14. どうして
「みんな、飛び立ったんだ。ほぼ同時期、二週間ほどの間に、連鎖的に。
大体同じ頃に発症したんだから、そうなるのが当然だよな。
施設自体が運営能力を失っていて、手術不能になった結果、症状の最終段階が近づいていても、患者を拘束することは出来なくなっていた。
放置された患者たちは、自分を抑えることも出来ず、ある段階に入ると行く先も見極めずに走り出して、高い所へ駆け上り、そして翼を広げて、飛び立った。
そんな姿を見ると、感染したかのように、他の患者たちも駆け出した。
こうしておよそ二週間のうちに、全国で二千人近い少年少女が、ビルや崖から落ちて命を失った。
結果、『会』の関係者は管理責任を問われて逮捕され、同時に莫大な損害賠償請求によって、『天使の会』は解散に追い込まれた。
施設も次々と閉鎖され、残された数少ない患者たちは、白い目で見られながら、退去を余儀なくされる。
唯一国からの援助を受けて、必要最小限の場として残されたのがここだ。ここが最後の『天使の家』。
こうして、『天使の会』の活動は、曖昧な患者の理想像と、患者団体の悪辣で危険な印象と、そしてこの、小さな施設を残した。一番何もやっていないのに一番深刻な影響を受けたのは、患者たちだった」
これが、「天使の家」事件、とユウくんは話を終えた。
わたしは顔を顰めると、彼に向かって言う。
「……どうしてそんな話をするの?」
「別に。ただの話題。昔話。大した意味はない。外部ではこの話はタブー視されて、ほとんど伝わってないはずだから、教えてあげただけだ。ここの中には資料も残ってるし、みんなも一通りの話は知ってる。何か読みたかったら、さっきの図書室に行けばいい。でも、知っておいて悪いことはないと思うよ」
それに、マコトのことを考える上では、この事件のことも必要だと思って、と彼は肩をすくめると、わたしと目を合わせる。
「……知りたくなかった?」
「そんなことはないけど。でも、知らなくてもよかったことだと思う」
「そうかな」
ユウくんは首を傾げた。
一方、わたしは珍しく、不快な気持ちになっていた。
知ったところでわたしにはどうすることも出来ないし、頭に残ったものはといえば、続々と空に飛び立っては死んでいく翼を持った子たちの、ぼんやりとしたイメージぐらいだった。
けれどユウくんは、わたしがそんな気分になっているなんてまるで知ったことじゃないらしく、平然と立ちつくしている。
一体どういうつもりで彼はこんな話をしたのだろう、と思った。
それからユウくんは、奥の手術室をちらりと見ると、手術は十時間ぐらい掛かるから、お父さんお母さんのそばにいてあげた方がいいよ、とすごくクールに言って、そしてまたちょっとだけ、翼を動かしてみせた。