それぞれがなにを思うか
よし。階段を上って屋上手前のドアまで到着。あれがイタズラ書きでなければ、今この先には黒羽が居る。
まずはこちら側に誰もいないことを確認。……よし。居ないな。
深呼吸してから、意を決してドアノブに手を伸ばす。
警戒心バリバリに働かせて、俺は屋上へのドアをゆっくりと、ドラマの刑事みたいに慎重に。その先を確認しながら開けた。
そして奥の方には、一人の黒髪の女子生徒の姿があった。間違いなく黒羽であろう。
それを確認すると、一歩一歩ゆっくりと彼女の方に近づいていく。その途中で、
「そんなに恐る恐る来なくたって、私は貴方を襲ったりはしませんわよ」
「……‼」
俺に背中向けて立っていた彼女は、振り返ることなくそう言ってた。
下を覗き込んでそっちの方にいる奴に向けて言った訳じゃないよな?だったら今のは俺に向けて言ったってことか?!
より神経を尖らせ、ゆっくりと黒羽の方に近づいていく。3メートルくらいまで近づいたところで、黒羽はようやくこっちの方を向いた。
「そこまで警戒しなくてもよろしいのですが?」
「色々とびっくりしてるってもあるが、最近は何かと神経過敏なもんでね……」
凛が編入して直ぐに発覚した、俺と彼女が同居しているという話。瞬く間に広まったせいで俺は一部生徒、特に男子からの敵意の視線を向けられるようになっていた。
さすがに一週間以上も経てば少しは落ち着くもんだが、それでも完全になくなった訳では無い。相変わらず憤怒や嫉妬を帯びた覇気で不可視の攻撃を飛ばしてくるやつが居ることには居る。
それに加えて、どうも最近から別の意味での視線を感じるようになった。詳しくはわからんが、少なくとも前述の感情とはまた違うものだと思う。
凛のことを嫌う訳では無いが、俺だって好き好んで受け入れたわけじゃないんだっての。色々と複雑な事情があっての事。
その本来の経緯を、別の意味で説明できないことはもどかしいが。
詰まる話。今の俺にとっては、常に周囲への警戒を怠ってはならない。油断してかかろうものなら釣り上げられそうでならない。
目の前にいる黒羽もまた、今の俺にとっては要注意人物というわけだ。
「それはともかく。貰った文面通りに一人で来た」
「みたいですね」
下駄箱に入れられていた便箋を見せながら、彼女にそう言った。そしてそれをしまってから改めて。
「用件はなんだ」
そう聞くと、彼女は柵にもたれかかってからこう話す。
「既に大きな噂になっていますから、確認する必要はないとは思いますが一応聞いておきます」
「お、おう」
「貴方……。狐村さんと同居しているのですよね?」
「あぁ。噂の通りな」
「貴方は彼女について、どこまで知っているのですか?」
「どのくらいって……言われてもなぁ」
さてと。どう答えたらいいだろうか。
昨日のことを知っているから、俺は彼女が凛と同様な存在であることを知っている。そういう意味で答えるべきか。それともまた別か。
少し悩んで。頭の中で整理して。
そして決めた。包み隠さずに話した方が良さそうだ。これまでのこと考えてみれば、どういう路線を辿ろうが最終的にそっち方面の事を聞かれるだろう。
「まぁ……凛が俺らにとっては、異形の存在であることについては知っている」
「そうですか。なら聞きますが、それを知った上で何故受け入れようだなどと思ったんですか?」
昨日聞いてた時は、その辺については興味を示してはいなかったが、やはり当人としては気になるところ……か。と言うよりは、受け入れられる側の凛の言葉ではなく、受け入れる側である俺の見解を向こうは知りたいってことか。
「そもそもの話、色々訳ありなところが多くてな。ひとまずその辺を語っていくと長くなりそうだが大丈夫か?」
「えぇ。構いませんが」
「そうか。わかった。凛と最初に出会ったのは入学してすぐの、金曜日の夜のことだった」
その後、あの夜のことについてを彼女に話した。窓から御札が入ってきたこと。そしてその御札から凛が現れたこと。
出雲様も現れて俺に自らのことやこちらに来た目的を聞かされたこと。そして凛を俺の家に住まわせてくれぬかと頼まれたこと。
時間にしてみれば三、四十分あったかどうかという短い時間。一生忘れることのない出来事の始終を黒羽に語った。
今になって振り返ってみると、色々とおかしい所や疑問に思うことも多々あった。あの時は冷静でなかったから、そこまでは考えられなかったな。
「とまぁそんな具合だ」
「……」
俺の話を聞いて。自分なりに整理しようとしているのか一度振り返って、俺の方に背中を見せていた。
でもって十数秒程経ってから、黒羽はまた俺の方に振り返って言うのであった。
「よくそれで受け入れようと思いましたね……」
「自分でも不思議なくらいだ」
「でもあなたの様子を見る限り、脅迫されたようには見えませんね。少し安心しました」
「そこまでされちゃいねぇよ」
「狐村さんと言い橋本さんといい。そして貴方も。どういう訳かここには私にでさえ興味を持つような変わり者が多いみたいですね。お節介とでも言うんでしょうか」
「なんで俺が含まれるんだよ……俺は元々あんたと関わろうとはしてなかったろ。委員会だって、たまたま同じになっただけだしさ」
「まぁ……それもそうですね。ですが少し見ていて、慣れない付き合いをしているようにも見えますね。さぞかし大変でしょう」
「もっとも、楽ではないですね」
時々労うような言葉が帰ってきたが、すぐにそれも終わり。
「さて……話を戻しますが。それなら直ぐにとは行かずとも、断るという選択もあなたにはあったのですよね。それでもそうしなかったのは何かあるのですか」
「理由ねぇ……今になって考えてみるとな……」
「自惚れではないですよね?」
「ち、違うっての?!」
まさかそんなこと言われるとは。思いもしませんでしたよ。大人しいかと思ったが、中々鋭いことを言ってくるなこの人は。
とは言ったが……。さてどう説明したらいいものか。もちろん理由がない訳では無いんだが、いきなり聞かれてしまうと上手いこと文章にならない。
とにかく何とかまとめなければとした時だった。
「なんじゃ。何か面白い話をしとるのなら儂も混ぜては貰えんかの」
「「……‼」」
「その声……!」
声のした方を振り返ってみれば、出てきた屋上のドアの上。屋上の盛り上がったところに腰掛けている銀色の九尾の姿があった。
「出雲様?!」
「久しいのぉ祐真殿」
俺に挨拶すると出雲様はゆっくりと立ち上がり、パラシュートのようにふわりといた場所から下りた。そして黒羽の方を見て言った。
「そして……初めまして。烏天狗のお嬢さん」
なんだかんだ、気にしてたんすね。