馬鹿な子ほど可愛い
俺は最強である。
は?最強ったって何が最強なのかわかんないって?
そんなもん決まってんだろ、パワーだよパワー。
俺の拳は容易く地面を割り、吠えれば声で空が割れ、俺に睨まれたものは自然界の絶対的強者と呼ばれる龍ですらすぐさま地に伏せる。この間見かけた龍がそんな感じだった。
そのうえ魔力は底知れず無尽蔵に湧き出て、操作能力もピカイチなもんだから古今東西ありとあらゆる魔法やら魔術やらを行使できる。
魔法を使えば、ただでさえ最強な俺が、一瞬のうちにひとつの大陸を滅ぼせるくらいさらに強くなっちまう。
随分前の話だが、一回気まぐれにひとつの国────確かその時に世界の半分くらいを手中に収めていた帝国だったかな─────の国民全員を魔法で虐殺して、その一瞬後に全員生き返らせてみたこともあった。多分誰も気づかなかったと思うぜ。構築も発動もそれこそ瞬きひとつにすら届かないんだからな。
それに馬鹿みたいな話だが、俺でさえまあまあ大きな魔法だと思ったのに、使った魔力は俺の最大魔力量の百分の一にも満たなかった。しかも、その使った量も一秒経てば元通りになるって言うんだからさ。
兎にも角にも俺はこの世界で最強の存在なんだ。
そんな俺は結構な人間嫌いである。
なんでかって、おいおい、考えてもみてくれよ。
俺の圧倒的な力は味方につければ心強いし、敵にいれば絶対に負けるものだ。
だがなぁ、そんな力を持っているやつっていうのは潜在的な恐怖だろ?俺がいつ国に反旗を翻さないか、権力者どもは終始ビクビクしっぱなし、他の国はそんな脅威は怖すぎて放っておけねぇ、ってさ。
だから俺を排除しようとした……………馬鹿だよなぁ、そんな力なんかに負ける俺じゃないって言うのをわかってなかったんだよ。王どもは確かに俺の力は圧倒的だが、数で押せば行けるだろうと考えたらしい。
まぁ全部捩じ伏せたけど。
勝負にもならない、風によってホコリが舞うくらい、当たり前で、可哀想な結果だったさ。
ま、こう排除されそうになったっていう理由の一つに、俺が国につくのが性に合わなかった、っていうのもあるかもしれないな。だってあいつらなんでもかんでも俺に押し付けやがる癖に─────俺にとってはどれも造作ないことだって言うのは置いとくとして、いざとなったら即切り捨てるんだ。性根が腐ってるよなぁ。
いや、俺も自分が人格者だとは思わないよ?それどころか倫理観は結構ぶっ壊れている自覚がある。積極的にやろうっていうわけじゃないんだが、人の生死にいちいち興味を持たないし、拷問なんかも拒否感ないし、気に食わないやつはすぐに殺そうとするしな。
その理由も、俺が関わってきたヤツらがどいつもこいつも弱すぎるくせに、口だけは一丁前だからなんだけど。
貴様は危険だとかずるをしているだとか化け物だとか国の為に死ねだとか生むんじゃなかったとかそんな戯言ほざいてる暇があるんだったら剣の一本でも振ってろっつーの。
まぁ才能の差でも埋めきれない圧倒的な溝が俺と俺以外の間にはあるので、あいつらがどー足掻いても俺には届かないんだが。
そんなわけで、俺は人間嫌いなわけだ。
人の世界にいるだけで不快になるし、全てを破壊したくなる。ストレスが溜まりに溜まって常時魔力が体の周りでバチバチ帯電し、無作為に辺りのものを破壊するまでいった。
だが、容易くできてしまう殺戮行為を実行しなかったのは、わざわざ殺してやるのもクズどもと関わりを持とうとしているみたいで嫌だったからだ。どうしてあいつらのために俺が動かなくてはならない?
しかもムカつく奴らを殺したとして、俺が殺したいのは基本的に国の上層部だから、報復にちまちまくるやつらをいちいち始末するのも面倒臭い。
だからといって人類全員皆殺しにするのは流石にやりすぎな気もする。俺に倫理観は無いが、常識はあるのだ。
殺し尽くしてしまえば、美味い飯を食えなくなり、それは少し残念だなぁと思ったので、皆殺しはやめた。
だから俺は世界最高難度のダンジョン─────始原の霊峰に引きこもった。
始原の霊峰っていうのは、世界の果てにある、天高くそびえる大きな山だ。
そこには人なんて一人もいやしない。常人が足を踏み込んだが最後、そこらへんにゴロゴロいるSランク級のモンスターにぺろりと頂かれてしまうからな。
しかも、年がら年中吹雪が降っているせいか血液が凍るほど寒く、地上とは全く違う生態系が築かれていて、食べられるものが極端に少ない。
だが、そんなもの俺には関係ない。
何故ってそんなの俺が最強だからだよ。
最強な俺は、気候なんてものともしないし、食べ物がなくても余裕で生きられる。
俺は襲いかかってくる畜生どもを視線も向けずに威圧だけで返り討ちにし、その後も「山に入ってから我の陣地を荒らしているようだな!許してはおけぬ、我は東の王、【氷結の銀狼】フェンリルだ!いざ尋常にしゅうぶぇっ」とか「フェンリルを下すとは……だがあやつは四天王最弱!西の王【天空の黒鷲】グリフォぶっ」とか「西の王に東の王さえも下すとは……だが妾には勝てまい!南の王、【獄炎の不しちょまっ」とか「オレは最強の四天のぶしゃっ」とか鬱陶しい奴らを適当に蹴散らし、配下の魔物が殺されたことで襲いかかってきた古代龍種──────が飛んできたと思った途端スライディング土下座を決めたので頭を踏んづけて「頭が高ぇんだよ」と地中にめり込ませたらいつのまにか山の頂点となっていた。
そんなわけで、始原の霊峰は俺のものである。
う〜〜ん、人がいないって最高!!!
まぁ畜生どもはいるわけだが、俺に近寄らないようにお話したら、獣とは思えないくらいに素早い判断で、賢いペットとなった。
俺さぁ、ペット欲しかったんだよね。だって普通の動物っていうのは生命の危機に敏感なので、圧倒的な強者たる俺が近づくとすぐに失神するか恐慌状態に陥るかになってしまうのだ。
それと比べたら魔物はいい。
魔物っていうのはなまじ力があるせいか、弱者に強く、強者に弱い。つまり、力こそが正義である。
ニコニコと満面の笑みを浮かべた俺は、足元で腹を出して全面降伏のポーズを取り、濁った目をしたポチを撫で回した。
「よーしよしよし、やっぱり毛並みは綺麗じゃないとな〜汚れたままはよくないよな〜」
ポチの毛は犬畜生なのでしょうがないのだが、出会った時はそれはもう薄汚れていた。清潔っていう概念が無いんだね。飼い主としてそんな仕打ちに耐えられなかった俺は、すぐさまポチを魔法で綺麗にし、元の煌めく銀色の毛並みを取り戻してやった。
ポチは泣いて喜び、わんわんと吠えた。
「あ、主ぃ……………そろそろ撫でるのやめ、あ、いえ違います嫌ってわけじゃなくてですねそれはもう嬉しいし至極光栄なことなんですが流石に一日中撫でられ続けるっていうのは、はい、はい、なんでもないです主ぃ!我尻尾めっちゃ振ってますよ見えます!?あはは楽しいなぁワンワン!」
ポチが何かを言ったような気もするが、犬が喋るわけないよな。
「我、犬じゃなくてフェンリルです……………」
うるせぇ黙っとけ。
「わん!(我は犬です!)」
俺は大きく息をつくと、銀色の毛並みに飛び込んだ。完璧な仕事のおかげでふわふわさらさらである。
これ剥ぎ取ったら良い置物になるんじゃないかな?
「(ひぇっ……………主がめっちゃ近くにいるううううこれはすぐに殺られる位置じゃないか!?いや主からはどれだけ距離が離れていても無駄なんだけどうわわわ心臓がバクバクいってる、クソ!グリフォンにフェニックスにキマイラのやつらめ!四天王とか言っておいてしれっと我を生贄にしおって!許さんからな!)」
ポチの心の叫びは誰にも届かなかった。
◇◇◇◇
そんなこんなで数十年経った。
俺の日常は至極平和である。
基本的に俺は毎日の予定をその日の気分で決めるのだが、何もしないこともあれば、一日で城を建てたり、ペットたちを構い倒したり、トカゲを踏んだりしている。
城とは俺が過ごす居住区のことだ。
ここに来たばかりの頃、快適な生活を送るために俺が建てた。
場所は始原の霊峰の頂上。始原の霊峰は基本的にどこでも極寒なのだが、その中でも頂上は別格。常人が近寄っただけで骨の髄まで一瞬で凍りつくほどである。その寒さに、【氷結の銀狼】(笑)とか名乗っていたポチも近寄らないほどだ。
まぁ俺には関係ないが。
俺は魔法を使ってぱぱっと真っ白な巨大な城をそびえさせた。
見ただけで威圧されるような、荘厳かつ美しい造りになったと自負している。
細かい細工まで緻密に拘り、柱の一つ一つまで彫刻を施した。床は綺麗に磨き込まれ、ポチから剥ぎ取った毛皮で作られた、ふかふかの絨毯が敷かれている。ポチに回復魔法をかければ延々と毛皮が取れると気づいた時はそれはもう嬉しかったな。ポチも涙を流して喜んでいた。
さらに、城と言えば玉座だろ、ということで豪奢なステンドグラスから光が差し込む静謐な間を作り、ピーコから毟った赤い羽根で装飾。ピーコは自動で怪我が治っていくので回復させる手間がないのがいいな、と思ったが、俺が回復させるほうが何倍も早いことに気づき、俺の中でピーコは残念枠に入った。
城中にある窓は澄み切った硝子で、レース透かしのカーテンを掛けている。俺は城の中でも外でも特に体に問題は無いが、ポチたちが寒そうだったので、内部は外に比べ暖かくしている。あ、窓が曇るのは美しくないのでそういう所は気をつけている。
この城は、今言ったところだけでなく、他にも宝物庫や寝室や書斎などを作り、現在も随時拡張中であるので、一日の内にガラリと様相が様変わりしていることもある。トカゲはよく迷っているらしいな。
城の外には、広大な敷地を活かして、水晶のように輝く氷で作られた花を辺り一面に咲かした。計算し尽くされた氷の庭は惚れ惚れするような芸術品だ。まぁ作ったの俺だけどね。
う〜ん、自分の才能が怖いね!
しかも魔法をかけまくったので、ただでさえ巨大な城なのに見た目以上に広く、防御力も抜群で、自動迎撃もする。
俺がいればそんなの必要ないし、そもそもここまで来るやつもいないんだけどさ。
ま、こういうのは気分さ気分。とことん拘った方が楽しいだろ?
城の中にはポチ、ピーコ、ジロー、タマ、トカゲを住まわしている。俺はペットとは同じ屋根の下で暮らしたい派なんだ。
「ジロー、おーい、ジロー?」
今日はジローを構い倒したい日だった。ジローというのは黒い鳥のことである。こいつは俺に構われることがとても嬉しいようで、毎回呼ぶ度にかくれんぼをするのだ。
探知にはバッチリジローがいるし、気配や息遣いで場所はすぐに分かるのだが、ペットの遊びに付き合うのも飼い主の務めだろう、ということで付き合ってあげている。
そもそもジローは隠れるのが下手なようで、天井の裏やら隠し部屋の中などにいるが、おいおい、この城を作ったのは俺なんだぜ?ということで、そこらへんを分かってないのが鳥頭なんだよなぁ。
ガチャリ、と鍵を開けてゆっくりと蓋を持ち上げると、宝物庫の宝箱の中に隠れていたジローが現れた。
「みーつけた」
「ひぃっ……………!主よ、今日は何をするのだ!?」
ジローがガタガタと震えて興奮を抑えきれないようなので俺は安心させるべく笑顔を浮かべてやる。
「そうだなぁ、何しようか。取り敢えず羽毟るから動かないでね」
「ちょ、まっ」
目の前には山と積まれた真っ黒い羽根。ジローの羽は何かと使えるので、気づいた時に補充しなくてはならないのだ。俺はそれらを空間収納に適当に突っ込み、改めてジローを抱き上げた。
ジローは俺の体の五倍くらいあるが、体躯に似合わず臆病な可愛いやつである。
「ひぇぇぇ、ある、主!片手で持たないでなのだ!一箇所に力が集中しているのだ!」
「なんだよ、ジロー、痛かったか?気をつけてるから痛くないだろ?」
「痛くないどころか体が動かないのだ!?」
「あはは、ジローは可愛いなぁ」
ちょっと全身の筋肉の動きを止めているだけじゃないか。
今日は何をしようかな、取り敢えず玉座に向かおうかな、と思っていると、ジローが動かない体の中瞳だけをキョロキョロと動かして俺を見た。
「今まで気になってたのだが、主!」
「ん?」
「何故僕の名はジローなのだ!?タローはどこにもいないだろう!?」
出会ってから数十年経ったのに、今更聞くのか?と思ったがジローは鳥頭なのでしょうがないなと納得。
「なんでって……………ジローがジローっていう顔をしてるから?」
「予想以上に雑な理由なのだ!?」
「えー、じゃあジローはどうしてジローって付けてたと思ってたんだ?」
ジローはぱちぱちと高速で瞬きをした後、きょろりと視線を逸らした。口ごもるようにあーとかうーとか唸っている。
「……………主が、昔飼っていた鷲がタローだったのかと思っていたのだ」
僕は二代目だと思っていたのだ、とジローは呟いた。
しょんぼりとした声に、俺はくすりと笑った。
なんだ、可愛いな、ジローよ。
「俺が飼ってる鷲は、後にも先にもお前だけだよ」
そもそも動物は怖がって近寄ってこないしな。
「……………っ!そうなのだ!僕は主の唯一の鷲なのだ!」
ジローが声を嬉しそうに弾ませる。体は動かないが、瞳だけでその喜びが雄弁に伝わってきた。うんうん、やっぱりこの鳥はバカワイイな。
「ところで主、今はどこに向かっているのだ?」
「え?外」
「……………外?何をするのだ?」
「お手玉をしようと思って」
「おてだま」
さっき今日の予定を決めたんだよね。
ジローが何故か冷や汗を垂らしつつ言葉を繰り返すのを横目に、廊下に寝そべっていたが、俺を認識した途端駆け出したポチの首根っこを掴む。動きが急に止められたせいでポチが勢いよく転んだ。
「んぐぇっ」
「……………主?何故ポチも捕まえるのだ?」
「お手玉するんだったらボールは二個以上ないとだろ?」
はっ、と何かを悟ったようで、ジローが体が動かせないはずなのに、ガタガタと振動を始めた。すごいな、ジロー。この状態で動けるやつを俺は見たことないよ。まぁ拷問の時に使ってたので、動く前に殺しちゃうんだけどさ。
「あああああ主!?何故我も捕まえるんですか!?今日はジローがいけにえっ、じゃなくて主の玩具だったはずでは!?」
「そりゃお前、そこにちょうどいいボールがいたから」
「我は何をされるんですか!?」
「だからー、お手玉だよ」
「お手玉……………?お手玉でどうして僕らが必要なのだ?お手玉は室内でする遊びでは……………?うっ、脳が理解を拒んでいるのだ……………!」
「ジローの言う通りです!どうして外に向かっているんですか!?」
「え?お前らがボールだからだよ」
イイ笑顔で俺が言うと、ポチとジローは揃って急速に青ざめた。仲良しだなぁ。
「「ひぇっ……………」」
その日、氷の花が咲く美しい庭で、黒い毛玉と銀色の毛玉が宙を舞ったそうな。
◇◇◇◇
風呂とは良いものだ。
最強たる俺でも、人間なので休息を求めたくなることがある。
そんな時に浸かるのが風呂だ。
温かい湯というのは気持ちをリラックスさせ、気持ちをリフレッシュさせる、一日の疲れを取ってくれる素晴らしいものである。俺は生きていて疲れるということはないが、個人的に風呂が好きなのだ。
湯に浸かりつつ酒を飲んだり、景色を見るというのは乙なものだろう。
なので城には、とにかく広く、いつもなみなみと湯が張られた大浴場が造られている。
床はツルリとした白い大理石で造られ、一番大きな浴槽の他に、サウナ、水風呂、露天風呂(は外に作ると湯が凍るため室内で映像を写し出している)なども設置。
基本的にはピーコが使用している自慢の風呂である。
ピーコは火から生まれた鳥なので、暖かいものが好きらしい。まあ暖かさがあるおかげで寒さにもある程度耐えられ、この始原の霊峰に住めているのだが。
「ふぁぁぁぁ……………風呂とはいつ使っても良いものじゃのぅ……………主様もここだけは良い仕事をするのじゃ」
「ここだけは?」
「そうじゃ!主様はいつもいつも暴君で妾たちの扱いが酷すぎるのじゃっ!出会う度に妾の麗しい羽根を毟りおって、妾がツルツルになったらどうしてくれようか!あの傍若無人男め……………っ?!」
ばっ、と振り向くと温かい湯に浸かっているはずなのに、体が震え出すピーコ。どうしたんだろうね。寒いのかな?もっとお湯を熱くしてあげよう。
「どうしたんだピーコ、話を続けていいぞ?」
「ぬぬぬぬぬ主様!?いつからそこにいたのじゃ!?」
「え、俺がいつ風呂に入ろうと俺の勝手だろ?」
「そうじゃがぁぁっっ!!主様、今の発言は違くてじゃな!?何も、そう、主様を侮辱するつもりはなかったのじゃ!」
俺の身長の二倍くらいあるでかい羽根をばっしゃんばっしゃん水面に叩きつけながらピーコが喚く。おいおい、水かさが減るだろ。
「ピーコ、別に俺は怒ってなんかないぞ?そもそも何に怒っていると思ったんだ?」
「えっ、怒ってないのじゃ?それならなんでもないのじゃ主様。妾の言葉は忘れてくれなのじゃ」
「うん、わかったよピーコ」
俺はニコニコと笑みを浮かべてピーコの隣に座り込むと、体を弛緩させた。うーん、ちょうどいい温度。さすが俺。
ピーコが何故か必死で俺に話しかけてくるので、それに相槌を打ちつつ風呂を楽しむ。
ある程度風呂を満喫したところで俺は立ち上がり、ふと気づいたようにピーコへ振り向く。
「なぁピーコ。風呂、少し熱くなかったか?」
「主様は熱いのじゃ?妾は炎より生まれ出づる不死鳥なる身じゃから、熱さはどこまでも耐えられるのじゃよ!」
えっへん、とピーコが胸を張る。脳天気なその様子からは、さっきのことはすっかり忘れ去られているようだ。
やっぱり鳥頭である。俺の飼っている鳥達はみんな鳥頭で困ってしまうな。
「へぇー、すごいねー、じゃあ寒さはどこまで耐えられるのかな?」
「えっ」
浴場の温度が一気に下がり、床の上に霜が降る。
パキィン、と硬質な音を立ててなみなみとした湯が凍りつき、中にいたピーコが身動きが取れなくなった。水滴が滴っていたせいかガチガチに氷がまとわりついている。
「今さ、この浴場を外の気温と同じにしたんだよね」
「…………………………!??」
ピーコが氷の中でギョッと目を見開いた。炎を出して必死で氷を溶かそうとするが、ピーコ程度の炎では始原の霊峰の凍てつきには勝てない。
あわあわとピーコが泣きそうな表情で見てくるが、ちょっと声が届かないので俺にはわからないなぁ。
「ごめんな、ピーコ。俺は暴君の傍若無人な男みたいだから、ついイタズラしちゃった」
許してね?
ピーコの絶望した顔を背に、俺は体についていた氷をパラパラと落として浴室を出た。
大丈夫、大丈夫。あと一週間もしたら氷が溶けるように設定してあるから。それに死んだとしても不死鳥なんだから生き返るだろ?生き返ったあとも寒さでまた死ぬけどさ。
その後、俺らが風呂に入っていた時に浴槽の下で眠っていたトカゲも一緒に凍りついていたことが判明。
だが、トカゲは俺との力量差を一番わかっているので、何も言ってくることは無かった。
すまんな?暴君なもんで。
◇◇◇◇
ペットのイライラは飼い主が解消してあげるべきだろう。
「主ぃぃぃいいいいいいっっっ!!!今日こそオレはお前に勝つっっっ!!!そして山のトップにたつのだぁぁぁああああっっっ!!!」
目の前のタマが吠え、その風圧で雪がぶわりと舞い上がる。獅子の顔つきは鋭く、威圧感たっぷり。隆起した筋肉がついた頑丈な足がしっかりと地面を踏みしめ、溜められた力が解放されれば、瞬きもせぬうちに俺の方へ飛んできそう。ぱしーん、ぱしーん、と地面を叩く尻尾は太く、毒蛇の口からは紫色の溶解液がだらだらと零れている。
うーん、最強の俺には毒が効かないんだけどなぁ。
「まーた、タマのやつが主に突っかかってるぞ」
「懲りないやつなのだ」
「いい加減諦めた方がいいと思うんじゃがのう」
「そもそも我輩に勝てていなかったくせに主に勝てるはずがないだろうになぁ。というか、主って言ってるし。精神的にも負けてるし」
「そこ!!外野うるさい!」
タマがきゃんきゃんと噛み付くも、ポチたちは生温い笑みを浮かべ、鼻で笑うだけだ。
外は寒いので、結界で冷気を遮断してやっているところに集まってまったりし、タマが喚くのを娯楽としているようだ。
更に、どうせ今日もまた負けるだろ、とか、学ばない阿呆なのじゃ、などと声を漏らして俺が作ってやったおやつをボリボリ食べている。
タマはそれオレのおやつ!?とびっくりした後、違う違う、今はそれは関係なくて、いやでも木苺のタルトはオレのリクエストのはずじゃ、などと葛藤している。
そして長々とした葛藤を振り切ったあと、顔を勢いよく上げると、俺をきっと睨む。
「主っ!!」
「ん?」
「オレは、主に絶対に負けないんだからなっっ!!」
がううっと唸ってくるが、お前今俺が持っている巨大猫じゃらしに目線釘付けじゃないか。
ふるふると揺らすとじっ、と眺めてくる。体がそわそわとして興奮が抑えられていない。
しかし、はっと気づくと。
「そ、そんなおもちゃなんか気になってないんだからな!」
と吠える。
素直になっちゃえよ。目線はそのままに尻尾がゆらゆら揺れて、体が今にも飛び出しそうだぞ。
俺は辛抱強く猫じゃらしを揺らし続けた。
まぁタマは単純なのでそんなに時間はかかっていないが。
ふいっ、と猫じゃらしを右に向ければ視線どころか体も右に。左に向ければ左に。そのままぐーるぐーると猫じゃらしでタマを翻弄し続けると、タマは次第に笑い声を上げて庭を走り回る。
「よしっ、捕まえた!あれ、捕まえられてないっ、こっちか!むむっ、すばしっこいやつめ!」
あっちへこっちへぴょんぴょん跳ね回るタマ。その身体能力は俺に劣るとしても、やはり四天王(笑)の中でも随一だったようで、足元がクレーターだらけである。
ネコ科なのにタマはいつも元気いっぱいで、寒い中もはしゃぎ回る。俺はどんどん猫じゃらしを操るスピードを早くし、それを微笑ましげに眺めた。この猫じゃらしはオリハルコンでできているので、かなり速く動かしても壊れない、丈夫な猫じゃらしなのだ。
「タマが我らの中で一番子供だよな」
「そうじゃな。あ、ジロー、そのタルトは妾が狙っていたものじゃ」
「早い者勝ちなのだ!」
「強いもの勝ちであろう、このタルトは我輩のものである!ほれ、みんなで分けた方が美味しいと思わんか?」
「りゅーちゃんは優しいのだ」
「優しいりゅーちゃんには、我のタルトをやろう」
「む、妾のもやるのじゃ、りゅーちゃん」
「おおお、みんなありがとう」
タマを後目にほっこりする他のペット達。
「今度こそっ、えいっ、やあっ、あと一歩なのに!!あ、やったー!捕まえた!主見て見て!すごいでしょっ!」
俺がふいっとフェイントをかけたのを見破って、ぱしっと捕まえた猫じゃらしを自慢げに見せてくるタマ。俺はタマの毛並みをわしゃわしゃと撫でて褒めると、今度は毛糸玉を取り出した。
タマの目はわかりやすく輝き、毛糸玉をぐちゃぐちゃにして遊び出した。
これは当初の目的を忘れていますね。
結局あの後遊び続けてスッキリしたタマは、食い尽くされたタルトを見て呆然。
泣きながら訴えてくるので改めてタルトをたくさん作ってあげたのだが。
タマに加えて、さっきも食べていたはずのポチたちも幸せそうに頬張る姿を見て思った。
馬鹿な子ほど可愛いよなぁ、と。
読んで下さりありがとうございます。