風呂上がりの疑問
「ふぅ……いいお湯だった」
四十分ばかりか温泉を満喫。出てきたあとは、自販機で売ってたアイスを食べながら一休み。
俺ら三人が出てきてから十五分後。女性陣も大浴場の方から出てきた。
「先に出てたんだ。待たせちゃったね」
「気にするな。大したもんでもないし、夕食の時間まで余裕はあるんだ」
「お気遣いどうも」
「それはそうと……」
なんか……頭数が足りないような。
「そういや、凛と黒羽はどうしたんだ」
今ここに来たのは橋本、谷内、堂口の三人。凛と黒羽の姿がない。
「凛の奴、なーんかもうちょっとだけゆっくりしていたいって言ってたから、多分まだ大浴場にいるぜー。なんでだか顔赤かったけどな」
「京子もまだ大浴場。出る時に聞いた」
「そっか」
スマホで今の時刻を確認してみると十七時十七分。夕食は十八時半からなのでまだまだ余裕はあるか。
「なら出てくるまで待ってようか」
「そうだね」
「なぁー。ふと思ったことがあるんだがいいかー?」
「なんだ、いったい?」
急に虎太郎から質問が飛んできた。俺の方を見て。
まさかとは思うが虎太郎の奴、とうとう何か感づきやがったか。
って思ったが、聞いてみれば俺の思っていたこととは全く関係の無いことであった。
「温泉卵とゆで卵って何が違うんだ?」
「……」
そこか、そこですか。まぁいいけど。そういや待ってる間、温泉卵食ってたっけ。
むしろ墓穴掘って、変に探られるような地雷発言しても後が面倒だし、考慮していた不安要素は胸の内にしまっておくことにしようか。詮索されないだけありがたいものだ。
ということで、虎太郎のふとした疑問に耳を傾けることに。
「いや別モンだろ。名前からして違うわけなんだし」
「それくらいわかるよ。でもさぁ、作り方なんて一緒じゃん。卵を茹でりゃあいいだけなんだし」
「そうだけどね……」
なんとも乱暴な言い方ではあるが、決して間違ってはないという。ざっくりしすぎた作業工程ではあるが。
「なのに出来上がるのはまるで別物。違いがないわけないだろ?」
「温泉卵って言うくらいだから、温泉で作ってるからとかか?」
「でもスーパーとかコンビニでも普通に売ってるだろ。いちいちそんなことしてたら面倒だろうが」
だろうな。わざわざそんなことしてるって考えてみたら、そりゃ半端ない手間がかかってるだろう。
そうだとしたら、一個五十五円程で売っている温泉たまごは、果たしていくらになるんだろうか。
「ならなんだって言うんだよ。そしたら結局、どっちもゆで卵じゃん」
「なんかむちゃくちゃになってない?」
「何かしら経緯なり理由なりあるんだろ」
「まぁあるっちゃあるけど」
「知ってるような口振りだなー架谷。なら教えてくれよ」
「……わかったから、俺の浴衣を掴むのやめろ」
これからあんたと柔道をするつもりなど微塵もないからな。
まぁ作り方についてを簡単に説明してしまえば虎太郎の言った通りではある。卵をお湯で茹でる。その一言に尽きるわけだが。
違いの生まれる要因は、卵を茹でる時間とその時の温度だ。
ゆで卵は沸騰させたお湯で五分から十分。
それに対して温泉卵は七十度程のお湯で二十分から三十分だ。
そして温度が重要なところ。卵白と卵黄の固まる温度には十度程の差があり、前述の七十度のお湯で茹でることによって卵黄だけが固まり、白身はトロトロの状態になる。
「……てな具合だ」
「ほうほう……」
「そうだったんだ。詳しいんだな」
「こんなもん、誇らしげに語る雑学じゃないと思うけど」
ひとまず納得は得られたようで。ほっとしていたのも束の間。どういう訳だかまた虎太郎が俺に詰め寄ってくる。
「ならよ! じゃあなんで温泉卵って言うんだよ!」
「知るか」
さすがにそこまでは知らない。知りたきゃネット世界に君臨する優秀な先生にでも聞いとけ。
多分最初に温泉で作ってたから、そのまま温泉卵って呼ばれるようになったから。だと思うけど。
「お待たせしましたー」
ある意味どうでもよかった疑問が解決されたところで、凛と黒羽が女湯入口の暖簾をまくってこちらに近づいてきた。
「おう。どうだった温泉は」
「とても気持ち良かったです」
「そっかー。黒羽は?」
「……答えなくてはいけないのですか」
拓弥。無理強いして聞くのは迷惑ってもんだと思うぞ。三ヶ月も付き合いあったら黒羽がどういうやつかくらいは分かってるだろ。
「はぁ……。まぁ、心が洗われるようでしたが」
でも黒羽は溜息ひとつ吐いてから感想を言うのだった。
「てかどうした凜? なんか顔赤くないか?」
「へ? そ、そう……ですか?」
「あぁ。風呂上がりだから、って言うには無理があるくらいには」
「うん」
先に出てきた橋本らはともかく、凛と一緒に出てきた黒羽も、顔色は普段通り。特に変わった様子などない。
大浴場で何があったのかについては知らんが、凛だけ顔が赤い。
「もしかしてのぼせちまったか?」
「い、いえ。そういうわけでは……あ、あの私、ちょっと席を外しますね……」
「あ、あぁ……」
その後の質問をする間もなく、理由などわからぬまま、凛は遠くに行ってしまった。
「なんだったんだ?」
「さぁ?」
ただどういう訳か、近くにいる橋本の顔はどこかにやけている。
「どうした橋本。何故だかニヤけた顔して」
「え。そ、そぉーかなぁー……」
おいなんだ。そのわざとらしい返事は。
「橋本。お前なんか知ってるんじゃないのか?」
「え? そ、そんなことないよー」
電車の中でのババ抜きの時点で何となく分かってはいたけど、演技下手すぎるだろ。
思いっきり顔と言葉に現れてるし。明らかにいつもと喋り方が違うし。嘘ついてるのバレバレだから。
「さては大浴場で何かあったな」
「架谷くん。乙女の園のプライバシーにづけづけと踏み込むのは配慮がないと思うけどなー」
「そんな意味で聞いたんじゃねーよ」
「何もないって言ったら何もないの。だからね」
「おい。てかどこに行く」
ゆっくーりゆっくーりと。会話しながらすり足で後ろの方に移動していくと、「先に部屋戻ってるね!」って言い残して、そのまま逃走した。




