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翼人~つばさびと~  作者: 彩宮菜夏
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5. ヤモト・ユウ

 次にわたしが施設を訪れたのは、三日後のことだった。

 診察の結果、弟の手術は日取りも含めてあっさりと決まり、簡単な準備だけをしてから入院することになったのだ。

 それでわたしはまた、何の用もないのに勝手についていった。この日はちょうど日曜日だったので、父さんは会社を休まずに済んだ。


 今回は看護師さんに、施設を案内してもらうことになった。

 わたしたち家族は三人揃って、広い敷地の中をあちこち廻る。看護師さんは、こんな部屋もあります、こんな器具もあります、だから安心して入院してくださいね、ということを、感情のない笑顔を浮かべて説明してくれた。

 けれど、わたしたちはそれよりも、施設の中を当然のように歩き回っている、翼を生やした人たちにすっかり目を奪われていた。


 男の子も女の子もいたし、年齢は小学校高学年ぐらいから高校生ぐらいまでまちまちだった。

 みんな、この前のあの男の子と同じ変わった服を着ていて、普通に会話し、普通に本を読み、普通に生活している。結構にこやかに、平然と暮らしていた。


 たまに狭い場所を通り抜けるとき翼をぶつけそうになっても、みんな慣れたもので上手に避けている。

「長期療法の方も、短期で手術の方も、普段は同じ病棟でこうして同じように生活していただいています。落ち着いて静かに過ごすのが、何よりも大切なことですから」

 看護師さんは、笑顔のままでそう説明した。


 辺りにいる翼の子たちは、一人一人翼の色や模様が微妙に異なっていた。

 白、茶、黒を基にした柄が一番多かったけれど、まれに赤とか緑、青がほんのちょっとだけ羽に入っている子もいた。中には翼が真っ黒な人もいた。

 弟みたいにまだ翼が小さくて羽の生えてない子も、ちょくちょくいる。彼らは背中の皮膚がひどく突っ張っていて、歩きにくそうに見えた。

 そんな中、わたしはこの間の真っ白な翼の男の子を眼で捜していた。


 その後、看護師さんは弟と父さんを連れて入院の手続きと病室の支度に行ってしまったので、またしてもわたしは一人になった。仕方なくわたしは、施設の中庭を散策することにした。

 中庭は、ちょっとした植物園のようだった。

 程よく陽が射し込み、草葉や木や花が、雑然とする一歩手前で植えられている。他にもちっぽけな噴水や彫刻、蔦の絡んだ四阿もあった。やっぱりここも天国的だった。


 わたしはそんな中庭を歩く。周りの子たちはみんな当然、背中に翼を持っていた。

 美しかった。一方わたしは、センスのない安物のコーディネートで、すり切れたジーパンなんかを穿いている。

 ただ立っているだけでも惨めで、この翼人たちの世界を汚しているような気分になった。わたしだけ、後からコラージュされたみたいだ。中世の絵画にセロテープで貼り付けられた、週刊誌の切り抜きみたいなわたし。

 丈の高い草の間を掻き分けて、わたしは木々の側にまで寄った。

 そこに、例の彼がいるのを見つけた。


 彼は今日もつまらなそうな表情を浮かべていた。服装も、前に見たときとまるで変わらない。彼は近付いてくるわたしに気づくと、最初は少し驚き、それから次第に、呆れた目つきになった。

 わたしは彼から少し離れたところで、黙って軽く会釈した。

「……この前、食堂にいた人だよね」

 彼はそこで、初めて口を開いた。

 声変わりした後あまり喉を使っていないらしい、擦れた聞き取りづらい声色だった。わたしは頷いた。

「何しに来てるの?」


 彼が続けてそう尋ねてきたので、弟が入院することになったから付き添いで来た、とだけ応えた。

 ふうん、と彼は大して興味なさそうに頷く。わたしのことを彼が憶えていただけでも、意外だった。

 わたしは口を開く。

「ハヤカワ・ユカといいます」

「おれはヤモト・ユウ。弟の名前は?」

「コータ」

「手術はいつって?」


「来週の日曜日って。弟、すごく怖がってます。あの、よかったら……慰めてやってくれませんか?」

「どうして? 自分で言ったらいいじゃん」

 彼は微かに翼を揺らすと、首を傾げてそう言った。

 どういう感情の時に翼が動くのだろう、とわたしは想像する。犬のしっぽみたいなものだろうか。

 わたしは応えた。

「……わたしの言うことは、弟は聞いてくれないので」

「へえ。どうして?」

「バカにされているから」


 それは本当のことだった。

 いや、正確には軽視されているとか、諦められていると言った方が適切だろう。

 そしてそれは弟だけのことではなかった。

 父さんも母さんも、家族総出でわたしのことを諦めていた。

 わたしがいつ、どんなことをしようと無視される。いないのと同じだ。わたしに、発言権などない。

 彼は、ちょっと変な顔をした。


「じゃあ何で今日ついてきたのさ」

「家にいても、することがないので……」

 そんな答えしか、思い浮かばなかった。

 彼は小さく溜息を吐いた。


「あっちにベンチがあるから、そこで話そうか」

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