二人の少女は不敵に微笑む
屋上に通じる階段の、その踊り場に。二人の男女の姿があった。
「なんでわざわざ跡をつける必要があったんだよ」
「だって気になるもん! あの京子ちゃんがだよ! 気になるじゃん! 架谷くんもそう思うでしょ?」
架谷と橋本の姿があった。屋上へ出る扉を少しだけ開き、その隙間から向こうの方に見える黒髪ロングの女子生徒を覗き見していた。
「思わん思わん。てかプライバシーをバリバリに侵害してるからやめんかい」
「一緒に来たってことは、架谷くんも気になるってことでしょ?」
「お前が俺のこと逃げられないようにして連行しただけだろうが」
俺は最初、断固として断ったってのに。橋本のやつはそれお構い無しで、俺をお供に屋上へと向かいだした。力ずくで引っ剥がすのはどうも良心が許さなかったんで、仕方なく連行されたわけだ。
「俺は帰る。あとが怖い」
「そんなこと言わないでよー! これもアプローチのチャンスだと思うんだよー!」
「そのアプローチの方法を間違っているとだけ言っておこうか。後、偵察するならもうちょい声のボリュームくらい落とせ」
「あそっか」
色々と鈍感すぎるだろこいつ。熱が入ると注意力散漫になるタイプかこれ?
「てか俺だって暇じゃないんだ。用事がある用事が」
「用事ってなんだよー」
「親睦会だ。そろそろ予約入れる日を決めなきゃならんだろ」
「あそっか……お店選びの方に意識向いてたからそっちの方忘れてた……」
配ったアンケート用紙も、大方集まった。そろそろは開催日時を決めてもいい頃合いだ。
「てか用事……!!」
何か思い出したのか、橋本はあわててスマホを取り出す。そしてしばらくしてから
「そうだった! 今日お母さんから早く帰ってこいって言われてたんだった! 早くしないと!」
「おう。怒られんうちに早く帰れよ」
「ならこの件は架谷くんに任せる。グットラック!」
「ノーセンキューだ」
「なんでだよぉー!」
まじおこ。くらいの感じで声をはりあげながら、橋本は駆け足で階下の方へ消えていった。
「さてと……バレる前に帰るか」
橋本の気配が、完全に近くから無くなったことを確認してから、すっと立ち上がって決心した。
もちろん橋本の頼みなんぞ、聞き入れる理由が存在しない。明日聞かれたら聞かれたらで、特にこれといって有力な情報は無かった。と言ってしまえばいいだろう。
近寄るに祟あり。大人しく帰ろう。
そう思った時だった。ドアの隙間から聞こえてきた言葉が、俺の足を止めた。
その一言は、凛の内面を知っているかのような――――いやそうではない。確実に知っていると言っていいものだった。
「何を思ってーって……どういうこと?」
凛はきょとーんとした顔でそう答えるが、対して黒羽の表情は固いまま。
「そのまんま。言葉通りの意味です」
「急にすごいこと言われたなー」
「一週間程ですが、あなたの事を見ていてどうにも異様なものを感じたんです。――――私と似たモノを感じたんですよ」
「――――やっぱり。そうだったんだ!思い違いじゃなくて良かったよー」
仲間を見つけたのか、凛はなんとも嬉しそうだが、黒羽はなんらそうは思っていない様子で
「なにが目的?」
改めて。という所か。
向こうの土俵に吸い込まれぬようにと、黒羽はわざとらしく咳払いしてから、凛に向かって問い質す。
それでも凛の表情が固くなることはなく。それどころか最初と変わることもなく。
「そんな事言われてもなぁー。悪巧みしてる訳じゃあないよ。こうしてこっちの世界で自分の役割を全うしながら、こっちのことを学んでいるだけ。恐らくは……いや。京子ちゃんと同じ理由だと思うよ」
そう言われて。黒羽はその場から動かず凛の方をじっと見つめていた。疑うような、そんな目をしていた。
でもしばらくして、少しだけその目つきは穏やかなものになる。
「そうですか。確かに理由は貴女と同じですね」
「うんうん。そうでしょー」
「嘘をついているようにも見えませんから、そういうことにしておきます」
「そういうことで嘘はつかないからさー」
しかしこれで話が終わることはなく。腕を組み直してから、黒羽から凛に対して次の質問が投げかけられる。
「聞けば、架谷さんでしたっけ。……人間と同居しているなんて、これまで聞いたことありませんが……あれはどういうことですか?」
「その辺の経緯をいちから話せば長〜くなるんだけどー……話した方がいいかな?」
「……いえ。結構です。もとよりその点については興味がありませんから」
「そっかー。ザンネン」
「私が聞きたいのは、過程ではなく最終的な現状です。何故人間と普段の生活を共にしているのかという点です。まさかとは思いますが、寝床がないからと力で脅した訳では無いでしょうね」
黒羽がそう言うもんなんで、凛は対抗する。
「そ、そんなことはしないよ!確かにいろいろあったけど……でも脅すような真似はしてないよ!祐真さんのこと見ればそうでないことは分かると思います!」
「……」
「そうですか。それでどうしてまたそんなことになったんです」
「やっぱり気になる?出会ったのは……もう気が付けば十日は過ぎていたのかー」
「いえ。聞きたいのはそこではありません。最終的に架谷さんと同居することになった理由を聞きたいんです」
「あーそっちかー……もぉー釣れないなー」
少々惜しむような顔をしながらも、気持ちを切り替えて黒羽の質問に答えるのであった。
「色々悩んだけど、い……私の責任者がそうしようと決めたから。こちらの元々の計画とはズレてしまったけど、これもまたいい経験になるだろうって」
「人間と暮らすことが……ですか?」
「そゆこと。いつかは色んなものとも友好関係を築きたい。それは人もまた同様にと」
ここまで言いきってから、改めて凛は真正面から黒羽の方を見て言った。
「そーゆうわけでー。私は京子ちゃんとも仲良くなりたいって思っているの。だからーどうかな?」
しかし黒羽の態度は、一貫して変わらない。
「私にはそういうものは不要。この空気でよくそういうことが頼めますね貴女は」
「えー……あっ……。もしかして――――――」
「"天狗"は頑固者なのかなー」
また騒がしくなりそう。