第1章⑸
「・・・うくん!・・どうくん!進藤くん!」
ペチンッ!と乾いた音に頬に痛みを感じる和也。
「はひっ!なんれすか?」
叩かれてようやく自分が呼ばれたことに気付いた。
教室にいたみんながクスクスとこみ上げる笑いを堪えて和也と雨宮先生を見る。
雨宮先生はこめかみ辺りを少しだけピクッピクッと痙攣させているように見えたが表情は笑顔だった。
「なんですか?じゃなくて、紹介が終わったから貴方からも何かみんなに一言。」
「あ、なるほど、すいません。えっと、進藤 和也です。」
と和也が口を開き、教室の全員に向けて話し始めると「もう聞いたよ。」とか、「緊張してなんか可愛い。」とか、このクラス内での好印象悪印象がイマイチ掴みづらい声が半々という感じで和也の耳に入ってくる。
和也は空気に耐えられずにすぐに「よろしくお願いします。」と言いながらペコリッと頭を下げた。
雨宮先生は「じゃあ、進藤くんの席は窓際の櫻井さんの後ろの空いている席に座ってください。隣の星野さんと前の櫻井さんに分からないことがあれば聞くと言いわ。二人ともよろしくね。」と和也に指示しながら和也のまわりの二人にも告げる。
莉里は「おいで、おいで。」とまるで和也を猫を呼ぶように手招きする。
しかし、まさか前の席が彼女だとは出来過ぎな話である。
和也は机の傍にカバンを掛けるとその席に座る。
隣の莉里は「君って、ホントに面白いね。いきなりキヨちゃん先生に叩かれるとか、伝説になるよ。」と笑いながら言う。
和也は顔を真っ赤にして机に突っ伏しながら「うう、うるさい。」と言う。
でも、近くにしている顔があるというのは遅れて編入という形で入ってきた和也にとってはありがたかった。
それから、ホームルームにて雨宮先生からお知らせが伝えられていた。
編入初日の和也には関係がなさそうだったが、とりあえずカバンからメモ帳を取り出すと要点だけをまとめて書き込む。
莉里はそんな和也に気づき話しかけてくる。
「何してるの?」
「何って、先生の話していることをメモしてるんだけど・・・。」
「細かッ!」
莉里は書き込みが行われているメモを覗くとクスリっと笑った。
和也は恥ずかしくなりメモを腕で隠すようにしながら引き続きメモを取る。
それから数分後にホームルームは終わり、授業に移っていく。
授業自体は特に変わったことはなく普通に行われている。勉強の内容も一般的に全国の高校で行われるレベルであろうか。
凄く濃い内容でも薄い内容でもなかった。
和也もこれならついていけるレベルだと自己判断していた。
学校での初日は何の問題もなく終わっていった。
「君は今日から事務所に入るの?」
莉里が和也に聞いてくる。
和也は苦笑を浮かべると「そうなんだよね・・・。」と若干沈んだ声で答える。
「とりあえず、今日は担当する人と前任の方からの引継ぎらしいんだけど。」
「ふぅ~ん。私も今日は事務所に呼ばれてるから、本当に私の担当になるかもね。」
莉里はすごくご機嫌な笑顔で話してくれる。
和也としても少しは打ち解けている莉里の担当ならやり易いと考えている。
「マナっちは今日は現場かな?」
莉里は突然、和也の前にいる彼女にも話しかけた。
莉里にマナっちと呼ばれた彼女は莉里の方を向くと「ううん。私も社長に呼ばれてるから今日は事務所だよ。」と言う。
和也は今日初めて彼女の声を聞いた。
透き通った声音は耳からスゥーっと入ってきて直接脳に語り掛けてきているような感覚に和也はなっていた。
僅かな時間だったが和也はまたボーっとしていると莉里がそんな和也に気がついた。
「どうしたの?」
莉里の声は聞こえていたが少しだけ反応が遅れてしまった。
「えっと、櫻井さんだっけ?彼女も同じ事務所なんですか?」
「なんで敬語?・・・そうだよ。ていうか知らなかったの?櫻井愛美さん。うちの事務所の看板アイドルなんだけど。」
「そうなんですね。ごめんなさい。俺、全然芸能界とか疎くて。」
和也は本当に申し訳なさげに謝ると愛美は和也を見るが興味なさそうな目で「知られてないってことは私の努力が足りてないってことだから、気にしないで。」と嫌味も含めて言われてしまった。
和也は背中に嫌な汗をかくと助けを莉里に求めるが莉里は目線を逸らした。
「まあ、三人とも同じところに行くんだし一緒に行きましょう。」
莉里のその言葉で三人で事務所に向かう。
事務所につけば、すでに立花と二人の男性が応接室で何か準備をしていた。
「お疲れ様でーす。」
莉里は中にいる三人に挨拶をする。続いて愛美も「お疲れ様です。」と言いながら入る。
和也は二人の後に続いて挨拶と会釈をしながら部屋に入った。
立花は「あら、三人一緒に来たのね。」と言う。
「これで全員集まったわね。・・・社長、早いですけど始めましょう。」
立花はスーツを着た見た目は20代前半に見える男性に話しかけた。
男性は少し面倒くさそうに頭を掻きながら「あーちゃんが話してくれてもいいよ?」と言うが立花は眉間に薄く皺を寄せて「社長、新人の子もいるのでしっかりしてください。」と説教し真面目に話を始めるように促がす。
男性は渋々という態度を表面に出しながら話を始めようとしていた。
「ええ、まずは僕の紹介からだね。僕はエイプロの社長で長谷川です。よろしくね、進藤和也くん。」
「は、はい。よろしくお願いします。(長谷川社長、長谷川社長。)」
和也はペコリっと頭を下げると心の中で二回程、長谷川の名前を復唱し覚えるようにした。
長谷川は「う~ん。」と唸りながら和也を見る。
和也はあまりにも凝視されたため、思わずオドオドとしていた。
「君は見た目が丸いのになんか堅いな。いろんな意味で・・・。」
(この人、初対面の人間に何言い始めてんだぁぁぁぁ!)
和也は「す、すいません。」と言いながら、長谷川の何とも言えないキャラに困惑していた。
そんな和也の心中を察してか、立花が「おかしいのは社長です。進藤君はいたって普通です。」と告げる。
「そうかな?まあ、いいや。君が何でうちの事務所に入ることになったのかは、あーちゃんから昨日説明を受けているだろうから簡単に説明させてもらうよ。君にはうちのアルバイトスタッフはマネージャー補佐として、これから担当する子の現場への同伴しサポートしてもらうのと、学校内でのこの二人のサポートお願いしたいんだ。」
「は、はい。それは聞いたんですが、具体的にはどんな風にサポートすれば・・・。」
「言葉で説明するのは難しいなぁ・・・。まぁ、具体的な業務内容は君の前に二人を担当していた阿久津君に引き継ぎ時に聞いてもらって、それでもわからない時はその都度聞いてくれれば教えるからね。」
長谷川はそう言いながら一人の青年を手招きする。
青年は「はい!」と言いながら、こちら側に近づいてくる。
「阿久津くん。彼が新しくうちのマネージャー補佐として入る進藤くん。」
長谷川は和也のことを阿久津に紹介する。
和也は「よろしくお願いします。」と言いながら頭を下げる。
阿久津は少し気怠るそうに「よろしく。」と素っ気ない挨拶を返してくる。