知らない首輪
陽の当たる庭の真ん中に、幼馴染の福丸孝介と我が家堂本家の愛猫ミミがいる。
端の日陰に腰を下ろすと、ライトに照らされた舞台を見ている観客の気分だ。
「君が浮気をした証拠は掴んでいる。」
福丸がミミを抱き上げる。
「尻尾を捕まえている、と言った方がいいかな。猫だけに。」
あなたの愛猫がおかしな人に絡まれていますよ、と訴えるかのようにミミがこちらに視線をよこすが、気分は観客なので放っておく。
「ミミ、先週君は首輪をどこかで失くしてきた。そして君の飼い主が送料をケチったせいで新しい首輪が届くのは来週だ。」
「ケチって悪かったわね。」
思わず口をはさむ。
福丸は咳払いをして続ける。
「とにかく、新しい首輪が届いていないにもかかわらず、今日君は新しい首輪をつけている。
これは君が他所の家で飼われましょうか?と思わせぶりな態度をとったからに違いない。
よって君の浮気疑惑はクロだ。茶トラのくせに。」
福丸のわざとらしい真剣な表情をちらりと見やる。
整ってはいるが冷たい印象を受ける鋭い目鼻立ちの福丸が冗談を言うと、初対面の人間は真意をはかりかねて反応に困る。
そのたびに、この人は冗談を言ったのですよ、と私が説明するはめになる。
つきあっていられません、と腕を蹴って福丸から逃れると、ミミはさっさと家の中へ入って行った。
「あ、こら待て。」
福丸も我が家に入って行く。
あなたの家は隣でしょうが。
福丸は今日も我が家で夕食を食べていく気だ。
お互い一人っ子の福丸と私は物心がつく前からきょうだいのように一緒に育った。
今年の4月からそれぞれ地元の男子校女子校に進学し、野球部と吹奏楽部に入りそれなりに忙しい日々を過ごしている。
家に入ると、福丸がリビングのソファでミミにブラシをかけていた。
隣に腰をかけて読みかけの小説本を開く。
強盗が活躍する話で読み終えるのがもったいないくらい面白い。
部活を終えて、福丸がいる家でのんびり読書をする。
もちろん友達と出かける日もないことはないが、大体毎日こんな感じだ。
高校1年生の夏休みにしては少々地味な気もしている。
今日、飼い猫が知らない首輪をつけて帰ってきた。
きっかけは、ただそれだけのことだった。