『一軒家』
気がつけば、樹希翔はすごいスピードで木の上を飛び移っている所だった。
「もうすぐ着くからね」と彼はそう言って笑った。
やがて、彼は一目につかなそうな森の中にひっそりと佇む大きな一軒家へと関根を連れて行った。
「ほいっ。着いたよ」と彼は自分の体より高い関根を地上へ降ろし家のインターホーンを押した。関根はふらふらしながら地面へ足をつけた。まるでジェットコースターに乗ったように体がふわふわしていた。
やがて玄関の扉が開いて「はい…」とかなり低い声が響いた。
「あっ!紅空。俺、樹希翔だけど…覚えている?」
彼はドアから顔を出した20代前後の緑色の髪に金色の瞳の青年を紅空と呼んだ。
紅空という青年は何も言わずに頷いて関根を見た。
「あの人は関根さん。聞いているだろう?」という樹希翔の問いに彼は無言で頷いてドアを開けた。「お邪魔します」と樹希翔が家の中に入っていく。
関根もそれに続いた。玄関にはたくさんの靴が並んでいた。
紅空という青年は手に黒い手袋をし、部屋の中だというのに長いローブに身を包んでいた。
「紅空。誰か来たの?」と奥から若い男の声がした。
その言葉に彼は一言も返すことなく部屋の奥へと歩いて行った。
外から見るよりも中は広かった。まるで昔の日本の家を思わせるような広さだ。
閉まっていた障子が開き、中から深緑色の髪の男が顔をのぞかせた。
「樹希翔!!」と彼は嬉しそうにそう呟くと樹希翔に抱きついた。
樹希翔は焦りながら「ひさしぶり、心綺」と言った。
「本当に久しぶりだよ!!」と心綺はすごくうれしそうに笑い関根を見た。
「はじめまして。関根です」と関根が挨拶をすると彼は嬉しそうに関根に抱きついた。
「はじめまして!!俺は心綺と言います。話は聞いています。会えて光栄!!」関根は困って樹希翔を見た。
樹希翔はそれを見て笑い「気にしないで心綺は元々、ハワイ生まれだからスキンシップが激しいからさ」と言うと「心綺。武はどこにいる?」と尋ねた。
「武ですか?武なら二階で休んでいます。覚醒後、体調が安定しないって愛言っていた。覚醒した時の記憶も前のまま思い出せないようだと…」と心綺は心配そうにそう呟き小さな声で聞いた。「皆がここに来たということは戦争が始まった。と紅空が言っていた。Dは28人殺された。Aは30人。Bは40人。Cは壊滅に近いよ。俊が意識ないってCに駆け付けた楓から連絡貰っている。E〜Zはリーダーに連絡さえつかない。生きている者はここ集まる」
「集まるのは何人だ?」と樹希翔。
「えーと…、20前後じゃないかな?伝播主は全て生きている。早奈の戦略によって伝播主は護ることが出来た。今、芽生が生存者を探しているけどテロとパルパックの攻撃によって不意打ちに合って生存者が残っている確率は少ないよ。伝播主と残り少ない型を持った者以外は彼らにとって邪魔な存在だから殺された確率は高い。楓達の連絡によると本当に手慣れの者しか生きていないって…2000人近くの仲間の遺体を確認したって言っていた」と彼は目に涙を浮かべてそう言った。
「そう…」と樹希翔はそう呟いた。
「たぶん…中学生で残っているのは真良輝と樹希翔と芽生だけだよ」と心綺は静かに呟いた。
「大丈夫だよ。慣れているからさ」と樹希翔は笑った。
「中学生!!」と関根はその言葉に驚いて声を上げた。
樹希翔は首をひねる「どうしたの?関根」と彼は不思議そうに尋ねた。
「君は中学生なのか?」と関根は恐る恐る聞いた。
「うん。俺14歳」と彼はそれがどうした?とでも聞くように彼はそう言った。
「嘘だろ」という関根の言葉に彼は笑った。
「なんで嘘つく必要があるの?俺はピチピチの14歳だよ?」
関根にはどう考えてもこの前にいる青年が14歳には見えなかった。彼には確かにどこか幼さは残っているが、それにしてもその辺にいる中学生とはどこか大人びている。確かに言われて見れは背丈はそう高くないしかし、100歩譲ってせいぜい高校生だろう。彼が14歳の少年には見えなかった。
「大人びているな」と関根がそう呟くと彼は当たり前だと言う風に関根を見た。
「大人びなかったら、とっくにパルパックに殺されている。自分の身は自分で守らないとならない。ヘマなんてしたらいつも隣には死が転がっているもんでね」と彼は関根を睨みながらそう言い放つと心綺との会話に戻った。
心綺は2人をテーブルへと案内するとお茶を用意してくると言って部屋を出て行ってしまった。
「なぁ?俺をこんなところへ連れてきていいのか?俺は警察官だぞ?」
「貴方は俺達の敵ではないからいいんじゃない?」と彼はそう言って関根にとって衝撃的なことを口にした。「それにあの池袋駅と警察所の爆破は元々、関根を狙った物だからね関係ないとは言えないでしょ?」と彼は淡々と言い放った。
「俺を狙った?」関根は頭を抱えた。あの爆発は早奈を狙ったものだと思っていた。しかし、まさか狙われたのは自分だったなんて…。
「たくさんの死傷者がでたよ。でも早奈のおかげでこれでも被害規模は最小限ですんだ」と樹希翔は中庭を見ながら言った。
関根はその言葉に何も言えなかった。あの爆発は俺を狙ったものということを信じるのが怖かった。まず、自分にはたくさんの命を犠牲にしてまでも生き残る価値があるとは到底思えない。
「ちなみに早奈は言ってないと思うけど、俺達が黒い蝶を殺してきたのは関根を護るためだよ。彼らを関根にどうしても近づけたくなかった。関根は俺達の最後の希望だからね」
「俺にはそんな価値はない。人違いじゃないのか?」と関根は怒鳴った。
「そんなことはないよ。関根にはなくとも俺達には希望。隣に死しか落ちてなかった世界に指した。一筋の希望だよ」と樹希翔。
なぜ、彼らは俺を一筋の希望というのか?俺の命は何人の命を犠牲にしても守らなければならないものなのか?
「聞いてもいいか?君たちはパルパックでどんなめにあって来たんだ?人体実験というのはわかるが詳しく言えばどんなことだ?」と関根は彼に聞いていた。彼らのいう闇がどんなもんか彼は聞いてみたかった。空が希望という彼らはどんな風に生きてきてこんな風になったのか知りたくなった。それを聞けば彼らが自分に賭けている何かが見えるのではないか?と思った。
「なんでそんなことを聞く?」と樹希翔は明らかにイヤそうな顔をした。
「仕事がら詳しいところまで聞かないと落ち着かなくてね」と関根がそう誤魔化しを言うと樹希翔は何か考えながら言った。
「いいけど…俺は10年前のパルパック崩壊の時には関係してなかったからそのあとのことしか離せないけどそれでもいい?」
「それでも、教えてくれ。俺が君たちに大切だという理由もそこにあるのだろう?」
「うーん…俺にはなんとも言えないよ。関根さんのことは早奈に任せられているからさ」と樹希翔はお茶受けに出されていた煎餅をかみ砕きながら言った。
そこへ心綺がお茶を持って乗せたお盆を持って入ってきた。
その後ろから金髪の気の強そうな女の子が入ってくる。
「あら?関根に樹希翔。」と彼女はそう言うと嬉しそうに二人の前に腰を降ろした。
「真良輝。これ名刀から」と樹希翔は彼女に白い錠剤の入ったビンを渡した。彼女はそのビンを見て明らかに迷惑そうな顔をしたが黙って受け取りポケットに入れる。
心綺が3人の前にお茶をだした。
「ちょうど良かった。真良輝、パルパックが俺達をどんなふうに扱ってきたか話してあげてよ。」
「はぁ?なんで私が?」と真良輝はイヤそうにそう言うと言った。「樹希翔が話せばいいじゃない」
「真良輝は伝播主でしょ?」
「そんなの関係ないじゃない」と真良輝は面倒な顔をした。
「俺が話そうか?」と心綺が二人の言い合いの間に入る。
「過去の話なんて誰もしたくないよ」と彼は笑って「紅空もこっちにおいでよ」と中庭に座りお茶を飲んでいた彼を呼んだ。
いつから彼はそこにいたのだろうか?心綺が彼を呼ぶまで彼の存在は気づかなかった。体が大きく緑色の髪にローブを着ている彼の姿はイヤでも目に止まるはずなのに…彼は一体、いつからそこにいたのだろうか?
紅空は無言で頷くと立ち上がり、心綺の隣に座った。