悩ましきもの
結局、真相は分からないまま。あれから話を聞こうにも、なかなか凛か橋本と一対一にはならない。
夕食の時に聞く訳にもいかないし、だったらその後にでもそういう状況を作ろうかって言うわけにも行かない。わざわざそんなことのために呼び出すのも、なんて言うか申し訳ない。
凛や橋本のあの様子だと、応じてくれそうにも無さそうだ。
もしかしたら俺の勘違いって可能性もあるわけだし。まぁあの橋本の様子を見たら、そうでないことはすぐに理解できるが。
これ以上詮索するのはやめとこうか。余計気まずいことになりそうだし。
夕食を済ませた俺達は、一度宿泊する部屋に戻ってきた。
既に布団が敷かれており、シワひとつない。がしかしだ。
「ひゃっほーうぅ!!」
部屋に入ってきて直ぐに、先頭にいた虎太郎がその布団に飛び込んだことによって、あっという間にしわくちゃに。
「元気いいなおい」
「こういうの、一回やってみたくなるもんだろ」
「わかるわかる、小さい頃よくやった。というわけで俺も!」
そう言って、拓弥も布団にダイブ。やるのは勝手だが、三枚全部をしわくちゃにするのはやめてくれよ。
フッ。と息を吐いてから、俺はまだ比較的綺麗な一番手前に敷かれた布団に、ゆっくりと腰を下ろした。
俺の今晩の寝床はここになるな。
「さてと。これからどうするよ」
「女子はなんか、また温泉入ろうかな、みたいなことを言ってたけど」
「そっか」
「下行ったら何あったっけか」
「さぁ。パンフなかったっけそこに」
適当にテレビを付けて、布団の上でゴロゴロしながら、これからすることについてを三人で相談。
でも俺としては一つ思い当たったことがあるんで、二人に進言。
「なぁ。ちょっと別行動して来てもいいか?」
「あ? 別にいいけど……どうしたよ」
「なんて言うか、ちょっと身体を冷やしたいから夜風にでも当たってこようかと」
適当にそう言ったが、単なる建前である。
本音を言ってしまうと、少し考え事がしたいが故だ。
「ちょっと外、出歩いてくる。十分くらいしたら戻ってくるよ」
「まぁいいけど。戻ってきたら何するよ」
「そうだなー。なら戻ってきたらカラオケにでも行かないか」
「いいなそれ!」
「あいよ」
男子三人でやることについては、とりあえず決定。
「わかった。じゃあちょっと席外すわ」
「おいよー。戻ってきたら連絡くれよなー」
「へいへい」
財布とスマホを持って、一人夜の温泉街を歩く。当然といえば当然のことなんだけど、少し歩けばすぐに旅館の看板が見える。あちらこちらにと。
千代さんが書き入れ時って言ってたけど、歩いていれば国内外問わず、観光客が歩いているのが目に見える。
今来てるものとは違うデザインの浴衣、ここいらにはそれだけたくさんの旅館があるってことか。帰り道迷わないようにしないと。
特に行き先を決めることも無く、ただ適当に歩いてはいたんだけど――――
「……あれ?」
でもしかし。まだ旅館を出てから一分くらいで一度、足を止めた。
「考えるって言っても、何から考えりゃいいんだ」
ひとまずさっきの件については棚に上げておいてはいたんだが、また思い返してもいいものか。それとも別の、全く関係ないことでも考えてようか。
それについても歩きながら考える。
「……いかんな」
考えを廻らせれば巡らせていくほどに、正解と言うか、最適解が分からなくなる。
さっきのことについてを一人で考え直してみるか、それともこのモヤモヤを無くすために、言った通りのことをしようか。
立ち止まってからまた一分程歩いて、また新しい考えが浮かんだ。
せっかくの旅行なんだから、小難しいこと考えるのはやめた方がいいんだろうか。そうだな。……うん、そうしよう。
学園ではあれだけ振り回されていたんだ。穏やかに息をつく暇さえ無く、回避しようにもそれを許さぬと言わんばかりに、次から次へとイベントなりトラブルが舞い込んで来る。
高校入ってからのこれまでの日々を自分なりに言い表すならそんなもんだ。思い返せば楽しかったが、それ以上に苦労もあったんだ。
ゆっくり出来る時くらいゆっくりしたいものなんだ。
そしてそれができるのが今この時なんだ。そんな貴重な機会を生かさなくてどうするよ。
これ以上ウロウロ歩いててもただ時間を食い潰すだけか。スマホで時間を確認してみたら、旅館出てから八分は過ぎていた。
元々十分って言ってたし、あんまり遅くなってもあいつらに迷惑か。
それにあんまり遠くまで行くと、迷って帰れなくなりそうだし。方向音痴って訳じゃないんだけど、夜で暗いし慣れない場所だし。
適当にぶらぶらと歩いていたら、それなりにいい気分転換にはなったし、拓弥らを待たせてるし、さっさと旅館に戻ろうか。
そう決めて振り返ろうとした時だった。
「のあぁぁ?!」
「ん?」
突然後ろの方から、なんだが慌ただしい女の子の声が。そしてその声は俺の方に近づいてきて来ているようにも聞こえる。
ドタンっていう音がしたんで、とりあえず振り返ってみたら――――
「……え」
ちょうど俺の少し後ろの方で、黒いドレスを着た女の子が前のめりに転んでいた。




