18. 続・ユウの手紙
「翼人症候群の患者は、差別は実際少なくなりましたが、それでも疎まれる存在であることに変わりはありません。
ある意味そういう『鬱陶しさ』は、僕らが美しい存在だと見られるようになってからの方が、大きくなったかも知れないです。
本来なら翼が生えている『異常な』人間なのに、今では逆に、翼が生えているというただそれだけの理由で、善い者扱いされ、疎んじてはいけないことになったのですから。
患者の存在を不愉快に思っている人たちにとっては、余計接しづらく、面倒に感じられるでしょう。
そしてそれは、僕らのような長期治療の患者の家族にしてみると、更に深刻なのです。
孝太の入院の時に聞いたと思いますが、長期治療には多大な金額が必要になります。
誠も、もちろん僕の家族も、その額を日々施設に支払っているわけです。
先日ははっきり言いませんでしたが、僕ら長期治療の患者たちは、基本的に金持ちの家の子どもです。
あえて手術を避けるのは、大体どの家も手術に伴う危険を考慮したり、西洋式の医学に不信感を持っていたりするためです。また、患者本人が怖がるということもあります。
ですが一方で、そうした家では体面や体裁というものが、非常に重要になってきます。
親戚づきあいなり取引先との関係なりの事情で、家の中で面倒事が少しあるだけでも疎まれるのが普通なのです。
子どもを放り出したり勘当したりするわけにもいかず、長男の人生設計について、親戚一同で集まって相談するような家は実際にあります。うちもそうでした。
僕の処遇をどうするかでずいぶん話し合った結果、ここに放り込むことになったらしいです。理由は知らないし、興味もありません。
ただ、そうして話し合い、対立の結果決まったということは、当然僕らがこの施設に入っているのに反対の人がどこかにいる、ということでもあります。
本当に冗談みたいな話ですが、長期治療の患者で集まったところ、誰も彼もが自分の入院を喜んでいない親族の名前を挙げることが出来たのです。
それは、誠もでした。従って、僕ら全員が何らかの事情で、誰かに処分される可能性があることになります。
僕は、そうした連中の誰かが手を廻して、誠を飛び立たせたのではないか、と疑っています。
例の『天使の家』事件のせいで、ある世代の人たちには「翼人症候群の患者は外へ放つと空へ飛び立って死ぬ」という印象が色濃く残っていると思います。
彼らが、施設の関係者の誰かに話を付けたのでしょう。扉を開けておけば後は勝手に出ていくのですから、大した手間ではありません。
前にも言ったとおり、これは証明することなど出来ません。
犯人が誰なのか、なぜこんなことをしたのか、そんなことを突き止めようという気も、僕にはありません。
詰まるところ、全て自己満足でしかないのです。
それでもこうして手紙にしておこうと思ったのは、このことを誰かに知っておいてもらいたかったからでした。
誰も知らないままでなく、誰かが憶えていてさえくれれば、誠も少しは救われるのではないかと思います。
僕はもうすぐ、最終段階に入ります。最終段階に入った後は、コミュニケーションを取ることもままなりません。
そればかりでなく、翼が取れて退院することになっても、今のままの僕でいられるかどうか分からないのです。
もしかするとまるきり違った、何の中味もない人間になってしまうかも知れません。
こんな機会はもうないと思うので正直に書いてしまいますが、僕はいつも、翼人症候群の患者としての自分を考える度、恐ろしくて仕方ありませんでした。
普通に最終段階をくぐり抜けても、それまでの期間に何か異常を来してしまっても、あるいは万が一、誠と同じように飛び立つことになってしまったとしても、幸福や安心を得られる可能性というのは、長期治療にはほぼないのです。
孝太のような変化がよいことなのかどうかはともかくとしても、手術による短期治療には、まだその先に望みがあります。
けれど、僕らのようにひとたび長期治療へ足を踏み入れてしまえば、先には泥沼か、崖ぐらいしか残っていません。
ゆかさんにこんな愚痴を送ってしまうのは、おかしなことだと自分でも思います。ごめんなさい。
でも、書かずにはいられませんでした。
最後になりますが、二週間あまりの孝太との付き合い、楽しかったです。よい弟さんだと思います。
僕には兄弟がいないので、少しの間でも彼と話すことが出来て、幸せでした。
彼は言うなと言っていましたが、翼を失う前にも、彼はゆかさんのことを真剣に心配し、僕に相談していました。
僕などよりよほどちゃんとした、信頼のおける子だと思います。大切にしてやってください。彼を信じてあげてください。
そしてよければ、翼を失う前に、彼自身がどんな人間だったかを、思い出させてやってください。
長文失礼しました。末筆になりますが、ご多幸をお祈りします。
ありがとうございました。さようなら。
矢本悠」