『優梨』
『優梨』
重く硬い扉が開かれた。
いつもより早く学校が終わった早奈は弥譜音と海聖と名刀が住む家にいた。誰かいるかな?と思ってインターホーンを押すと眠そうな弥譜音の声がドアの向こうからしてドアが開かれる。
「はーい」と頭を掻きながら出てきた弥譜音は半そでに短パンという秋には似つかない格好をしていた。
「早奈!」と彼は少しビックリした顔をしてから優しく言った。「学校帰りかな?紅茶でも飲んでいく?」
「うん」と早奈は部屋に入った。
さすが高級マンションのだけあって早奈の部屋とは比べ物にならないほど広い。
早奈はリビングにあるソファーに座り込んだ。
「やっぱ、いつみてもひろいね」と早奈がそう言うと弥譜音は紅茶をいれながら言った。
「早奈。いつでも引っ越してきていいんだよ。一つ部屋が空いているからね」
「あれ?名刀はいないの?」と早奈は話しを変えるように言った。
「名刀なら優梨の様子を見に言ったよ」と弥譜音が言い終わるか終らないうちにカチッとドアのロックが外される音がして大きなカバンを持った。金髪の美青年が部屋に入ってきた。
「あんれ?早奈。来てたんだ」と彼はそう言うと自分の部屋にバックを置いて、手を洗い早奈の横に座った。
「今日は調子が良いみたいだね」と海聖は早奈の顔を覗きながら言った。
「今日はいいみたい」と早奈が返すと海聖は「そう…」といっていつも通りふわりと笑った。
「ところで、名刀は?」と海聖も弥譜音にそう聞いた。
弥譜音は紅茶を早奈の前に出しながら「優梨を見に行ったよ」と彼に返した。
「何か、もう退院してもいいとか言ってたね」と海聖は弥譜音にそう返す。
「ええ、なんでも容体は落ち着いたと言っていましたが…」と弥譜音は海聖の分の紅茶をコップにつぎながらそう言った。
「優梨どうだった?」と早奈は名刀に尋ねた。
名刀は暗い顔で黙ったまま小さく「死んだ」と呟いた。
「えっ?」と早奈が聞き返す。
「午後3時45分息を引き取った」と名刀は静かに言った。
その言葉に早奈は動揺しながら彼に聞いた。
「なんで、退院出来そうだったんじゃないの?」
「俺もそう思ってたよ」と名刀は悔しそうな顔でそう溢す。
「脳炎か?」と海聖が聞いた「ああ、なんでだ?俺の治療は完璧だったはずだ…」と名刀は頭を抱えながらソファーに沈んだ。
「容態が悪化したからよ…」と名刀が二人に彼女の起こした症状や使った薬剤をことこまかに説明しているのをなんとなく感じながら早奈の世界はあまりのショックの大きさに真っ白だった。
優梨が…優梨が…死んだ?
優梨は黒髪に緑色の瞳を持った女の子だった。早奈とは2つほど年上で可愛いらしい笑顔が印象的だった。
早奈が困っているといつも手を貸してくれた。
早奈の目から一筋の涙が溢れ落ちた。
それが一本から二本になりやがて大粒の涙が落ちていった。手で掬いあげても次から次へと溢れ落ちていく。
「早奈…。」と名刀が心配そうな顔で覗いてくる。
早奈は名刀に「大丈夫」と笑顔を作った。
「早奈。大丈夫そうな顔してないよ」と名刀の隣の海聖はそう言うと早奈の前に座り早奈の顔を見上げるようにして早奈の涙を掬いあげる。
早奈は我慢出来ずに海聖に抱きついて大声で泣いた。
「海聖。優梨が…」と泣き叫ぶ早奈を海聖は抱きしめ背中を擦ってくれた。
なによりもあんなに優しい優梨がもうこの世にいない…優しい優梨の笑顔がもう
見られない。
それが悲しくて…涙が出る限り泣きつくした。
やがて、泣くだけ泣いて落ち着いたところに名刀が静かに声をかけた。
「あのな…早奈。こんな時にこんな話をするのもなんだが…」と名刀は複雑そうな顔をして言った。
「すぐに病理解剖をして貰ったんだ…まぁ、普通の人には分からないことなんだが…」と名刀は小さな声で言った。
「優梨は…殺された可能性が高い。」と名刀はタバコに火をつける。
「不可解なんだよ。元々、脳や髄液の中にいる慢性のウィルスに感染している優梨が脳炎で死にいたるなんてさ、脳炎で死ぬならもっと前に死んでいるはずなんだ。考えられるのはひとつ」と名刀は口からタバコの煙を吐き出した。
「優梨は誰かに殺された?」と涙を拭いた早奈が呟いた。
「その可能性は高い」と名刀は煙草を灰皿に置く。「誰かが優梨の体に優梨の持っていたのとは違うウィルスを入れた。それによって彼女は脳炎を起こし、死に至った。」
「なぁ?なんでそう言い切れるのですか?彼女の免疫力がさがって彼女の中のウィルスが活動し始めたと考えられる…」弥譜音のその言葉を名刀は真っ向から否定した。
「それはないな。なぜなら…」と名刀は3人の前にポケットから透明なビニール袋を取り出し、テーブルに置いた。
「病理解剖の際、彼女の体に真新しい手術痕を見つけたので開いてみたらこれが埋まっていた。奴らも手の込んだことをしやがる」と名刀は怒りを露わにしながら3人の目の前にそれを出した。
それは優梨の血に塗れ赤く染まった5センチ四方ぐらいのきつねのぬいぐるみだった。きつねの右頬にはソナーパレカルの紋章が大きく刺繍されている。
「流穏だな」と海聖。
「おそらく…」と名刀は目を伏せた。
「流穏とは誰だ?」と早奈は尋ねた。
「僕達と一緒にパルパックで半年間知能選抜を受けた後、僕たちと一緒にパルパックでウィルス研究をした者の一人だ。」と海聖がたばこに火をつけながら言う。
「パルパック崩壊後は行方不明だが、おそらく天の使徒にいる」と弥譜音は紅茶を飲みながら言った。
「流穏は自分達の力以外のものはいらないという思考だからな。真良と意見が一致してもおかしくはない」と名刀はきつねのぬいぐるみを握りしめた。
「おそらく、優梨の体にウィルスを入れる時に一度、麻酔で彼女を眠らして脊髄からウィルスを注入した後、これを埋め込んだんだろうね、惨いよ…可哀想に…」と海聖が目をそらした。
「天の使徒…。優梨の死を無駄にしない!あいつら絶対に許さない!!」と早奈は手を握りしめた。