お風呂場にて
「って待て待ておい!」
入ってきた人に驚いて、慌てて俺は壁のほうを向いてドアのほうに背中を向ける。そもそもこの家に男は俺しかいないんだから、入ってきたのは当然女性なわけで……
「……?どうかしましたか?」
「いや……その恰好でよく堂々としてられますねあなたは……」
入ってきたのは凜だった。反応が遅れてしまったもんなんで、一瞬だけ凜の身体を見てしまったわけで……。
体はすらっとしていて肌は色白で。出るところがくっきり出ている。
大事なところは……全てというのは無理があるが、ある程度は湯気で隠れてはいた。
危うく小学生体型の堂口のやつが、谷内のように凛のことも羨ましがる理由がなんとなくだが分かる。友人がこうも発育良かったらそら羨みますわ。妬みますわ。
って問題はそこじゃなくてだな!なんで今このタイミングで凛が俺の入っている風呂場に入ってくるんだよ!
さすがに凜のいる方をガン見する訳には行かないので、壁の方を向いたまま、突然入ってきた凛に尋ねる。
「いったい何のつもりのあてこすりだ!」
「何というかその……先程出雲様とお話していた際に……『おぬしもそろそろ大人の付き合いとやらをしてみたらー』というものでしたので……」
「そうかい」
おのれ……出雲様……
言ってやりてぇことがあるんだ……。
あの破天荒狐ぇ!!純情であろう凜に何てこと吹き込んでやがるんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
――――ということを今この場で叫んでしまえば、迷惑になることは流石にわかっている。よってこの叫びは心のうちにしまっておきましょうか。
迷惑というのもあるが、ベタに叫んで母さんや那菜が駆けつけようものならそれはそれでエライことだ。俺の人生が別の意味で終わる。
「まぁそれはそれとして……急にどうしたんだ?」
「出雲様に言われてというのもあったんですけど、その……」
「よかったらお背中流させてもらっても?!」
「え。えぇとー……」
「ごめん。もう自分で洗いました」って言おうとしたんだけど、なんというかそう言うことも出来ず。何故だろうか。
何だろう。本当は断らなきゃ行けないんだと思う。まだそういう関係じゃないし。でも思春期の男の性というのもあるんだろうか。
それに追い打ちをかけるように加えられる凜のうるうるした顔見てたら断ろうに断われない。
「わかった。とりあえずいいって言うまで向こう向いててくれ」
「わかりました」
背中流してくれるとは言ってくれたが、その前に俺は湯船の中から出なくちゃならない。このままじゃ当然俺のありのままを凛に晒してしまうことになるので、流石にそれはナシだ。
もとより混浴を認めてしまった時点でそんなことを気にしてどうなんだとは思うが、せめてもの抵抗でもある。
テレビみたいにタオル巻いたまま入る訳にも行かないのはなんともまぁ。って感じだがな。
できる限り凜のいる方向は見ないようにして、あとは股間に意識を向けないようにして平常心で……。よし。
床の感触を確認してすっと湯船から出て、椅子に腰かけた。
「もういいぞ」
シャワーのお湯を出してから凛にそう言った。そしたら彼女は「わかりました!では失礼しますね」とお声かけしてから俺の背中を丹精に洗ってくれる。
「どうですか?」
「大丈夫。いい具合だ」
「なら良かったです。痒かったり痛かったりしたら言ってくださいね」
「おう」
タオルでゴシゴシと俺の背中を洗ってくれてる。にしても力加減がちょうどいい。
「なんか……その……手馴れてるんだな」
「弟や妹がいますので……毎日のように洗ってあげてましたから」
「そっか」
「祐真さんはそういうことは無いんですか?」
「俺がもっと小さい頃になら、父さんにやって貰ってたかな」
思えば、こうして誰かに背中を流してもらうのは懐かしいもんだ。俺が小学校に上がるまでは、一緒に風呂に入ってた父さんに背中を洗ってもらっていたっけ。そして終わったら、今度は俺が父さんの背中を流してやってた。
あの時見た背中はとても大きかった。今だったらどうなんだろうか。
とかいう幼少期の頃を懐かしんでいたら、終わっていたようで。
「それじゃあ終わりましたので……今度は祐真さんが私の背中を洗ってくださいね」
「はいよー……ってえぇ?!」
「お互いの背中を洗いっこするんです。それがルールですから。ほらほら。場所変わりますよー」
「あのー……んー……」
流れで引き受ける他なく。からタオルを貰って、一度お湯で濯いでから再び泡立たせていく。十分に泡立たせてところで凛の背中と対峙する。
「それじゃあ……失礼します」
こうして近くで見てみると、本当に綺麗な肌だ。艶やかできめ細かく、傷一つない。これは丁重にしてやらねばならないな。
「力加減とか分からないんだが、どうだろう?」
「もうちょっと強くしてもらっても大丈夫ですよ」
「そ、そうか。なら……」
「あ。そのくらいがちょうどいいです」
「ほいよ」
最初は弱めに。そのあとは凛の反応を見ながら力加減を変えてちょうどいい具合を探していく。一度程度が分かってしまうと、あとはそれに任せて彼女の背中を洗っていた。
浴槽もそこまで広くはないので、二人同時には入れない。
どちらかがもう一方の上に乗っかる訳にも行かないだろう。背中合わせでしゃがんで入るにしたって足が窮屈になる。
「祐真さん。こんな時にこんな話をするのも変だとは思うんですが、いいですか?」
「なんだ?」
相談して、先に湯船に使っていた俺は、髪を洗っている凛にそう話しかけられた。一応首から上は壁の方を向いたままで返事をする。
「今日の放課後京子ちゃんに呼ばれて、屋上で話をしてたんだ」
「あぁーそういやそうだったな」
当たり前だが、何話していたかについて、俺はまったく知らない振りをして聞かなければならない。あの場にいたのがバレたら色々とやばい。
盗み聞きしてたという事実もそうだが、凛と黒羽の正体を知っている俺だからこそだ。余計なことは言わないようにしなくては。
「それで、何を言われたんだ」
「私は一人で過ごしていたいから、余計な関わりは要らないって言われちゃって」
「……そうか」
「でも話をしていて思ったんだ。京子ちゃんもひょっとしたら本当は私たちと仲良くなりたいんじゃないかなーって思ったの。だから諦めきれなくてね……」
「まぁ凛がそう思うならそれでいいんじゃないのか?俺にはそういうこと、よくわからんから」
「そうですか」
あぁいうもんは、俺が首を突っ込めるもんではないと思う。
「でも俺だって黒羽のこと、性格悪いやつじゃあないと思うんだ。委員会のとき、俺は特に頼んだわけでもないのになんだかんだでフォロー入れてくれるからさ」
「そうなんですか?」
「あぁ。口数が少ないからパッと見じゃわかんないもんだけど、近くで一緒に活動してるとなんとなくでも分かるもんなんだ。気配りしてるんだなって」
悪いやつだとは思っちゃいない。
「多分凜や橋本の言ったこともただ受け流したりはしてないと思う……からさ」
「祐真さん……」
「まぁ頑張れよ。黒羽にあまり迷惑かけない程度でな」
それだけ言って湯船から出た俺は、足早に風呂場を出ていった。
一歩間違うとえらいことになります




