は不愉快しか生まぬぞ」

「いいえ、本当に同情しますよ。愛するものを失う気持ちはね」

「ああ。そういえばあの男も消えていたんだな」

 チューレリアはくすりと笑う。

「やはり気付いていたのですね」少し体の力が抜ける。「ええ、私はあなたに隠れて浮気をしていました。心から彼を愛していました。私の心は彼のものです。囚われの姫ということでしょうか」

「ふん、そんなお伽噺が似合うか」

「ええ、これは悲劇であり喜劇でございます。あなた様の貴族としての一生は終わり、このロノウェ家も断絶となりましょう。それはすべて貴方様が望まれた結末でございます」

「私は何も悪くないさ、チューレリア。私は愛に生き、愛に死ぬと決めたのだからな」

 男は天を仰ぎ、女は血を見下ろす。

「終わりです」

「どうするつもりだ」

「この胎には子がおります」

「やつの子か」

「この子はロノウェ家の正式な跡取りでございます。幼き頃より文武を修めさせ、男であれば雄を、女であれば輝きを身に着けさせます。どちらであっても、このロノウェ家が無くなることはありません。女であっても、婿養子を取らせますからね」

 ケラニスコはもう一つ老けたようだ。

「この家は彼に捧げます。誰に何と言われようとも、それこそが私の愛であり、生きがいなのです」

「我々は、似た者同士なのやもな」

「勘弁願えますか。気色悪いです」


 ケラニスコは姿を隠した。貴族の間では殺されたか辺境に逃げたと思われている。あまり貴族間の交流が多くなかった彼だからこそ、大きな問題にはならなかった。では、現在のロノウェ家は誰が運営しているのか。チューレリアだ。身重な体ではあるものの、事務仕事の多いロノウェ家では問題はない。加えて、嫁入りするために身に着けた教養が功を奏し、何事もなかったかのように日々は続く。

 ケラニスコが隠していた文書。出回ればただでは済まないと思われたそれが出回ることはなかった。しかし、水面下では確かにその影響が出ている。徐々に奪われていく権利。それに対して、チューレリアは何も思わない。何もしない。彼がすることだからと、盲目であることを望んでいる。


 エマ・ニエーナ。フィロとともに暮らしていた元娼婦。

 彼女は、ここ数ヶ月のことを夢だと思っていた。新しい家、新しい服、温かい飯。そして、新しい恋。それは果たして恋と呼べるものなのだろうか。いや違う。決してそうは呼べないが、そうであってほしいと皆が思うもの。

 彼女は娼婦とはいえ、殆ど客がいなかった。どれだけ安かろうと、彼女が持っている、死んだ夫への操が遠ざけたのだ。しかし、彼にとっては好都合。体の良い道具が見つかったとしか思えない。始まりは最悪、結末はハッピーエンド。そんな舞台演劇のようなものは、現実には起こらない。起こらないからこそ、夢を見る。

 夢とは希望ではあるが、同時に鎖でもある。エマにとっては、冷たい鎖に過ぎなかった。それこそが繋がりだった。冷たい鎖でも、彼女にだけは温もりを感じさせた。彼女の中の幻想が、そうさせた。

 いてもいなくてもいい存在。それはすでにそうだった。だからこそ、身を落としても心は落とさなかった。飢えに苦しんでも我慢できた。だが、彼はそんな心を、いとも簡単に、ぞんざいに、はたき落とした。彼にとっては、いてもいなくても良かった。いなくても、何も問題なかった。それでも、使うことを選んだ。選ばれた彼女は、それに対して、喜びだけを感じるようにした。また始められる、あの暖かな生活を。夢の中で生きていける、刹那の時を楽しみにして、主人の帰らぬ家を、じっと温める。椅子を、ベッドを、枕を。

 彼女は幸せだった。幸せであろうとした。誰かに何と言われようと、彼と過ごした時間は来世までの宝物で、何にも代え難い生きる苦しみだった。

 人は時に、甘い幸せでは満足できなくなる。故に、苦しみを求める。愛に苦しむことで、生き返った彼女は、人として寒さに溶け消えた。

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