第1章⑹
阿久津の態度を予想していたかのように長谷川が話し始める。
「まぁ、彼は素っ気ない感じを出してはいるけど実に面倒見の良い青年だから、進藤くんは分からないことがあれば遠慮なく阿久津くんを頼ってくれたまえ。」
長谷川がそういうと阿久津は「社長。あんまり勝手なことは言わないで下さいよ。」とため息混じりに答えた。
和也は二人のやり取りに不安を少し感じつつ、改めて「よろしくお願いします。」と頭を下げた。
「じゃあ、次に君たちの担当を発表をさせてもらうね。」
長谷川はスーツの胸ポケットから手帳を取り出すと和也と阿久津を見た。
長谷川はコホンッ!と咳払いを一つしてから改めて話し出す。
「阿久津くんには去年まで星野くんと櫻井くんの担当をしてもらっていたが、今年からは羽川くんの担当になってもらいます。」
和也は新しい名前にくびを傾げる。
すると、後ろから「羽川 瑞穂。去年まで別事務所に在籍していた若手女優で現役女子大生。目立った役にはまだ恵まれていないけど社長が個人的にずっと声をかけ続けて、今年度からようやく私たちの事務所に移籍になった子なの。」といつの間にか彼の後ろに現れていた立花が説明してくれた。
和也は突然の後ろからの声にビクッ!っと一瞬だけ飛び上がりそうになり、正直驚きで話しがほとんど入って来ていないという感じだった。
「阿久津くんには羽川くんをメインでサポートしてもらう為、星野くんと櫻井くんの担当は厳しいと考え、星野くんを立花くんに櫻井くんを進藤くんに担当してもらおうと思う。」
長谷川がそこまで言うとそれまで黙っていた愛美が手を挙げて発言する。
「社長。ちょっと待ってください。なんで阿久津さんが私の担当マネージャーから外れるんですか?それに進藤?くん?はまだマネージャー経験なしの新人さんですよね?」
愛美は遠回しに和也がマネージャーになることに対しての不満を長谷川にぶつける。
それを聞いた瞬間、和也の顔が一瞬だけ強張る。
確かに和也にマネージャーの経験はない、それは覆らない事実ではあったが他人に突き付けられ拒絶されたのだから、平然とはしていられなかった。
すると、それを聞いた莉里も発言した。
「マナっちが嫌なら私の担当を進藤くんにしてもいい?」と切り出す。
その場にいた全員が目を丸くして莉里を見る。
和也も莉里を見ると莉里はこちらをしっかりと見ていた。
だが、長谷川は「それは出来ないよ。星野くん。それにこれは現状各々に入っている仕事のスケジュールを合わせた上での担当振りだ。今、星野くんの担当になってしまってはそれこそ進藤くんが可哀想だぞ。仕事を覚える暇もなく許容範囲を越えた仕事を抱えてしまうことになるからね。」と莉里と愛美に対して説明する。
「それにいきなり彼一人で櫻井くんの担当を任せる訳じゃない。現場にはしばらくは立花くんか僕が同伴する予定だ。それならばサポートの心配はいらないだろ?」と長谷川は今度は愛美個人に対して説明と説得をする。
だが、愛美は「でも、」と何かを言いかけて何処かに一度視線を向けてからすぐに「わかりました。それでお願いします。」と言い頭を下げる。
和也はここまで彼女に拒絶?されることに違和感を感じながらも無事に話しがまとまったことに対してホッと安堵していた。
それから、愛美の前担当の阿久津から明日からの彼女のスケジュールや大まかな仕事の流れの引き継ぎを受ける。
「まあ、初めは大変だと思うけど、俺も極力はサポートをするから何かあったら連絡をくれ、」と言いながらメモ帳に自身の電話番号とアドレスを書いて和也に渡す。
和也は「ありがとうございます。よろしくお願いします。」と頭を下げて、それを受け取った。
和也は愛美に改めて挨拶をしようと彼女を探す。
愛美は部屋の隅の椅子に座っていた。
「櫻井さん。」
和也は彼女に声をかけると愛美は「さっきはごめんなさい。」と謝ってきた。
和也は首を横に振ると「櫻井さんは悪くありません。僕が新人なのは確かですから、でも頑張りますからよろしくお願いします。」と言い手を差し出す。
愛美は「うん。よろしくお願いします。」と言い彼の手を握るがこの時の彼女は和也を見てはいなかった。