お嬢様は美少女ではありません。
僕は、娘にねだられるまま昔の話を始める。
「ありえぬ。なぁにが、良い縁談だ」
お嬢様が目覚めるなり低く仰いました。
……ええと。
今日婚約者と顔を合わせて、ぶっ倒れてソファに寝かされ、僕が付けられて。今にいたる。
困惑する僕とばっちり目があうお嬢様。
「良いところにいたわ。聞け」
ガラの悪い下町のにーちゃんみたいな口調なんですけどーっ!?
お嬢様は大和の国の大企業のお嬢様で、ご挨拶にごきげんようと出てくるくらいなお方だったんです。
見る影もございませんが。
「自分より圧倒的に美しい婚約者に喜ぶ女は被虐趣味に違いない」
お嬢様は御年12才の純粋なお子様でした。
「並ぶと常に見劣りする。それをわざわざ言うか心で思うかは別として、常に比較される。常に下」
婚約者として今日ご来訪されたのは、御年15才の美少女でした。ええ、性別が男であろうとあれは男装の美少女でした。
「そのうえ、女なんて顔ばかり見て不快とか抜かしやがりましたよ。あの野郎」
あのお顔では別な意味で、心配な発言です。
どっかに連れ込まれますよ。
んー、それも悪くない。
「そんなおまえが、人の胸ばっかみてたのは知ってんだからな」
まだ子供っぽい顔なのに、その年頃としてはおっきいですから。刺激的ではあります。
ご両親がそっちのヤバイ人たちに目をつけられる前に婚約を焦ったんでしょう。
それはお互い様かもしれないですけど。
「ところで、お嬢様」
「あん?」
「スカートで、足広げて座らないでください。パンツ見えますよ」
膝丈のふわふわスカートでも、角度によっては見えます。
残念ながら、お嬢様が強制的に椅子に座らせたため、見えますよ。
青ですね。
ソファなどにふんぞり返っているから余計に。
お嬢様は面倒そうに起き上がって、両足をそろえてにこりと笑います。
「忘れろ」
「承知いたしました」
まあ、アレはアンダーパンツなので厳密に言えば見せるパンツなんですが。
「で、なにか聞かないの?」
「お話いただけるんですか?」
見つめ合いにへらと笑う。
「なんか急に前世の記憶がやってきて、純粋さが消滅したわ」
……まあ、そういう設定でも事実でも良いですが、あの純粋さがお嬢様を輝かせていたので、なくなるとちょっと困りませんかね。
「さようでございますか」
「驚いてないみたいね」
「まあ、お嬢様にお仕えするのが僕のお仕事なので変わらないかなぁって」
ちょっとあの天然なお嬢様が懐かしい気もしますが、面倒だったので。
「まあ、いい。女装メイド。なにか余計なことをすれば、剥いてちょん切ってやるから覚えとけ」
……ため息が出ますね。
「その言葉使いすぐに直さないと病院に入院になりますよ」
箱入りで出荷されるようなお嬢様が覚えていい言葉ではありません。
ちょっとたじろいだようでしたが、この言動がばれたら矯正施設に叩き込まれることは間違いありません。
「わかりました」
急に無口なお嬢様へと進化したのでした。
あれから三年。
お嬢様はお姉様へ進化しました。
高等部からは寄宿舎がある学校へ入りまして、僕も女装のままお供したのですが。
女子校と男子校が同じ敷地に二つ建っているようなところでした。
高等部と大学も同じ敷地なので、面倒な事にお嬢様の婚約者もいるのです。
表向き良好そうですが、お嬢様は黙って相づちを打つマシーンになっていました。一ミリも距離縮まってない。
各種プレゼントは不肖ながら僕が流行り物を選んで送っています。
手紙の返事は代筆です。
なにやら僕が婚約しているような気がしてきましたが、気のせいです。
あんな野郎はお断りです。
お嬢様も良家の子女でしたが、相手の方もそれなりに良いお家柄でした。
顔も良い、身長もある、文武両道とそろっては、モテないわけもなく。
お嬢様も嫌がらせやら嫌味やら貰ったことがありますが、ある演説をして、お姉様と言われる事になりました。
お嬢様曰く。
「自分より顔の良い男の側にずっといる覚悟はございますか?
いつでも、誰にでも言われるかどうかはさておいて比較されるご覚悟は?
その上、当人は顔の良い自覚があり、地味な君は良いと言われるのです。
女が寄ってこないような地味な顔が良かったと。
君は全く無邪気で良いと。
可愛らしくも彼を慕っている女性にすら、冷たく対応するのですから機嫌を損ねればどのように言われるかもわからないと怯えていても、気がつくこともございません。
彼を慕う女性の可愛らしい嫉妬が私に向かうことも全く気がつかないほどです。
女など顔しか見ていないといいながら、胸ばかり見ているところも失望します。
わたくし、自慢ではございませんけど、胸が大きいんですの。
人の顔見るより先に見られるくらいに大きいんですの。
男性にあのおっぱいの人なんて覚えられていると知った時には卒倒しました。
そんな苦労すら彼には想像がつかないのです。
ところで、こんな相手が婚約者で羨ましいんですの?」
心底嫌そうに力説しました。
……まあ、お嬢様、男性恐怖症の気があるのでそれは仕方ない気もします。
高等部の女性の信奉者は激減しました。代わりにお嬢様を慕う人が増え、ハーレムを形成しているような気がします。
いろんなプレゼントやら手紙やらの対応も僕がしているので僕がもてている気がしますが、これも気のせいです。
あー、もったいない。
お嬢様といえば、護身術から初めて空手や柔道、古武術等々を習ってまして。
武士みたいな雰囲気になっています。
性別が行方不明にならないのはご立派な胸のおかげです。ぺったんこだったら、本気で行方不明になったでしょう。
「ねぇ、マッサージして」
「仰せのままに」
なにのせいとは言いませんが、肩こりがひどいそうです。しかし、まあ、無防備にもほどがあるというか。
うーん。
まあ、似た者同士の婚約者なんじゃないですかね。
なんだかんだいいながら、結婚するんでしょと思っていたんです。
それから5年後。
「え、いや、僕ですか?」
花嫁に拉致されました。
もう一度言います。
花嫁に拉致されました。
男装してこい。などと言われて大人しくするものではありませんでした。
どこぞの映画のように、結婚式場でウェディングドレスを着たお嬢様に手を引かれ、逃走中です。
「あんなの一生側にいれるかってのーっ! ムリムリ。婚姻届にサインして国外逃亡するのっ」
「は?」
ウェディングドレス、胸ががばってあいてるなぁと思ったら。
「なんてトコに挟んでンですか」
谷間に挟まれる婚姻届とは一体……。開いてみれば、保証人の欄に見覚えのある名前が。
「何で雇用主が同意してこの事態なんですか」
「いやぁ、相手の会社がヤバイらしくなりふり構わなくなってきそうだから、油断させておいて逃亡せよと」
それでなぜ、うちの親の名前が入ってンですかね。
「片付いたら離婚しても良いし、慰謝料も払うよ? ダメかな」
いつ、外堀が埋まってたんですか。帰省したときも全くなんにも言ってなかったじゃないですか。
「お嬢様がどうしても僕が好きだって言うんだったら、良いですよ」
冗談のつもりでした。
お嬢様が真っ赤になってます。
……あれ?
「大好きよっ! これで満足?」
自棄になったように叫ばれました。辺りの視線が釘付けに。
一体、いつからなのか、よくわかりませんが、そんな嘘つけるような人ではありません。
そのくらいの演技派でしたら、婚約者もそれなりにあしらったような気もしますし。
「わかりました」
役所に出しに行きましょう。
これがこの先のなっがーい結婚生活の始まりでした。
「ねー、パパ、ママと何で結婚したのか聞いたんだけどー?」
「これ以上は、秘密」
「えー」