19. いじめの記憶
男の子とは思えないくらい、整った綺麗な文字と言葉が並んでいた。
少し右に傾いたその字の群は、自然と彼のことを思い起こさせた。
わたしは厚い便せんの束を丁寧に畳むと、封筒へ大切に戻す。
そしてそれを封筒を引き出しに収めると、席を立ち、ベッドに寝そべった。
施設に電話しようかとも思ったけれど、そういえばそもそも、電話は受け付けていないと言われている。
こうなったら、仕方ないだろう。
翌日、八時過ぎに家を出たのに、電車に長時間揺られて向こうに着いたのは、昼の一時頃だった。
適当に駅前の定食屋で昼ご飯を食べてから、わたしは歩いて施設へと向かった。
お金は母さんの財布からくすねてきた。後でまた面倒なことになるだろう。
施設は郊外の寂れた町を抜けて、奥の山道へ入り、木々の茂った坂を延々上った先にある。
いつも通りのジーパン姿で歩きやすいとはいえ、二十分も経つと少し疲れてきた。立ち止まり、息を吐く。
もちろんわたしが行ったところで、出来ることなど大してないだろう。
けれど、いいのだ。わたしの行動なんか、所詮どれも自己満足でしかないのだから。意味など、ないのだから。
休憩ついでに、道の脇のガードレールの向こうを覗き込んだ。
すると、木の枝の影になった深い緑色の草葉と苔が生えていて、そのさらに奥には、澄んだ川が細々と流れていた。
車でここまで来たときには外の光景なんか見もしなかったので、少し面白かった。
頭上では、風に揺れる葉の音がずっと鳴っている。辺りには何もない。
わたしは再び、先へ進み始めた。
そんな暗い道を一人黙々と歩いていると、中学生の頃クラスにいた、いじめられっ子のことをわたしは不思議と思い出した。
本当にかわいげのない子だった。クラス中ばかりか先生までも、あの娘をいじめることだけは許されるのだと思いこんでいた様子だった。
何が最初のきっかけだったのかはもう憶えていないけれど、とにかく彼女は、女子全員から無視、というより嫌悪されていたのだ。
そして、男子から声をかけられるようなタイプではなかったので、結局誰からも無視されていた。
その結果なのか、それとも元々なのか、彼女は性格もひどくねじ曲がっていた。
とにかく中学校の三年間、何をやっても嘲笑され、そしてそれに彼女が腹を立てれば、みんなから詰られていたのだ。
要するに彼女が何をやろうと、非難の的になる。そしてそれを先生に相談すると、先生はうんざりした表情で溜息を吐き、「集団生活ではみんなに合わせることが大切なのよ。自分勝手ではいけないの」と話していた。
まさしく八方ふさがりだった。そしてその状況に、誰一人として同情していなかった。
わたしも平然と、そんないじめに参加していた。
思い返すとずいぶんひどいこともしていた(ガムテープで全身をいもむしのように縛り上げたり、ガラスに頭を打ち付けたり)。
けれど、どうしてか当時、クラスは毎日明るい雰囲気で充たされていたような気がする。笑顔が絶えなかった。
まるで校内の暗い空気の全てを、彼女一人が一身に吸い取って、その代わりにみんなが脳天気に過ごせていたかのようだった。
そしてわたしも、その一員だったのだ。